一件落着
「ああもう、疲れた!」
「お疲れ様です、シャルロット様」
部屋に戻るなりベッドに倒れこんだシャルロット様を横目に、ベル嬢は紅茶をいれた。紅茶を手に椅子をもって、シャルロット様に差し出す。シャルロット様は布団の中にくるまっていたが、紅茶の気配に気づいたのか顔だけ出して外の様子をうかがった。
「ありがとう」シャルロット様は紅茶を受けとった。「ああ、おいしい」
サルトゥがキャリオ様を火あぶりにしようとして、レオンハルト様がそれを防いでから一週間ちかく経過した。サルトゥによって領主が殺され、司教も死んだ。この都のめぼしい有力者がいなくなったせいで、後任の領主が来るまでごく短期間ではあるが、シャルロット様とキャリオ様が領主代理をつとめることになってしまったのだ。
シャルロット様たちは毎日ひいひい言いながら都の復興の旗をふっている。
僕とベル嬢はそんな二人のサポートをしている。とはいっても、いつもとやることは変わらない。ただシャルロット様たちの移動量が増えているのでそのぶん忙しいくらい。
もちろんレオンハルト様たちも一緒だ。キャリオ様の護衛としてやってきて、お役御免になったと思ったとたんに襲撃をうけたのだ。いつまたキャリオ様が狙われるかわからない。レオンハルト様はネズミ一匹、アリ一匹通さないほどの執念で護衛の任務についていた。
「……」
「どうかなさいましたか、シャルロット様?」
カップを持ったまま窓の外を眺めているシャルロット様に声をかけた。シャルロット様はちらりと僕をみて、ゆっくりとカップを置いた。
「いいえ、疲れたのかしらね」
「肩をおもみしましょうか?」
「え!?」
一番に反応したのはシャルロット様ではなく、キャリオ様だった。が、僕が振りむいたときには顔を赤くしてうつむいていた。
「キャリオ様、どうかなさいましたか?」
「い、いえ……」
「うーん」シャルロット様がうなった。「私もやめておくわ。そういう気分じゃないから」
「かしこまりました」
「お気遣いありがと」
……あの事件の後、しばらくして司教の孫娘が見つかった。シャルロット様たち領主代理あてに匿名の封書が届いたのだ。そこには孫娘が監禁されている場所が書かれていた。そこに向かうと、目隠しされ、縛られた状態の女性がいた。彼女以外には誰もいなかった。彼女は衰弱こそしていたが、生きており徐々に回復しつつあるそうだ。
その知らせを受けてから、シャルロット様はこうして窓の外を眺めることが多くなったように思う。
***
「ああ、疲れた~」
シャルロット様は、夜遅くに客間(僕たちは領主の城に住ませてもらっている)に戻るなり、ベッドに倒れこんだ。
「お行儀が悪いですよ」とベル嬢。
「おつかれさまはぁ?」
「今日もお疲れ様です、シャルロット様」
本当にお疲れなのだろう。眠いのか、あまり呂律の回っていない声でベル嬢とおしゃべりをしている。
「もう色々、無理難題が積み重なってて大変なの。でもね、キャルがね、面白いのよ。私も疲れるの、別に好きじゃないけど。キャルは思いっきり弱いじゃない? ちょっとキレながら仕事してるのを横からからかうのが、面白いのよ」
「そうなんですね」
シャルロット様の話にあいづちを打ちながら、ベル嬢は主人の身支度をてきぱきと進めていく。髪をとかしたり、化粧を落としたり……。それは男の僕にはできない仕事だ。僕には入口の近くに立って、疲れて寝ぼけているレアなシャルロット様を目に焼き付けることくらいしか……。
「……クリム・ホワイト」
不意にベル嬢に名前を呼ばれた。
「何を見ているのですか?」
「え? シャルロット様ですが……」
「ほう? 堂々と言ったものですね」
ベル嬢は青筋をたて、シャルロット様から見えない位置でナイフを抜いてみせた。ナイフの刃と同じくらいぎらつく瞳を僕にむける。
「散歩でもしてきたらどうですか? ええ、そうです。きっと気分転換になるでしょう」
「夜ですけど……」
「そうですね」
ベル嬢は高速でナイフをくるくるしている。
怖い。
「えーと……。では、ちょっと散歩してきます……」
「どうぞ」
ベル嬢はすでに僕をみていなかった。しょうがない。散歩に行くか―――。
しかし、ドアを閉めた後、僕の耳にドアの奥から声が漏れ聞こえてきた。
「では、シャルロット様、お召し物を……」
「ん、お願い。そのために追い払ったの?」
「当然です。シャルロット様のお着替えをお見せするわけにはいきませんから」
お着替え! なんということだ!
いま、この扉の向こうでシャルロット様が着替えをしているというのか! 本当に!?
こういってはなんだが、僕は紳士的な人間だと思う。屋敷に住み込みで働いているわけだから、シャルロット様の着替えなんて、珍しくない。いやその、目にしたことがある、という意味ではなく、屋敷のどこかでシャルロット様が着替えている、なんてそれこそ日常茶飯事。騒ぐほどじゃない。わかっている。
しかし、だ。僕には二つの目がある。【光学視界】と【空間把握】だ。【光学視界】では扉の奥の天国を見ることはできない。でも、【空間把握】なら? こちらなら見ることは可能だ。そう、可能なのだ。
倫理的観点から、僕は屋敷では【空間把握】を最小限にするようにしている。というかこの視界のことをベル嬢に説明したら、無闇に見るなとナイフで脅されたから、控えている。別にベル嬢のことは見ていませんよ、と言ったら途端にブン殴られた。訳が分からない。
そういうわけで、僕は普段は【空間把握】でシャルロット様たちのことを見ないようにしている。ぶっちゃけ、ベル嬢はともかく、シャルロット様にはバレる気がするからだ。僕が天使の視線に気づいたのと同じで、シャルロット様も魔力の気配には敏感だろう。
だがいま、シャルロット様はお疲れである。わかるだろうか。これは千載一遇のチャンスなのだ。いまなら、シャルロット様のお着替えをのぞいても、バレない……かもしれない。少なくともバレない確率はこれまでで一番高い。このチャンスを逃せば、次がいつになるかわからないほどに。
つまり、僕の中で「男子高校生の僕」と「執事の僕」が戦っているのだ。男子高校生は言う。「男ならのぞけ」と。執事が言う。「シャルロット様を邪な気持ちでのぞくなんて、言語道断です。ですが……、健康管理の一環としてはアリかも」
僕の目に、二人が握手を交わして和解するシーンが浮かぶ。実に感動的な世紀のワンシーンだ。よし、では、いざ―――!
「部屋の外でなにしてんの、クリム?」
「! スクエラ……?」
寝間着姿のスクエラがそこにいた。眠そうに目を細めて、僕をみている。
「どうしたの? 寒いでしょ。風邪ひくよ?」
「いや、その、えーっと……」
「誰かいるのですか?」ベル嬢の声。
ノータイムで扉がひらいた。ベル嬢が顔をのぞかせ、油断なく左右を確認する。
「声がしたと思ったのですが……」
「どうしたの、ベル~?」
「いま戻ります」
ばたんと音をたてて扉が閉まった。




