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僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
三十八年間のプロローグ
8/19

茨の道

 ラグラン先生がシャルロットという名前を出した瞬間、僕の脳裏に雷にうたれたような衝撃が走った。

 間違いない。僕が求めていたのは彼女だ。

 間違いない!


「シャルロット・ローズロール……」


 僕は自分で描いた絵の一枚をながめてつぶやいた。

 しかし、興奮と衝撃は急速に冷めていった。

 僕自身が答えをもとめて、安易な答えにすがりついたのではないとどうして言える?

 これが本当に僕が求めていたものだと、どうすればわかる?

 大体、わかったところでどうなるというんだ……。


「……」

「クリム?」


 黙りこくった僕をみて、ラグラン先生は不思議そうに首をかしげた。


「シャルロット様にどこかでお会いしたことがあるの?」

「ないです」僕はきっぱりと言った。「赤ん坊の頃にあったとかでなければ、会ったことはありません」

「赤ん坊の頃に会ったのかもしれないね」

「だったら父上か母上が黙っていないはずです。自慢するに決まってる」

「うーん……」

「先生……」


 僕はある考えを言うかどうか迷った。

 きっと先生は助けてくれる。

 それだけに、迷いがあった。


「僕、シャルロット様に会いたいです」


 結局、僕は口にした。してしまった。


「……」

「先生はシャルロット様と面識があるのですか?」

「そんな大層なものじゃないよ。一度お姿を拝見したことがあるだけだ」


 ラグランは昔のことを思い出すように視線を上に向けた。


「あれは……、そう、大学の卒業式だった。皇弟殿下の付き添いだったと思う。壇上の端っこでちょこんと座っていて……」

「うあああああ!!!」


 僕は叫び声を上げた。

 ラグランは仰天して、のけぞった。


「ど、どうしたの!?」

「すみません。胸の奥から湧き上がる衝動を抑えきれませんでした」

「悪魔に憑りつかれているのかと思ったよ」

「失敬な」

「……シャルロット様に会いたいと言ったね」


 先生はため息をついて、先ほどの僕の発言を問い直した。

 僕はうなずいた。

 先生の腕をつかんで。何度も。


「わかった。わかったから……。そんなにプレッシャーをかけないで……」

「お願いします、先生。どうか、どうか」

「うーん。まあ、ちょっと考えてみるよ」

「ありがとうございます! 先生!」



 ***



 しかし、先生に頼むまでもなくシャルロット様にお目にかかるチャンスはやってきた。


 なんと皇弟殿下がこの地方へ視察にいらっしゃるらしい。そこで開かれる晩餐会に我がホワイト家も招待されたのだと、父上は夕食の席で言った。

 感情を押し殺しているものの、どうみても嬉しそうだ。皇弟殿下にお会いできるのが光栄なのだろう。


 僕も同じだった。シャルロット様にお会いできるかと思うと興奮のあまり叫び出しそうだった。というか、叫んだ。どうにか一瞬で叫びを止められたから「むせてしまいました」と白々しく言い訳をすることができた。


 とにかく、シャルロット様にお会いできる。

 これで僕の胸の中にずっとあった渇望がなんなのか、わかるかもしれない。叫び声がおさまるかもしれない。


「クリム、」


 食事の後、スクエラに呼び止められた。

 心配そうな顔をしている。


「大丈夫? さっきむせたって言ってたの、嘘でしょ?」


 バレてた。

 もっと別の言い訳にするべきだったか……。


「最近、変だよ。授業が多すぎるんじゃない?

 しんどいなら、お義父様に言って、勉強の量を減らしてもらったら……?」

「大丈夫だよ、スクエラ、なんでもないんだ」


 僕はにっこりと微笑んだ。

 スクエラの手を取る。

 手を取って笑顔をみせたら、スクエラは安心してくれるはずだ……。


 しかし、スクエラは顔をしかめて、僕の手を振り払った。


「クリム! 叫ぶなんて普通じゃないよ! 大丈夫なわけないじゃない!」

「そうかな」


 僕だって「叫ぶなんて普通じゃないな」とは思っている。思っているが、それほどおかしなことだとも思っていなかった。「シャルロット様に関することなら叫ぶくらい普通だ」という認識がなぜか太陽よりも強く、僕の心の中で輝いていた。

 まあ、会ったこともない人に対してここまで思えるのも、普通じゃないと言えば普通じゃないが。


「クリム、どうしちゃったの? 変だよ……」

「……」


 僕は何も言えなかった。

 僕は確かに変かもしれないが、それは今に始まったことじゃない。


 僕はずっとこうだったのだ。


「スクエラ、僕は……」


 僕はスクエラに説明をしようとして、言葉につまった。

 どういえばいいかわからなかった。

 けれど、スクエラは何かを察したらしい。

 僕の顔をみて、走り去っていった。


 僕は彼女を追いかけなかった。

 ただ突っ立ったまま、小さくなっていく彼女の後ろ姿を見つめていた。

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