勇者参上
「あの人はどこにいるの?」
シャルロット様は私にそう尋ねたので、私は窓の外を指さした。
「あちらです。クリ……、ごほごほ、えっと……【おしゃべり仮面】さんはあちらにいらっしゃいます」
「ちょっと待って。いま、【おしゃべり仮面】のことを、クリムって言いかけたわよね?」
……やば。
「え、あの、その、えーっと……」
「どうして?」
まずい。
まずい、まずい、まずい。
クリムの正体がバレてしまう。
なんとか、言い訳しないと……!
「グ、グリム……」
「え?」
「あの人、グリム・ブラックっていう名前らしくて……」
言ってから後悔した。
クリム・ホワイトだから、グリム・ブラック。
安直すぎる。これではどう考えてもクリムだってバレてしまう……。
「ふーん……、グリム・ブラック様っていう名前なのね……」
「え? は、はい、そうなんです。……様?」
「どうしてあなたには名乗ったのかしら……」
「さ、さあ……」
シャルロット様はじっと私をみてきた。なんだかおかしな雰囲気な気もするけど、誤魔化せたならまあいいか。
そのタイミングで、シャルロット様の腕輪が外れた。シャルロット様は腕をぐるぐると回している。レオンハルト様そっくりだ。
「よし。それじゃあ、友達を助けに行きましょうか。キャルにグリム様を独り占めになんかさせないわ」
「あっ、待ってください。シャルロット様!」
「? なに?」
窓に足をかけていたシャルロット様は振りむいて一歩下がった。そのまま飛び下りるつもりだったのだろうか。
私は震えながら仮想物体の板を差し出した。
「これをグリムに渡されました。シャルロット様にと」
「……魔法陣?」
シャルロット様は顔をしかめて、板を受けとった。板には魔法陣が描かれている。
「はい。転移魔法陣だそうです。それでレオンハルト様のところまで転移魔術をつなげられるとク……グリムが言っていました」
「……」
シャルロット様は窓の外をしばらく眺めていた。グリムの指示通りに転移魔術を発動するのと、自分が乗り込んでいって加勢するのと、どちらがいいかと考えていたのだと思う。
結局、シャルロット様はため息まじりにうなずいた。
「わかったわ。レオを召喚しましょう」
***
「遅れて悪かった。巫女様を頼む。後は任せろ」
『……』
僕はキャリオ様をうけとった。キャリオ様は小鳥を大事そうに握りしめている。はたかれていたが、どうやら無事らしい。僕は、サルトゥににらまれながら、ゆっくりと後退して舞台からおりた。
途中、サルトゥに魔術を撃たれたが、弾丸はすべてレオンハルト様が防いでくれた。
「ま、待て! くそっ、待て!」
「お前の相手は俺だ」
僕はこの上なく頼もしい主人公の声を聞きながら、その場を後にした。
***
馬鹿な。計画は順調だったはずだ。
司教をまるめこんで勇者は遠方の任務にとばした。シャルロット姫もいたようだが、【魔術封じ】が手に入ったとかで算段がついたと聞いていた。
なのになぜ、こいつがここにいる。
理由など考えても仕方ない。なってしまったものは仕方ない。もはや、後には引けないのだから。
「こうなれば、やってやる……! 貴様を殺して、その後で巫女を殺せば、私の地位は安泰だ!」
「地位か、くだらないな」
「子供にはわからん価値だろうよ!」
どうすればいい。もうこいつは目の前にいる。こいつは悪名高い勇者だ。すでに導師を何人も葬っている。まともにやりあっても勝てる相手じゃない。……くそっ、苦し紛れだが、やってみるか。
「ははは、油断したな馬鹿め!」私は巫女たちが逃げて行った方を指さした。「あっちには伏兵がいるんだよ!」
こんな安い手が勇者に通じるだろうか。なめすぎか。勇者はお人好しと聞くが、いくらなんでも……。
「なんだと……?」
勇者は私から完全に目を離して振りむいたた。私は杖を勇者にむけた。
「引っかかったな、馬鹿め!!」
勇者の顔面目掛けて、岩の魔術【投撃石】を撃った。しかし、弾丸は【防壁】にはばまれてしまった。
「引っかかった? 当たってもいないのにか?」
「これから当たるさ!」
私は間髪入れず、弾丸を撃ち続けた。
弾丸を撃っても【防壁】に防がれる。それくらい織り込み済みだ。私が欲しかったのは一発目を撃つ隙だ。このまま途切れることなく、魔術を撃ち続ければ、いかに勇者と言えど身動きは取れない。【防壁】を解くことも、【防壁】から出ることもできない。
「ははははは! 隙など無いぞ! このままお前の【防壁】を削り切るまで続けてやる!」
「……」
勇者は冷ややかな目で私をみている。
本当に【防壁】を壊せる、とは思っていない。ただこうして考えをまとめる時間が欲しかった。少しずつ後退しながら連射をつづけ、威力も増していった。土煙がたつ。
巫女はあきらめるほかない。
追いかけたところで追いつけまい。いまは勇者をどうにかしなければ。殺せないまでも行動不能にできれば、逃げることくらいはできる。……いや、そこまで悲観する必要はないか? 現状、私の攻撃は勇者に通用しているようだ。その証拠に勇者は私に手も足も出ていない。ここまで大人しくしてくれるとは思っていなかった。ここまで動かないなら、ひょっとすると本当に【防壁】を破壊できるのではないか?
