ゲームの話①
僕が会社をやめてしばらくして、【バッドエンドは猫も食わない】はリリースされた。正直、複雑な気分だった。まだ怒りでむしゃくしゃしていたし、収入がなくなって不安だったし、ゲームは楽しみにしていたしプレイしたいし、で大変だった。少し悩んだけれど、結局プレイすることにした。
この日をずっと、二年以上待ったんだ。会社を辞めた、くらいのことで立ち止まれるほど、僕は自制心の強い人間ではなかった。
ゲームが配信される時刻が近づいて、僕は時計とにらめっこしながらそれを待った。ゲーム配信サイトを開いて、【バッドエンド】のストアページを開く。公開されているPVをみながら時間をつぶす。ゲームはすでに購入してある。
一分前になった。一秒ずつ、時間が進んでいくのを目で追う。時刻になって、サイトを更新した。インストールボタンをクリックする。
インストールが終わり、すぐにゲームをスタートした。画面が明滅するから気をつけろ、とかいった注意書きののち、タイトル画面に静かにフェードインした。「press any key to start」の文字が表示される。
さあ、待ちに待ったゲームの時間だ。
***
【バッドエンド】を初めてからしばらくして、お腹が空いたな、と思って時計を見て驚いた。日付が変わっている。十時間くらいぶっ続けでプレイしていたことになる。全然「しばらく」じゃなかった。
もう仕事はやめているから、別にこのまま続けてもよかったけど、あまりのめりこんで早々に消化してしまうのももったいない。そう思いつつも僕は急に重くなってきたまぶたを開いてコントローラーを操作した。
【バッドエンド】は神ゲーも神ゲーだった。まあ、戦闘のシステムがいいとか、そういう話は割愛する。語りたいところだが、ここで話しても仕方ない。
久しぶりに時間を忘れてプレイできるゲームだった。
それだけでも神ゲーと言っていいだろう。
もう少しだけ……、そう思いながらボタンを押していた僕の目の前に、不意に彼女は現れた。
『久しぶりね、レオンハルト』
王国の皇女にして、稀代の天才魔術師、シャルロット・ローズロール姫だ。
これが僕が初めて彼女を目撃した瞬間だった。
【預言巫女】を火都まで護衛する任務をおえて王都に戻り、王宮に参上した勇者たちを見下ろすように、階段を下りてくる。
……このシーンで彼女に思わず見とれたプレイヤーは僕だけだろうか。
せいぜい数百万画素のモニターに映し出される画像に見とれるなんて、感動するなんて、おかしいだろうか。
少なくとも僕はおかしいと思う。
だって、こんなことは人生で一度も無かったから。
目の覚めるような美しい容姿だった。
暁光のように優雅で、
蝶のように自由で、
夜に咲く花のように傲慢で、
月のように静か。
彼女に比べれば、死すら色褪せる。
彼女に見とれていると、会話が進行した。
『久しぶりね、勇者レオンハルト。聞いたわよ。失敗したってね。そんなことで、キャルの護衛なんていえるのかしら』
『俺は自分にできることを精一杯やるだけだ』
『言い訳だけは一丁前ね』
『シャル、あまりレオを責めないでください。私の不注意だったのです』
『ふん、キャルもキャルね。【預言巫女】の大仕事で浮かれていたんじゃない? もっと気を引き締めたらどう?』
「なんだこのキャラ。綺麗だけど、当たりがやけにきついな……」
僕は一気に眠気がとんだ勢いで、さらに物語を進めていった……。
***
『教えてくれ、シャルロット。どうして君はこんな無謀な戦いをしかけたんだ……』
『無謀、無謀ね……。ふふふ、そうかしら……。私は勝負はわからないと思っていたけれどね……』
僕はそのまま二徹していた。
むさぼるようにメインストーリーだけをひたすらに進めて、気づけば物語は終盤。いよいよクライマックスというところまで来ていた。
『シャル、あなたはこんなことをする人じゃなかったはずです……』
『ああ、そうだ。何があったんだ、どうして……』
『ただ、何もかも嫌になっただけ。それだけよ』
『君が……、君がこんなことに加担する人間だったなんて……』
『……』
『見損なったよ、シャルロット』
『……』
ムービーが終わって、勇者を動かせるようになった。
白い部屋に、血まみれになったシャルロット姫と従者のベルが倒れている。何のBGMも流れていない。歩くと足音の効果音が響くだけ。二人に話しかけても『……』というメッセージが表示されるだけだ。
……シャルロット姫は死んでしまったのか。
まるで投げ捨てられたような気分だ。彼女のあまりにあっけない最期になかば呆然としつつ、部屋を移動すると、再びムービーが始まった。
それはシャルロット姫視点のムービーだった。
部屋を出ていく勇者と巫女たちを見つめていた。重いまぶたと頭をもちあげて、揺れる視界で、勇者の足元をおぼろげに見つめている。
カメラが正面に回る。シャルロット姫の顔を写す。
彼女は笑っていた。
今までに見せていた、皮肉めいた、人をバカにしたような、見下したような笑顔ではない。
最期にみせた狂気めいた笑いでもない。
微笑んでいた。
自嘲的に、静かに、悲痛に、苦笑していた。
彼女の従者はすでに亡い。
彼女の笑顔を見る者はない。
誰も彼女の笑顔に気づかない。
ただ、プレイヤーを除いては……。




