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僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
巫女は聖なる炎にくべらるる
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虚仮脅しの奮戦

 仮面の男は、私を縛る十字架ごと、抱えていた。彼は無言だった。ちらりと私をみたが、それきり視線を正面に戻した。そちらに目をやると、サルトゥが顔をゆがめていた。信じられない、と言いそうな表情だ。


「誰だ、貴様」サルトゥが低く尋ねる。「何者だ?」

『……』


 しかし、仮面の男はそれに一切答えず、片手で十字架を支え、空いた手で私を縛る縄を切った。


「あ、ありがとう、ございます……」

『……』


 男はやはり何も答えなかったが、一瞬だけ私の目をみた。そのままうなずきもせず、再び私を抱え上げた。お姫様抱っこで。

 思わず悲鳴をあげてしまう。


「ひゃっ!?」


 仮面の男は悲鳴をあげた私にかまわず、私を抱えたままジャンプした。さっきまで立っていた場所で大きな音が鳴る。石の床に、岩の塊がめりこみ、煙を出している。サルトゥが魔術を使ったのか。


「私の……、我々の邪魔をするな! 我々は、正義の裁きをその女に下しているのだ!」


 サルトゥが叫ぶ。その隣で、領主が「私も助けてくれ!」と悲鳴をあげている。しかし、仮面の男は眉一つ、ぴくりとも動かさず、サルトゥを見つめている。そうこうしているうちに領主の叫びはやがて絶叫に変わった。喉の奥、腹の底からわきあがるような絶叫。

 火をつけられたタイミングは同じだった。私もこの人がいなければ、領主と同じ目にあっていたかと思うと、胸がしめつけられるようだった。


「あ、あの……」私が声をだすと、仮面の男はちらと私をみた。「助けていただいた身で、こんなことを言うのもなんですが、領主様もお助けください。どうか、お願いします」

『……』


 やはり、無言。微動だにしない。

 ……この人は一体誰なのだろう。私は一体誰に助けられてしまったのだろう……。

 そういえば、シャルがいつか話していた。迷宮で仮面の男に助けられたと。ちょうど彼のような仮面をつけ、見たことも無い魔術を使い、圧倒的な実力で迷宮主ボスをねじふせたと。

 同じ人物なのか? シャルは「無口を気取ってるけど、おしゃべりな人だったよ!」と言っていたが……。あるいは反省のたまものだろうか。

 ええと、確か、名前は……。


「……もしかして、【おしゃべり仮面(サイレントトーカー)】さんですか?」

『……』


 ものすごい目でにらまれてしまった。

 どうやら呼び名は違うようだが、人物は間違ってはいなかったらしい。それにしても、シャルは本当に人の名前を覚えるのが苦手なんだな。命の恩人の名前を忘れるなんて。



 ***



 よし、キャリオ様は確保した。当初の目標は達成された。領主がいたことは想定外だが、悪いが文字通り手一杯だ。これまでの悪行のツケと思って甘んじて火あぶりになってもらおう。


 それより問題なのは、目の前のこいつだ。

 たしかサルトゥという名前の邪教の導師だったはずだ。


 この状況、この光景にはなんとなく覚えがある。こいつとは何度も戦っているはずだが、この印象の薄さだと、ゲームでは大して強くないボスキャラだったのだろう。

 しかし油断は禁物だ。ゲームでの主人公はあくまでレオンハルト様だった。戦ったのはレオンハルト様であって、僕じゃない。


 ともかく、僕の目的はキャリオ様を救いだすことだ。レオンハルト様ならこのままこいつと戦うのかもしれないけど、僕は正義の味方じゃない。そもそももう僕の魔力は限界近い。逃げさせてもらおう。


 僕はなけなしの魔力を消費して、インベントリから煙幕効果のある仮想物体イマジナリーを取り出した。衝撃を与えて破裂させると煙がわーっと出る奴だ。それをサッとこれ見よがしにかかげると、案の定、サルトゥは目ざとく反応した。