勇者を殺すことができれば……。
それは、巫女を殺すなどよりはるかに難しい。
もしそんなことを達成したなら、私は教団の中でさらなる地位を―――。
「……ぞ」
勇者がなにかを言った。魔術の音にかき消されて聞こえなかったが、たしかになにかを言ったのだ。
私は一度魔術をとめた。【防壁】を修復される恐れはあったが、そうなったとしても魔力消費のレースでは私の方が有利だし、距離も十分とって反撃の脅威は少ない。なにより勇者が最後に何をいうのか、気になった。
「なんだ? 聞こえないぞ」
「攻撃が長いといったんだ、グズめ」
煙が晴れた。
勇者は鬼のような形相をうかべていた。
【防壁】には傷一つついていない。
「あの男が苦戦した様子だったから、どんなものかと思えば、口ほどにもないな。それで全力なのか。それとも、俺をなめているのか?」
私は顔がひきつるのを感じた。それに気づいて、勇者はあきらかに失望した表情をうかべた。
「そうか、全力だったか」
「つ、強がりを言うな! だったら! 攻撃してみるがいい!」
私は攻撃を再開した。まだ魔力の余裕は、ある。弾丸の質力と速度と連射性を上げる。持続するのは一分になるが、これが私の最大限だ。
これを撃ちながら舞台の端まで後退する。
勇者を殺す? 無理だ。無理無理。奴の【防壁】には傷一つなかった。やはり勇者の名は伊達ではない。逃げるほかない。相手が悪かった。逃げても恥ではない。舞台から降りたら群衆の洗脳を解く。そこで何人か殺せばパニックが起きる。
勇者といえどその中から私一人を見つけるのは不可能だろう。
しかし、私が全力の魔術を撃ち続けていると、立ち込める砂煙の奥から再び、声が聞こえてきた。
断末魔ではない。
挑発ではない。
恨み言ではない。
魔術の詠唱ではない。
それは神にささげられる勇者の祈りだった。
「我、フォルトゥーナの名の下に、汝に断罪を与えん。
車輪よ、我に加護を。正義に力を。勝利に栄光を。
約束されたる運命の下にあらしめん」
砂煙の奥で、勇者が【魔剣】を構えるのをみた。
そして、その【魔剣】が魔力を凝集し、「死」を形成するのをこの目で見た。
「【傲岸不遜・増加】」
勇者の足元の舞台が重量に耐え切れずにめきめきと砕けた。勇者はそれにかまわず、沼でも歩くかのように重い足取りで一歩ずつ私に近づいてきた。【防壁】を前に押し出して、私の魔術を防ぎながら。
淡々と。
一歩ずつ。
死を携えて近づいてくる。
舞台の端はまだ遠い。振り返って走れば逃げられるか?
いや、無理だ。この殺気からは逃れられる気がしない。
私は半狂乱で魔術を撃ち続けた。
当然のように弾丸はすべて弾かれるか、つぶれて地面に落ちた。勇者はそれを踏み潰しながら近づいてくる。
最後の最後で、私は恐怖に負けた。勇者に背を向けて走った。舞台の端まで目と鼻の先だ。あそこまで走れば、死なずにすむ―――。
私の背後で、声がした。
「【重王無刃】」
文字通り、足元の地面が崩れるような衝撃。
気づけば、私は手足を地面についていた。やけに暗い。振り返ると、勇者が私を見下ろしていた。剣を振りかぶって。
「やめっ―――」
「遙かな運命に還るがいい」
勇者は剣を振り下ろした。【防壁】はまるで意味をなさなかった。




