ゲームの話④
ビスキュイ殿下の消息につながるイベントがないとわかってから、さらに三年が経った。一つ一つのイベントを丁寧に見直しながら、開発者の意図をさぐって真相を模索する毎日をおくっていた。そうした毎日だから、三年という時間も気づけば過ぎていた。
「そんなに気になるなら、同人誌でも作ればいいんじゃないですか、先輩?」
僕は久しぶりに後輩と飲みに来ていた。いや、もう後輩ではないか。
もう会社は辞めたわけだし。
あのあと付き合うことになったし。
そのあと別れたし。
さらにそのあと彼女は別の人と結婚したし。
彼女は会社を寿退社したそうだし。
だからもう、「後輩」要素は一つもないと言っていい。でもまあ、他に適切な呼び方もないか。
「私よりゲームを優先してる」という理由で彼女にフラれたけれど、僕らはこうしてちょくちょく飲みに来ている。彼女にとって、僕は日々の不満を言いやすいようだ。僕もまあ、たまになら愚痴を聞くのもいいかなと思っている。
「同人誌? 僕が?」
「ええ。そんなに未練あるなら描いてみたらいいんじゃないですか? ちょっとは気持ちの整理がつくのでは」
「僕、絵が下手なんだ」
「小説は? 先輩、プログラマーでしょう?」
「君もね。……いや、たしかにプログラマーだけど、それがどうして小説書くってことになるの?」
「タイピング」
彼女は焼き鳥の串をくわえて、タイピングする真似をした。
「得意ですよね」
「はあ……」
僕はビールを一口飲んだ。
「面白い答えを期待した僕が馬鹿だったよ」
「いつか先輩にぎゃふんと言わせてみせます」
「今日じゃないんだね」
「先輩、そんなんだから彼女いないんですよ」
「……それ、君が思ってる十倍は火力あるからね?」
***
「ふー……。書き終わった……」
最初に小説を書いてから五年経った。【バッドエンド】がリリースされから、九年近く経ったことになる。
結局あれから、核心にせまるようなサブイベントは見つかっていない。細かいアップデートはあったが、いずれもバグ修正のようなものばかりで、イベントに関するアップデートはほぼなかった。バグ修正も、もう二年以上更新されていない。
開発者はシャルロット姫の真相は隠し通すつもりなのだろう。
それはいい。リリースからもう九年だ。
ほとんどのファンはみなあきらめているし、僕だってとっくに割り切っている。
もう、自分で小説を書いているだけで、自分の書いた世界の中だけでもシャルロット様が幸せに暮らしているだけで、満足できるようになっていた。もちろんこんなのは気休めだ。開発者がハッピーエンドを用意していないのだからこんなのは、開発者の意図ではないのだろう。いや、そもそもこんなのはゲームの話。架空の話だ。現実とは何の関係もない、無意味な話で、無駄な悩みだ。
でも、架空でも無意味でも、こうして悩んでいる時間が、僕は好きだった。
モニターに表示されている文字に目をやる。たったいま僕が書き終えた小説だ。これまでにもシャルロット様がハッピーエンドにたどり着く小説はいくつか書いてきた。しかし、どうにも僕には小説を書く才能というものがこれっぽっちもないらしい。初期の数作を投稿してみたこともあったが、ボロボロもいいところだった。自分ではなにが悪いのかさっぱりわからないのだが、「さっぱりわからない」というところが一番悪いのだろう。きっと。
そういうわけで前作から、僕は小説を投稿するのをやめていた。今作も投稿はしない。
今までで一番の力作ではあるのだが、投稿はしない。
それでいいと思う。
誰かに読んでもらうために書いたわけじゃないから。
誰かに認めてもらうために書いたわけじゃないから。
それに気づいたから。
それでいいと思えたから。
だから、これでいい。
「さて、次はどんな話にしようかな……」
***
そうして、一年ほど経った頃、いつものように【バッドエンド】をプレイしていると、屋根を突き破って隕石が僕の部屋に侵入してきた。
その隕石はそのまま僕の頭蓋骨を粉砕した。
僕はそうして、死んだ。
そして神様の手で、この世界に転生させられた。
シャルロット様を救うべく。




