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スクエラの話②

 私の家、エイコーン家は貧乏だ。没落貴族というやつ。

 昔はこの地方で有数の名家だったらしいけれど、今は見る影もない。両親はそう思っていないようだけど……。少なくとも私にはそう言わなかった。口にはしなかった。私が知ったのは、乳母の独り言を聞いたからだ。


 私はホワイト家に買われたようなものだと思う。

 ホワイト家はうちとは逆に名前はないが、実力と評判を伸ばしてきている。その財力に物を言わせて、エイコーン家の名前を手に入れたくなったのだろう。

 いや、あるいはそう期待して、両親が売りこんだのだろうか。ありうる話だ。


 ホワイト家の人たちがどういう思惑で私とクリムの婚約を受けいれたのかはわからない。

 わからないが、婚約が成り立った以上、私はそうふるまわなければならない。望んでなどいないけど、そうあるべきなら、そうなろう。あの無愛想な子と婚約者をやって、私に独り立ちできる力がついた頃合いでバイバイすればいい。

 私にはやりたいことがたくさんある。両親に従って、ホワイト家に従って、婚約者クリムに従って、この土地に縛られて人生を終わらせるなんてまっぴらだ。


 それまではせいぜい「いい婚約者」を演じるとしよう。





 ***





 その後も一、二回クリムとは会ったが、最初に会ってから二か月ほどで、私はホワイト家に住むことになった。お泊りだとは聞いていたが、両親が帰った後で、ホワイト家の人たちから伝えられた。知らなかったのか、と驚かれたが、忘れていたと慌てて誤魔化しておいた。おそらくは、ここに馴染めという両親からの無言のメッセージだろう。


 いや、口で言えよ。


 まあいいか。あの人たちのことは考えても仕方ない。私にはよくわからない。いままでもわからなかった。ともかく、私はここで暮らすのだ。


 私はこの家に厄介になると聞いてすぐに、使用人として扱ってもらえないか、と提案した。ご当主、クリムのお義父上はじめ、皆さん反対したが、最後には認めてもらえた。ちょっと強引すぎたかもしれないが。


 ホワイト家の人はみないい人たちだ。

 たぶん、使用人になんてならなくても、この家の一員として認めてくれたと思う。

 それは間違いない。





 でも、それはいつまでも続かないと思うのだ。





 私が「そうですか」と甘えて、クリムと同じように自由に遊ぶようになったとする。最初はいい。大人は私のことを可愛がって、ちやほやしてくれるだろう。

 でも、たぶん、私の両親は迎えに来ない。よほどのことがなければ、迎えに来ることはないだろう。

 いつまでも私はここにいなければならない。そうなったとき、ふと誰かに、たとえばお義父上なんかに「図々しい娘だな」と思われたら、どうなるか……。


 根拠のない妄想だとは、私には思えなかった。





 ***





 しかし、そんな風に思っていても、気が緩んでしまうことはあるものだ。


「……どうしよう」


 白い壁、きれいな廊下。朝のすんだ空気が肺を満たしている。朝日が窓から差し、砕けた破片に反射している。


 私が、いましがた割ってしまった花瓶の破片だ。


 居候に来てからまだ一週間も経っていない。にもかかわらず、気を抜いてしまった。

 昨日もらった子供用のメイド服が可愛くて、嬉しくて、つい、はしゃいでしまった。服をひっかけてしまったのだ。


「あぁ……」


 血の気が引く。

 呼吸の仕方がわからなくなる。

 ぐるぐると、床が回っているような気がする。

 ……気持ち悪い。


「……大丈夫?」


 びくっとした。すぐ後ろでクリムの声がしたからだ。

 振りむくと、ちょっとだけ驚いた表情のクリムが立っていた。


「大丈夫?」

 彼はもう一度いった。

「だいじょうぶ……」

「割れてるの、花瓶?」

 彼は床に落ちている破片に目をやった。

「本当にケガはしてないの?」

「ケガ……?」

「……ごめんね」

「えっ」


 呆然としていた私に、クリムは近づいてきて、私の手をつかんだ。無感情に私の手をひっくり返す。次に顔にふれ、角度を変えて調べた。最後に立ち上がって私の周りを一周した。


「ケガはないみたいだね」

「う、うん」

「……」


 彼は立ったまま何やら考えている。


「どうしようかな……」

「あ、あの、ごめん、ごめんなさい……」

「……」


 クリムは黙っている。私が恐る恐る顔を上げると、クリムは驚くほど感情のない表情だった。


「君は部屋に戻っていて」

 彼は言った。

「父上たちには僕から言っておくから」

「え?」

「早く。誰かに見つかる前に」

「え、あの……」

「急いで!」


 私はよくわからず、クリムに急かされるまま部屋まで戻った。

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