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僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
巫女は聖なる炎にくべらるる
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深淵をのぞく

「あーらら、ホントに行っちゃった」


 私はクリムとスクエラがとぼとぼと迷宮へ向かうのを窓から眺めていた。


「自業自得ですよ」


 ベルが紅茶を差し出してくれる。ほっと、一口ひとくち。……あれ?


「ねえ、ベル」

「はい」ベルはキャルにも紅茶をだしながら返事をした。「なんでしょう、シャルロット様」

「大丈夫かしらねえ、あの二人」私は微笑んだ。

「知りません。自業自得です」

「ベルさん、わかりやすいですね」キャルは紅茶を一口飲んで笑った。「そんなに心配なんですか?」

「なぜですか? 心配などしていませんが」

「そうなんですか? ふふふ……」


 キャルは笑って紅茶を飲んでいる。私も黙って紅茶を飲む。ベルは私たちの紅茶には、いつも砂糖を少し入れてくれる。今日も入れてくれたのを見ていた。

 しかし……。


「どうしたんですか。お二人とも、変ですよ」ベルは紅茶を口にした。「……ん?」


 目を白黒させているベルを見て、私とキャルは二人して吹き出した。

 その紅茶は塩からかったのだ。ベルは砂糖のかわりに塩を入れてしまっていたのである。

 自分の間違いに気づいて、ベルは顔を赤くした。


「い、淹れなおします!」

「素直じゃないのね?」と私。

「心配なんですね?」とキャル。

「そ、そんなんじゃないです!」ベルは両手をばたばたと振って否定する。「私は、スクエラさんが心配で!」

「あら? クリムが心配なのか、なんて聞いてなかったけど?」私は小首をかしげてみせた。

「もう! シャルロット様、いい加減にしてください!」

「あはは、ごめんごめん、ベル。もう言わないから」

「もう……」

「私は、言ってもいいですか?」キャルが笑う。

「キャリオ様もダメです!」

「あら残念!」


 そうして私たちが塩味の紅茶を飲みながらおしゃべりに興じしていると、不意にノックの音がした。ベルが誰か問うと、領主の使いだと名乗った。領主と司教の会食に、私たちが呼ばれているのだという。

 私たちは使者を部屋の外に待たせたまま、顔を見合わせた。


「領主って、例のあいつよね」と私。

「そうね。この辺の村々を見捨てたあの領主ね」とキャル。

「断った方がよろしいのでは? レオンハルト様もいませんし……」これはベルだ。

「でもこれって強制的なアレよね?」と私。

「そういうアレね」キャルは微笑みをうかべ、祈るように手を組んだ。「私、パス。神様に祈りを捧げないといけないから……」

「どう考えてもキャルがメインで呼ばれてるでしょ。今回の旅の主役はあなたなのよ。これ、打合せじゃないの?」

「主役、いらないもん」

「ほらほら、いくわよ」

「いやだああ……。もうちょっとここで女子トークしてたいの。グダグダしてたいの~」


 私とベルは、ぐずるキャルを半ば引きずるようにして「強制的なアレ」に連れて行った。



 行きたくないところに行かねばならないなら、せめて道連れは増やすものだ。



 ***



「ごめん、スクエラ。こんなことになっちゃって……」

「ううん、私こそごめん、クリム。私が変な意地張っちゃったせいで……」


 僕とスクエラは廃村の古井戸を前に、二人して謝った。

 古井戸の底に発生した迷宮【牛鬼蛙の巣穴(アビスネスト)】。僕たちは今からその中へ向かう。


 キャリオ様やシャルロット様も少し口添えはしてくれたものの、司教の意志は固く、任務を受けることになってしまった。しかも、キャリオ様とレオンハルト様との話では任務は一つという印象だったらしいのだが、僕が余計なことを言ったせいでもう一つ増やされたようだ。僕はその増えた任務に行くことになった。スクエラと一緒に。僕がスクエラの名前も出してしまったからなのだろう。


 人気はない。火都の近くの廃村と聞いていたが、井戸の底が迷宮化する前からこうだったらしい。今回は迷宮から魔物があふれたが、なんだか管轄が変更になった直後らしく、ギルドから依頼が出せないという理由でお鉢が回って来たそうだ。

 迷宮のレベルは2だ。【暴走する生命(フレンジドプランツ)】と同じが、レオンハルト様には「二人で大丈夫だろう」と言われた。前は四人だったのに、本当に大丈夫だろうか。まあ、手続き上の理由で手が入っていないのなら、それほど危険もないだろう。前回のように高レベルの魔物がいるわけではない。雑魚が多いだけだ。


