天使との交渉
一時間前。
『キャリオ ツカマル テキハ シキョウ……。
なるほどね、大体わかった』
小鳥の話す鳥語は残念ながら、一切理解できなかったので、僕は、天使に視線を送るようにたのんだ。天使のあのパチパチと魔力を飛ばす視線なら、簡易的なモールス信号になる。
僕は地面にアルファベットと信号の対応表を書いて、天使に信号を打たせた。ミスが頻発したものの、数分かけてどうにか天使の言いたいことは理解した。
『つまり、火都まで転移しろと言うんだな?』
僕が尋ねると、小鳥は「ピー」とだけ鳴いた。いくら鳥語がわからない僕でも、それが肯定ということはわかった。
レオンハルト様と僕を天秤にかけてこっちに来たのだろう。僕が転移魔術を使えるということは知られていたし、確実に帰還できる僕のところに来た、ということか。
ちなみに、ゲームではレオンハルト様は、転移魔術の使える【魔剣】を一つだけ持っている設定だったはずだ。ちょうど、今回のイベントで使うはずだったのだけど……。
まあ、これは黙っておこう。知らずに僕のところへ来たに違いのだから。これからこの天使に言うことを考えると、さすがにかわいそうだ。なにより、僕を見限ってあっちに行かれると困る。
『助けてもいいけど、条件がある』
僕がそう言うと、小鳥は首をクッと少し上げ、抗議するように僕の顔の近くでバサバサと羽ばたきはじめた。僕はそれにかまわず、アルテミスに続きのセリフを発声させた。こういうとき、口を開いてものを言わなくていいのは助かる。そうしていたらきっと口の中が羽まみれになっていたに違いないからだ。
僕は指を三本たてた。
『条件は三つ。
一つ。僕の正体は他言無用だ。キャリオ様はもちろん、アンタの主人である神様にも。誰にも言わないでくれ。
二つ。監視を解いてくれ。四六時中、僕をずっと監視しているが、ハッキリいって、バレバレだし、気が散るし、無意味だ。もういいだろう。解いてくれ。
三つ目は……、彼女だ。彼女の身の安全を保証してほしい』
「……えっ?私?」
スクエラは急に話題にあげられて驚いたようだった。
『スクエラ、天使が聞いてるけど、いま話すね。手短に。君は僕の正体を知った。だから、できれば僕を手伝ってほしい。君は信用も信頼もできる。危険なことも、怖い目にあることもあると思う。でも、もしよければ、虫のいい話だってわかってるけど―――』
「長い」スクエラはむすっとした顔で言った。「やるわ」
スクエラは僕の言葉を最後まで聞かずに返答した。答えて、スクエラはずいと近づいてきた。僕をじっと見たまま、息のかかる距離まで。
「やる。やりたい。私、クリムを手伝うわ。あなたの頼みなら、なんでもする」
『さっきも言ったけど、僕は君じゃない誰かのために動いてる。君はその手伝いをするんだよ。それでもいいの?』
「いいわ」
『……ありがとう』
僕は、心底うれしかった。予想以上にほっとした。もう何年も感じたことのない安堵感だった。執事としてシャルロット様の元で働けることになった時でさえ、ここまで嬉しくはなかった。
僕は一人でいいと思っていたけれど、そうか、僕も仲間が欲しかったのか。胸の内を話すことができる仲間が……。
『話を戻そう』
僕は天使に向き直った。あとは天使の説得だけだ。
『天使、彼女が何をしても、彼女のことは咎めないでくれ。僕の指示で彼女が何かしでかしても、あくまで裁くのは僕にして欲しい』
「え、私がミスしたら代わりにクリムが裁かれるってこと?そんなのやだ。私も裁いてください!お願いします!」
『いや、スクエラ、そういうことじゃなくて……』
「ピーッ!!!」
その時、小鳥はあらんかぎりの大声で鳴いた。もううんざりだとばかりに喚きながら、バタバタと羽ばたいている。羽ばたきながら、信号を送ってきた。
『なになに……。
ハナシ アト キャリオ サキ
天使様も余裕ないなあ』
「でも、クリム、のんびりしてていいの?」
『よくない。でも、話を後にするのも、よくない。口約束だけでもさせてもらう』
「口約束でいいの?」
『天使は嘘をつかない。
さあ、天使、僕の言った条件を飲んでくれ。さもなければ、僕はここから動かない』
ハッタリだ。僕だって、できるかぎり早くシャルロット様たちを助けに行きたい。
しかし、目先の問題にとらわれて、それ以降をすべて台無しにするわけにはいかない。ここで間違えると、スクエラが突っ走りかねないし、そうなった時に、守ることができない。
天使は自棄になったように一声鳴き、信号を送ってきた。
『ジョウケン ヲ ノム
よし。じゃ、言質も取ったし、助けに行こうか』




