囚われのお姫様
レオンハルトたちが火都に来た当日のこと。
火都の大聖堂の懺悔室で男が一人座っていた。彼は『懺悔を聞く側』の部屋で頭を抱えていた。もう一方の部屋には誰もいない。
一人で懺悔室に居座っていたのは司教だった。
「ま、まさか、あの天才が、シャルロットまで来ているなんて……。無理だ、私は、どうしたら……」
ぎぃ、と蝶番が音をたてて扉がひらいた。男が一人、どさっと罪を告白する側の席に腰掛ける。
「司教様がこんなところで、なにブツブツ言ってるんだ?」
「なっ、どなたですか。ここは神に罪を告白するための神聖な―――」
「どの口が神なんて言ってるんだ?」
その言葉に司教は息を飲んだ。
男がせせら笑う。司教の考えていることなどお見通しだといわんばかりの笑みだった。
「手を貸してやろうか?」
「お、お前は一体、何者なんだ……」
「俺はイニチェ。ただの邪教徒だよ」
***
私には今の状況が信じられなかった。
とてもではないが、現実だと思えない。
キャルが都の大広間で、はりつけにされている。足元には燃えやすい焚き木が敷き詰められている。隣には、領主もはりつけにされている。周囲には、顔を怒りにゆがませた群衆たち。
私はそれを、領主の館の窓から、見下ろしていた。どういう用途で作られた場所なのかわからないが、ここは尖塔の上の牢屋だった。ここからでは、キャルの後頭部がほんの少し見えるだけだ。彼女の表情をみることはできない。
足かせから伸びた鎖は壁に繋がっていて、動けない。魔術で壊したいところだが、それもできない。
気づけば見知らぬ腕輪をはめられていた。手枷でもなく鎖も伸びていない。ただ、奇妙な魔術の気配があるだけ。おそらくは魔術封じの効果をもつ【魔剣】だ。一体どこから手に入れたのかはわからないが、魔術封じのアーティファクトは国が買い取ることになっている。まともなルートから入手したのではないことは確かだ。
私が起きた時には、ベルの姿はここになかった。呼びかけても返事はなかった。どこにいるのかはわからないが、どこか別の場所に囚われているはずだ。
見張りはいない。起きたときから誰もいなかった。だから今、何が起こっているのか、全くわからない。最後に領主と司教たちと会食をして、そこからの記憶があいまいだ。食事に何か薬でも盛られていたのか。領主が広間ではりつけにされている以上、怪しいのは司教だが……。
しかし、大広間で大声を出して民衆を煽っているのは、どうみても司教ではなかった。遠くて詳しい内容までは聞こえないが、キャルと領主の癒着について無いこと無いこと、やけに自信満々に大声をはりあげている。キャルをはりつけにしたことに、そいつが一枚かんでることは明白だが、いかんせん遠いので「司教ではない」ということくらいしかわからない。会ったこともない奴だと思う。
と、誰かが塔を登ってくる足音が聞こえた。
「誰?」
「ご機嫌いかがですか、シャルロット様」
司教だった。余裕のない、不安そうな青い顔をしている。
なるほど主犯ではないようだ。
私は笑顔で手を持ち上げてみせた。
「この腕輪のせいで、手が痛いのです。外してくださいませんか?」
「おや、それは申し訳ないですな。そうして差し上げたいのは山々ですが、わしは鍵を持っておりませなんだ。事が済めば、外しますゆえ……」
「あれはどういうことなのですか?」
私は窓の外をあごでしゃくった。姫としての茶番としては十分だろう。
「キャルはなぜはりつけに?」
「なぜ、と問われましても、わしも詳しいことは知らされておりません」
司教はやつれた顔で、足元にあった木箱に腰掛けた。見るからにほこりまみれだったが、気づいてすらいない様子だった。
「……わしの事情を話してもよろしいでしょうか。誰かに聞いていただきたいのです」
「いいでしょう」
本音としてはちっともよくなかった。キャルを助けるためにできることをしたくてたまらない。焦燥がつのっていく。
だが、焦燥は敵だということもまた、わかっていた。
「では、お言葉に甘えて」しばらく黙っていた司教が重い口を開いた。「わしには孫娘がおりましてな……」
司教が言う所によると、色々あって息子夫婦の忘れ形見である孫娘を引き取ることになったそうだ。(司教によると)憎たらしく、可愛くないその孫娘の面倒を十年近く見てきて、ようやく一人立ちできるという年になったそうだ。
しかし、
「……邪教徒に誘拐されてしまいましてな。いうことを聞かねば、孫を殺すと」
「……」
「わしとて迷いました。ええそうです、迷いましたとも。わしの役目はただ、勇者に遠くの依頼をするだけだったのに……。あなたがいらっしゃったせいで、ずっと危ない橋をわたる羽目になりました」
「偽の依頼に、薬に、手錠と……。司教ともあろうお方が、これだけの罪を犯して、巫女を殺す計画に加担した。ためらいはなかったのですか?」
「あの子のためなら、道を外れるくらい、大したことではありません」
司教は震える声で淡々と言った。
目の端に涙も浮かべている。
本当だろうか。
本当に泣いているのだろうか。
「この事件が……あなたにとって、全て上手くいったら、お孫さんに会いたいですか?」私は尋ねた。
「ええ、もちろんです。無事な姿をこの目で見たいと思います」
「そして、お孫さんと幸せに暮らしたい?」
「そう、ですね……。ええ、はい、その通りです」
「そうですか……」
私は慈悲深い笑みをうかべ、目を閉じてゆっくりとうなずいた。
私が何も言わなくても、あの子はわかってくれるはずだ。