 当のレオンハルト様はというと、リズリーと一緒に別の依頼にむかった。やはりレベル2の迷宮で、こちらはギルドとして普通に依頼は出ているのだが、あまりに都から遠い上に、レベルの割に面倒な仕掛けがあったり、旨味がないとかで、誰も受けてくれない迷宮らしい。

 こういったケースでは、ギルドが特別報酬を出して【狩人ハンター】を募るのが常だが、勇者が来ていると聞きつけたギルドが、報酬を出ししぶって教会に打診したのだろう、とシャルロット様は予想していた。


 キャリオ様、シャルロット様、ベル嬢はお留守番だ。キャリオ様には仕事があったし、シャルロット様たちはレオンハルト様に来なくていい、と言われたので休むことにしたようだ。僕たちの方についてくるか、ちょっとだけ迷っていた気がしたが結局は来なかった。

 僕とスクエラに気を回してくれたのか、ただ単に休みたかったのかはわからない。両方だろうか。


「ひいい、足元べちゃべちゃ……」


 ロープで井戸の底におりたスクエラは小さく悲鳴をあげた。狩人になってまだ日が浅いのか、貴族の元令嬢らしいリアクションだった。


「こっちだね、行こう」


 井戸の底には横穴があった。暗闇の中にひそんでいた魔物に魔術を撃ってトドメを刺す。火の魔術で光源を作る。

 ふりかえって、スクエラに手を伸ばした。

 スクエラはじっと僕をみていた。


「クリム、迷宮ダンジョンは何回攻略したの?」

「攻略? 一回か二回かなあ。レオンハルト様と一緒に攻略したことしかないよ」

「質問を変えるわ」


 スクエラは僕の手をとって、横穴に入った。


「迷宮に入ったのは何度目?」

「……」


 僕は顔をしかめた。別に嫌な質問だったわけじゃない。ただ、僕にも答えがわからなかっただけだ。


「わからない。数えてないから」

「十個以上?」

「百以上だね」

「どうしてそんなに……。それもやっぱりシャルロット様のためなの?」

「そうだよ」


 スクエラがきりきりと弓を引きしぼる。矢が飛んで、魔物の短い悲鳴が聞こえる。


「ギルドの依頼、じゃないよね。クリム、【狩人ハンター】じゃないでしょ」

「登録はしてるよ」

「したくてしてるんじゃないわよね。副業みたいなものでしょ」

「うん」

「私が言いたいのは……、そうね、聞きたいのは、どうしてシャルロット様のためになるのか……、いえ、違うわね。

 欲しいのは、【遺物レリック】か【魔剣アーティファクト】よね?」

「そう」

「私には教えたくないの?」

「わからない」

「わからない?」


 スクエラは呆れたように笑った。


「私のこと、ネズミかなんかみたいに思ってる?」

「ネズミ?」

「どうでもいい存在だって……」

「違う。思ったことない、そんなこと」

「私の目をみて言ってよ」

「ええ?」


 僕は魔物を殺す手を止めて、振り返った。あらかた片付いていたからだ。


「僕の目、呪われてるんだ。見えないよ。知ってるだろ?」

「知ってるわ」スクエラが一歩近づいた。「でも目をみること以上に、クリムに嘘をつかせない方法を知らないもの」

「嘘なんかついたことないよ」

「いいから見せて」


 スクエラは僕の目隠しに手をかけた。

 僕の呪いは目のあたりにあらわれている。それは何十匹もの虫が這いずり回っているようだとも、煮え立つ毒沼のようだとも言われた。どちらも言ったのはスクエラだったけれど。


「目を開けて。私をみてよ」

「みてるよ」

「魔術じゃなくて、目でみて」


 僕はしぶしぶ【光学視界オプティカル】を切って、目を開いた。実はこの呪いは「目が見えなくなる」呪いではない。目のあたりに黒いもやもやを発生させるという呪いなのだ。だから、目は見える。

 ただ、視界の大半をもやもやでおおいつくされるだけだ。


 虫がうごめいている。文字通り、目の前で。この光景にはとても慣れることができない。常に目の前にあるから忘れたくて、目は開けたくなかったのに。

 隙間から一瞬だけ、スクエラの顔が見えた気がした。ほんの一瞬だけ。


「さっき言ったこと、もう一回言って?」

「もう、スクエラ、いい加減に……」

「言ってよ。あと、手も握って」

「わかったよ」


 僕は言われるがまま、差し出された手を握った。ため息をついて、ちらちらと見え隠れするスクエラの顔をみて言う。


「君は大事な人だよ、スクエラ」

「やっぱり、わかんないわね」

「もう! だから言ったじゃん!」

「そうだっけ」


 とぼけて舌を出しているスクエラを尻目に、僕は目隠しを結び直した。足元に近づいてきたムカデのような魔物に剣を突きさす。

 まったく、気まぐれにもほどがある。



 ***



 スクエラと連携して迷宮を奥まで進んだ。しばらく放置された迷宮だけあって、魔物の数は多かったが、一体一体は強くない。弱いといってよく、レオンハルト様の言葉通り、二人でもなんとかなった。


