禁忌
「クリム?」スクエラは目を丸くしている。「クリムなの?」
『そうだよ』
ああ、しまった。自分で正体を明かしてしまった。
目をみられたらバレるとは思っていたけど、僕の【人形】を置いたり、準備したりすればあるいは……。いや、無理か。そんな暇なかったし。
どっちみちバレるなら、意味がない。
僕はスクエラを下ろした。
『危ないから、下がってて』
「危ないからって……、あんなの、倒せるわけ……」
『倒せるよ』
僕は懐中時計の針を確認した。魔力残量は十分にある。
迷宮主を瞬殺したレベル6の魔物だろうと、八つ裂きにするに十分な魔力が。
オクトパスは僕たちをにらみながら、迷宮主の残りの身体を丸のみにした。ばりばりと音をたてて咀嚼する。魔力の補給は終わったようだ。
僕は音声をアルテミスに返した。
『命令を受理しました。【反転重力:平行】を行使します』
僕はオクトパスが触手を伸ばす前に、【反転重力】を使用した。
オクトパスが宙に浮き、奥の暗闇の中に消えていく。すぐにどん、と巨大な質量が岩に叩きつけられる音が聞こえてきた。
しかし、みしみしと何かが岩を削るような音が聞こえる。近づいてくる。
でも問題はない。最初から【反転重力】で倒せるとは思っていなかった。ただ、あの触手から距離を取りたかっただけだ。
隣でキリキリと弓を引きしぼる音が聞こえた。矢はわずかに弧を描いて飛び、刺さった先でまばゆい光を放った。暗闇の中にいたオクトパスを照らしだす。スクエラが三本目の矢を放った時、オクトパスが輪の中にあらわれた。予想通り、触手を岩肌につきたてて、僕たちに近づいて来ていた。
ぎょろりと大きな目を回して僕たちをみる。
僕はインベントリから【魔剣】を取り出した。
同時に、オクトパスが触手を伸ばす。
僕は【反転重力】の効果範囲に足を踏み入れ、オクトパスにむかって「落下」した。
後ろでスクエラが息を飲んだのがわかった。たぶん、触手につかまると思ったのだろう。
たしかに触手の動きは速い。しかし、いくら速くても魔力の動きに注意していれば、狙いも、攻撃のタイミングも、手に取るようにわかる。
だから僕は触手の攻撃に合わせて【魔剣】で反撃した。
七大魔剣の一本、【紫電剣】。
僕のとっておきの切り札だ。
制御が難しいから、【支援妖精】を起動しているときにしか使えないが、【赤炎剣】と同じで単純に火力が出る。やたらアクセルが敏感なだけで、そこに気をつければいいだけだ。七大魔剣の中ではかなり使いやすい部類である。
まあ、使用者への反動もあるのだが。
『【紫電剣・紫火花】を使用します。【避雷針】を展開しました』
触手の軌道を計算して、触手が魔剣の刃をかすめた瞬間、僕は少しだけ【紫電剣】の力を使った。帯電する魔剣から致命的な電撃がはなたれる。
難儀な武器である。電撃をふせげる【防壁】で反動というか余波を殺さなければ、普通に攻撃した本人が死ぬ。慎重に威力を出さないようにしてもこうなのだ。使用してはならない剣として、指定されてしまうのも当然である。
オクトパスの触手ははじけた。電撃が触手をつたい、根元まで走って、触手の内部の水分を蒸発させたからだ。触手は落雷を受けた樹木のように、縦に焼けて、爆ぜて、裂けた。
僕は混乱しているオクトパスの顔の上に着地した。【反転重力】を調整して、ふわっと優しく。
僕は【紫電剣】の刃先を、オクトパスの額に刺しいれた。
『警告!【轟崩雷落】を発動します。衝撃と軽度の感電に備えてください!』
オクトパスは僕に気づいて、目をぎょっと見開いたが、触手を差し向けるより早く、僕は電撃を放った。
【避雷針】を展開していても相殺しきれない衝撃と電撃に襲われた。こればかりはどうしようもない。なにせ【魔剣】は僕が持っていなければならない。持っていなければ使えない。そして、手元から逆流してくる電撃だけは防ぎようがないのだ。身体の中にも魔術をかけて、死なないようにはしているが、痛みだけはどうしようもない。
【轟砲雷落】は久しぶりに使ったが、この舌が妙に痺れる感じは慣れない。
僕は、黒焦げになってピクリとも動かなくなったオクトパスから【魔剣】を引き抜いた。元々は迷宮主の討伐任務だったが、ボスを食ったこいつを倒したわけだし、任務は達成したってことでいいだろう。思ったより魔力を消費してしまった。大赤字だ。しかし魔力より何より問題なことが一つあった。
「……ねえ、クリム、大丈夫?」
『うん、大丈夫。やっつけたよ』
僕は、スクエラのところへ戻った。
自分の目で彼女をみるのは、久しぶりだ。
「クリム、あの、今のは、なんだったの……?」
そう、【沈黙の密猟者】の正体がスクエラにバレてしまった。
どう言えばいいだろうか……。




