秘密を顧みる
……どうやらバレなかったようだ。僕は少し安心して肩の力を抜いた。
「ちょ、ちょっと、クリム……」
「ん? どうしたの、スクエラ?」
暗い部屋の真ん中でスクエラが少し怯えた表情をうかべていた。
「どうして私をこの部屋に押し込んだのよ……」
「ごめん、盗み聞きしていたのを知られたくなかったからさ」
「……盗み聞きしてたの?」
スクエラはさっと表情を変えた。打って変わって「呆れた」という表情になった。
というか実際にそう言った。
「あそこ、シャルロット様の部屋よね。よっぽど好きなのね」
「まあね」僕はうなずいた。
「……よく、私の前で肯定できたものね」
「君はそれでもいいって言ったじゃないか」
「そうだけどぉ」
スクエラはすねたように口をとがらせている。と、不意に肩をすくめてみせた。
「まあいいわ。言いたいことはあるけど、クリムに口喧嘩で勝てっこないもん」
「君はちょっと素直すぎるからね」
「ふん」
スクエラは振り返って部屋の奥の窓を開けた。ちょっと冷たい風が吹いた。ここも客室の一つらしい。夜だけど月が明るい。スクエラはソファに腰掛けた。
「ねえ、せっかくだし、ちょっと夜更かししない?」そう言って隣をたたく。「おしゃべりしましょうよ」
「こんなところで?」そうは言ったが、ソファに腰掛けた。「盗み聞きされたくないんだけど」
「クリムみたいな人はそうそういないでしょ。平気よ」
「……スクエラはこれまでどうしてたの?」
「そんなの答えないわよ」
スクエラは僕の顔をちらっと見て、にやりと口の端をつりあげた。
「クリム、本当は興味ないでしょう? なんとなく聞いたのよね? そうよね?」
「え、いや、普通に気になるんだけど。言いたくないってこと?」
「うん。でも、それもあるけどさ、クリムのことを教えてよ。この八年だっけ、九年?」
「九年」
「その間に何があったのか。どんなろくでもないことをしてきたのか」
「何もしてないよ、人聞きが悪いなあ」
「何もしてなくて、ああはならないでしょ。なんで【七代魔剣】を持ってるのよ」
「……バレた?」
「バレないと思ったの?」スクエラはため息をついた。「私、こうみえて【狩人】なのよ? 世界最強の【魔剣】の話くらい知ってるわよ」
「最強じゃないよ」
「ねえ、教えてよ。どうやって手に入れたのか」
「うーん……」
「ねえ、いいでしょ? 私、一生懸命お手伝いするから。ね、いいでしょ?」
「んん……」
「ねぇえええ! いーいーでーしょー!」
スクエラは僕の肩をつかんで前後に激しく揺さぶった。思い通りにならなかった時の彼女の悪い癖だ。懐かしいな。直ってなかったのか。吐きそうだ。
「わかった、わかったから、ゆすらないでよ」
「やった」
スクエラは笑って僕の隣に腰を下ろした。
「嘘はやめてね。嫌いだから。でも、面白くするためなら、多少の嘘は認めます」
「どっち?」
涼しい風が吹いている。雲はなくて、月が静かに淡く光っている。スクエラはにこにこと微笑んでいる。僕は深呼吸した。
「昔の話かあ。そうだね、まずは―――」
***
その日は寝苦しい夜だった。疲れているが中々寝付けない。
私は寝がえりをうった。小鳥は鳥かごの中、布の奥で眠っている。天使が鳥かごの中に入るなんておかしな話だが、天使は小鳥の身体を借りているだけらしい。そのため、小鳥の本能に従った方がよく眠れるそうだ。
エルはどうして執事さんとスクエラさんに助けを求めたのだろう……。たしかに、レオンハルト様が執事さんに負けた、という話は聞いたことがある。でもそれは半分ゲームのようなものだ。あくまでも限定的なルールの下、ハンデありで執事さんが勝っただけのこと。ハンデありでも勝つのが難しいはずなのに勝ったからすごい、というだけの話。
レオンハルト様が執事さんよりも弱い、ということではない。
それはエルだってわかっていたはずだ。なら、私の助けを求めるなら当然、レオンハルト様を頼るはず。レオンハルト様が遠くにいたからだとエルは言っていたけれど、それを言ったら執事さんだって十分遠くにいた。走ったところで間に合わないような遠くに、彼はいたのだ。
それでもエルは執事さんを選んだ。つまり勇者より、執事さんの方が助けてくれる見込みがある、と思ったということだ。
エルは、執事さんを信じている。勇者よりも。
なにかある。執事さんにはなにかある。
エルはそのなにかを知っていて、隠しているのだ。
それになにより、私を抱きかかえたときの、あの人の、【おしゃべり仮面】さんの手の感触……。
あの感触には覚えがある。あれは忘れもしない、あの時の、執事さんにマッサージされたときの手の感触に他ならない……気がする。正直、マッサージのときは意識が飛びそうで記憶があいまいだった。よく覚えていない。
しかし、今回あの人に抱きかかえられた時に、執事さんにマッサージされたときのことを思い出したのだ。一瞬だったけれど、たしかに。
「ねえ、エル……。
あの人は……【おしゃべり仮面】は、執事さんなの?
ねえ、エル、あなたは知っているの? あの人の正体を。
ねえ、教えてよ、エル……」
そうつぶやいたが、エルはすでに眠っているのか答えない。私はあきらめて目をつぶり、ゆっくりと眠りの中へと落ちていった……。