「なんだ!?」


 岩の弾丸を撃ってくるが、想定していればかわすのは難しくない。そうしてできた隙で、煙幕を地面にたたきつけた。球が破裂して、あたりに一気に煙が充満する。


「むぐっ」


 僕はキャリオ様の口をふさいだ。すぐに蒸発する仮想物体イマジナリーだから吸い込んでも問題はないが、むせられでもしたら、位置がバレてしまう。

 煙に紛れ、サルトゥの魔力の動きに注意を払いつつ、舞台からおりて人ごみに紛れた。これだけの数に紛れれば、見つけ出すことは難しいだろう。


 このとき、僕は判断ミスをした。

 思いつかなかったのだろうか。

 疲れていたのだろうか。

 あるいは、本当は、頭の片隅ではわかっていたけれど気づかないふりをしたのかもしれない。





 サルトゥは群衆の一角に、岩の弾丸を撃ちこんだ。

 明らかに僕たちを狙っていなかった。

 赤い雨がちらりと見えた。

 群衆は静かだった。

 相変わらず、虚ろな目で舞台を、もう悲鳴を上げていない領主を見つめ続けている。


 誰も悲鳴をあげなかった。





「逃げるつもりか、巫女よ! 逃げたければ逃げるがいい!

 だが、お前が逃げるのなら、私はこの場にいる全員を皆殺しにするぞ! 嫌なら出てこい!」


 サルトゥはそういって、もう一度魔術を撃った。今度はハッキリと鮮血の雨がみえた。キャリオ様がびくりと肩を震わせる。

 僕は判断を間違えたのだ。それも二つ。こうなることを予想できなかったことが一つ。もう一つは、キャリオ様が事態を理解する前に、彼女の耳をふさがなかったことだ。目が見えない彼女の耳をふさげば、逃げることもできた。