 最深部は広い空間だった。


 ここまでと同じくほぼ洞窟のようなものだ。【暴走する生命(フレンジドプランツ)】の最深部ほど広くはないし、形も単純だが少し似ていた。

 魔力が濃くなって、燐光が発生してる。僕は魔術の火を消した。


「こんなに広くて、天井が崩れたりしないのかな?」とスクエラ。

「転移魔術ってわかる?」

「なんとなく。離れた場所に素早く移動する魔術でしょ? 誘拐犯が逃げたときに使ったやつ」

「転移魔術は、空間をつなげる魔術だ。普通の空間を魔術で作った空間でつなぐんだ。つなぐときの距離を普通より短くすると素早く移動できる」

「ふうん。それが今、どう関係あるの? ああ、迷宮もその魔術の空間でできてるってこと?」

「僕はそう思ってる」

「じゃあ、私もそう思うことにするわ。ところで、迷宮主ボスはどこにいるか、わかる?」

「わからない。いないみたいだね。徘徊型ウォーカー巡回型パトローラーなのかな。隠し通路があったのかもしれないね」

「どうする? 探す? それとも、待つ?」

「うーん」


 僕は自分の魔力について考えた。

 ボスと戦うのは問題ないと思う。レベル2のボスなら、なんとかなるだろう。レベル3の魔術を五回使えるくらいの魔力は残っている。本当は少し心もとないが、最悪の場合でもスクエラを連れて逃げるくらいはできる。

 スクエラの状態も悪くない。道中で使った矢はほとんどが出発前に作ってあった【仮想物体イマジナリー】のようだし、その矢もまだ半分くらいは残っている。魔力消費はほぼない。少し疲れているかもしれないが、逆を言えばそれだけだ。引き返すほどではない。


「スクエラは大丈夫?」

「問題ないわ。矢はたっぷり残ってるし、クリムの索敵のおかげでケガもないもの。万全よ」

「僕はちょっと魔力が少ないな。探しに戻って魔物がたくさんいたら、足りなくなるかもしれない」

「じゃあ、待ち?」

「そうだね」

「わかったわ」

「そこの岩陰に隠れよう。いい感じに大きいし、入口に近くて、逃げるのにも都合がいいと思う」

「うん」


 スクエラはうなずいた。



 ***



 二人で息を殺し、時々小声でおしゃべりしながら待つこと小一時間。ようやく小さな魔物以外の足音が聞こえてきた。

 しかし、それは迷宮主ボスの足音でもなかった。

 人間の、二人組の足音だった。


「おい、こっちだ。急げ」

「待てよ、足場が悪い。これ、割ったら終わりなんだぞ」

「んなこと言って、あれが留守のうちに置かなきゃ意味無いだろ。やっとまいたのに……」

「それにしてもなんで魔物が全部死んでたんだろうな……」

迷宮主ボスが生きてりゃいいだろ。早くしろ」


 二人組の男たちは、部屋の真ん中あたりに何かを置くと、すぐに部屋を後にした。


「……なにいまの」


 しばらくして、スクエラが岩陰から首をのばして外をのぞいた。すでに二人組は遠く離れている。僕も二人が置き去りにしたものをのぞいた。


 それは卵のような形をしていた。サイズは両手で持てるくらい。テレビでみたダチョウの卵がこれくらいのサイズだった気がする。


「卵?」


 スクエラが出て行こうとするので、僕は彼女の肘をつかんで止めた。スクエラが顔をしかめる。


「ちょっと見るだけよ。ボスは近くにいないでしょ?」

「帰ろう、スクエラ」

「なんで? あれなんなの?」

「わかんないけど、ヤバいやつだ、あれ」

「ヤバい魔物の卵ってこと?だったら今のうちに割って、中身を殺した方がいいんじゃない?」

「ダメだって!」


 僕はなおも飛び出そうとするスクエラを止めた。

 スクエラが反論しようとした瞬間、どこからともなく悲鳴が聞こえてきた。さっきの男たちだろうか。

 そして、悲鳴と入れ替わるように、のしのしという重い足音が近づいてきた。


 明らかに人間の足音ではない。

 戻ってきた。今度こそ、迷宮主ボスだ。

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