ずっと私と一緒にいたあの子なら。
苦しませずにやりなさい、というメッセージを受けとってくれるだろう。
かすかな物音がして、刃の光がまぶたの裏にみえた。
「あっ、何者―――、うぎっ―――!?」
司教の断末魔。沈黙。
私がゆっくりと目を開くと、致命傷を負った司教は目を見開いて私をみていた。そばには血のしたたる刃物をもったメイド……私の従者であるベルが立っていた。
「ご無事ですかっ、シャルロット様」ベルは肩で息をしながら言った。
「ええ。あなたも無事でよかったわ、ベル」
ベルに微笑み、司教に目をむける。笑みは消した。
「自分以外の誰かのために罪を犯したあなたを、私は非難しません。ですが……、私にも譲れないものはあるのです」
司教はゆっくりと目を閉じ、そのまま息絶えた。
「……生かしておくべきでしたか?」
ベルがぽつりと言った。彼女は司教を見ていた。
「いえ、これでいいわ」
司教の孫娘は誘拐されたという話だが、おそらく生きてはいないだろう。それは司教だってわかっていたはずだ。それでも彼は希望にすがることを選んだ。だったら、目をそらしようもない絶望的な事実を突きつけられるよりも希望に満ちた夢を見たまま死ねた方が幸せだ。
……そう思うのは、やはりごまかしだろうか。
私は首を振り、ポケットの中からハンカチを取り出して、顔をおおった。
「これくらい覚悟していたはずだから。……さて、」
顔をあげ、ベルを見る。
「ベル。私の鎖、斬ってくれるかしら。この腕輪のせいで魔術が使えなくて……」
「あ、それでしたら、少々お待ちください。腕輪を外すことができると思います」
「どういうこと? 早くしないと、キャルが燃やされちゃうじゃない」
「キャリオ様は燃やされてもピンピンしてますよ、きっと」
「それ、後であの子に言うわよ?」
「ご勘弁を」
「それで? 私は何を待てばいいのかしら?」
ベルは黙って部屋の入り口を指さした。ゆっくりと重い足取りと、苦しそうな息遣いが聞こえてくる。
「おっ、置いていかないでください、ベルさん……」
開いたままの扉に指がかかり、ぜーぜーと息を切らして、小柄な女の子が顔をのぞかせた。
「やっ……とついたあ……」
「スクエラちゃん!? ……と、天使?」
クリムと一緒に迷宮に行ったはずのスクエラちゃんがそこにいた。キャルの小鳥(天使)を肩に乗せて、ぜえぜえと息をつきながら扉にもたれかかっている。
「シャルロット様、にっ、やって、いただきたい、ことが……」
「えっ、あなた、クリムと一緒に迷宮に行ったでしょう。クリムは!?」
「クリムは……、えっと、無事です!」
「そう、よかった。どこにいるの?」
「え、ええっと……。あっ。
こ、このお屋敷のどこかの部屋のベッドに寝かせています……」
スクエラちゃんは慌てた様子で考え込んでしまった。視線がきょときょととあちこちをさまよう。なんだか怪しい。なにかを隠しているに違いない。何を隠しているんだろう。クリムが重傷を負ったわけではなさそうだけど……。
……まあいいか。スクエラが無事だというなら、無事なのだろう。いまは余計な詮索は抜きにするべきだ。
「そう、無事なのね。だったらいいわ」
「は、はい!」
「それで、やってほしいことって?」
「あ、そうでした!」
スクエラはぴょんと背筋をのばすと、こちらへ駆け寄った。手に何か、見慣れないものを持っている。ナイフくらいのサイズだが……?
「失礼します。この腕輪ですね?」
質問の意味がわからず答えかねていると、ベルが代わりに「はい、そうです」とうなずいた。
「スクエラさんのその道具は鍵開けの魔術がかかっているようです。シャルロット様の手錠も解いてくれますよ」
「ああ、そうなの……」
スクエラは解錠に取り組んでいる。もうすでにすっかり集中して口からちらりと赤い舌がのぞいている。しばらくかかりそうだ。私は少し気を落ち着けてその道具の意匠をまじまじとながめた。
細長いスプーンかフォークのような形状だ。針金を曲げただけにも見えるが、それよりは複雑か。根元にはちょっと大きめの飾りがついていた。
見覚えのあるその飾りをみて、私はおもわず大声を出した。
「えっ!?」
「うわっ!?」スクエラちゃんは驚いて目を回した。「な、なんですか?」
その飾りはたしか、あの人が持っていた道具によく似ていた。たしか、「カイチュウドケイ」という名前の道具だ。それを無理矢理飾りにしたようにしか見えなかった。
「それ、【おしゃべり仮面】の持ち物じゃないの!?」
「あっ、いや、ああ、ええと……、はい、そうです」
スクエラはまた隠し事の匂いをさせた。なるほど、そうか。なんとなく読めた。
たぶん、迷宮での探索が上手くいかなかったのだ。前みたいに予想外の強敵があらわれて、クリムがやられた。やられたところで【おしゃべり仮面】がやってきて、二人を助けた。【おしゃべり仮面】の人は転移魔術が使える。何らかの手段で助けを呼んだクリムの下に駆けつけたのだろう。
そこへ、さらにキャルの天使が助けを求めて現れた。
【おしゃべり仮面】に助けを求めて?
天使は彼を知っているのか?
どういう繋がりだろう。
それとも、天使はクリムのところへ行くつもりだったのか……?
いや、それはいい。問題はそこじゃない。
「あの人はどこにいるの?」
私が頬を膨らませると、スクエラちゃんは手を止め、きょとんと目を丸くした。
問題は、あの人が私を助けに来てくれなかったことだ。
小さくはない。大問題である。