 サルトゥの言葉を聞くやいなや、キャリオ様は僕の手を逃れようと暴れはじめた。手をつっぱって、僕の手から逃げようとする。


「は、離してください。私が行かないと、この人たちが……」

『……』


 声を出せないことがこんなにもどかしいとは思わなかった。

 行っちゃダメだ。行けば殺されるだけだ。

 ここにいる群衆だって、生きて帰れる保証はない。

 そう言いたかった。

 ……。

 そう言ったところで、止まるキャリオ様でもないということもわかっていた。


 僕は目を閉じて、少し力をぬいた。それがキャリオ様にも伝わったらしい。彼女も暴れるのをやめた。


「……すみません」


 彼女はそういって、僕の手からおりると、背筋をのばして立ち上がり、群衆の列からでて、サルトゥに真っすぐ顔をむけ、舞台へと近づいて行った。

 サルトゥはにやりと笑い、叫んだ。


「巫女様は勇敢だな! 敬服するよ!」

「それはどうも」

「だが、もう一人は卑怯者だな。まだ身を隠したままなのか。コソコソ隠れて何をするかわからんなあ」

「彼は私を助けてくれただけです。彼は、関係ないでしょう」

「お前にはなくとも、私にはある。

 ……出てこい、仮面の男! お前が出ない場合も、こいつらを殺すぞ!」

「約束がちがいます!」

「勝手にそう思っただけだろう、巫女よ。さあ、さっさと出てこい!」


 ……仕方ない。こんなものか。

 僕は立ち上がった。僕をみつけて、サルトゥは少し顔色を変えた。舞台に近づいていたからだ。


「巫女よ、わかるか? こいつは人ごみに隠れて近づいていたぞ! 油断ならないやつめ! 貴様はそこに立ったまま、動くな! 動けば他の連中を殺すからな」


 サルトゥは杖を群衆にむけたまま言った。僕は大人しく両手をあげた。キャリオ様は舞台にのぼり、言った。


「卑怯者ですね、あなたは」

「ふん。なんとでも言うがいい。賢明な巫女様なら、どうすればいいか、わかるな?」

「火に飛び込めと?」

「そうだ」

「なぜあなたの魔術で殺さないのですか?」

「巫女は火刑でなければ死なないからだ」

「? どういう意味ですか?」

「今の返答は最後をむかえるお前への温情だ。わかったら、早く死んでくれ」

「……わかりました。皆さんを、どうか助けてください」

「行け」


 キャリオ様はサルトゥをにらむと、燃え盛る炎に近づいていく。サルトゥはじっと僕をみている。少しでも動けば言葉通り、群衆を殺すのだろう。

 くそっ。声が出せるなら、挑発でも何でもして時間稼ぎもできるのに。


 ……仕方ない。群衆を犠牲にしてでも、突撃するしかないか。サルトゥに近づくことができても、勝てる可能性は低いが―――。


「うわっ!? な、なんだ!?」

「エル!?」


 救いの手は思わぬところからやってきた。

 小鳥エルが飛んできて、サルトゥの目の前で羽ばたき、顔面をつつきはじめたのだ。

 天使、よくやった。


「ええい、畜生が!」


 サルトゥは杖を持っていない方の手で、エルをはたき落とした。キャリオ様が駆け寄る。サルトゥは僕に視線を戻そうとして―――。

 目の前にせまった僕に気づいた。


 サルトゥが僕に杖をむけようとする。

 僕は足を止め、隠し持っていた【紫電剣ミョルニル】を突きつけた。【紫電剣】をみてサルトゥの動きがピタリと止まる。


 もちろんハッタリだ。

 ここに来るまでに【魔術駆動マリオネット】を使った。魔力はもうない。【紫電剣】どころか、もういかなる魔術も使えない。もう意識を保っているだけで精一杯だ。

 これはただのハッタリ。サルトゥの動きを数秒止めるためだけの虚勢。サルトゥが【紫電剣】とその威力を知っていて、恐怖してくれることに賭けたハッタリだ。ここまでは成功したらしい。

 パチパチパチと肌が泡立つ。


「【紫電剣】だと……! 本物なのか。なぜ貴様がそれを……。つ、使えるのか!?」

『……』

「いや……、そんなはずはない! 使えないのだろう! ハッタリだな! 使えるなら、最初からそれで私を殺せたはずだ……」

『……』


 ご明察。しかし、僕はあえて、【紫電剣】をサルトゥに近づけた。刃先がサルトゥの【防壁ガード】に当たる。もし本物の【紫電剣】が発動すれば、そんなものは無意味だ。

 パチパチ。


「いや、まさか、自爆覚悟なのか……?」

『……』

「か、構うものか! この距離なら巫女も死ぬ! それだったら―――!」


 サルトゥは杖を僕にむけた。

 僕は、サルトゥにウィンクした。

 パチリ。


「は? なんのつもりだ……?」

『……』


 僕は無言で両手をあげた。もう出来合いの【防壁】を展開するだけの魔力さえない。弾丸を撃たれれば僕は死ぬ。

 重くて長い一瞬。


 サルトゥは上空へ目をむけた。

 やっと来たのか。


「そこまでだ!!」


 頭上から聞こえた声の主は、僕のすぐ目の前に着地するときに、魔剣【傲岸不遜オーバーウェイト】を地面にたたきつけた。凄まじい衝撃で、僕は目を回した。

 サルトゥは直前に飛びのいていて、直撃はしなかったが、同じように身動きが取れないらしい。キャリオ様にいたっては転んでしまった。

 舞台はおおきくひび割れ、焼け焦げた十字架は折れた。降ってきた救世主はころんだキャリオ様の服をつかむと、引っ張って、たおれる十字架から助け出した。

 猫の背中をつまむようにして、キャリオ様を、僕に差し出した。キャリオ様は目を回している。


「遅れて悪かった。巫女様を頼む。後は任せろ」


 勇者レオンハルト様はちらりと僕をみて、にやりと笑った。

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