火都教会の歓待と新たな任務
「着いたぞ、火都だ」
レオンハルト様はアルデンの検問をこえると、振り返って笑顔を見せた。僕たちは一か月近い旅を終えて、ついにアルデンにたどりついたのだった。
けっこう長い旅だった。最初の【赤炎剣】ほどの事件は無かったが、小さな事件はちらほら起きた。いずれも領主に見放されたトラブルで、そのことごとくを、キャリオ様は放置することを許さなかった。
予定は大幅にオーバーし、巫女と勇者の名声や評判もまた予想を大幅にオーバーした。領主にどれほど目をつけられているのか。今から怖い。
「いやあ、長かった。妙なこともあったが、全員無事につけてよかった」とレオンハルト様。
「まだですよ、レオ」キャリオ様がくすくすと笑う。「まだ教会についていません。そこに送り届けるまでがあなたの仕事でしょう?」
「おっと、そうだった」
レオンハルト様はへへへ、と頭をかいた。キャリオ様は街の中心にみえる聖堂を指さした。
「さあ、行きましょう。それとも……」
キャリオ様は茶目っ気たっぷりに指を口にあててみせた。
「少し遊んでからにしますか?」
「そうね、それがいいわね」シャルロット様がすぐに言った。「教会についたらキャルは仕事しなくちゃいけないし。キャルも、ここまで大変だったし、ちょっとくらいご褒美があってもいいと思うわ」
「シャル……!」キャリオ様は感激した声で言った。
「ね、だからあそこの今にも売り切れそうな串焼き肉を買いましょうよ」
「シャル……!」キャリオ様は怒った声で言った。
***
「のんきな奴らだなあ」
「食べて、飲んで、ばっかり」
「まあ、この街観光するようなところ、ほとんどないからね。温泉くらい?」
「……温泉があるのか?」
「……イニチェ様、やらしいこと考えてない?」
「失敬な。邪推だ、それは」
「イニチェ様、やらしい」
「邪推だ」
イニチェ、ユン、フロイの三人はレオンハルトたちからやや離れた位置から見張りをしていた。
同じように買い食いをしながら。
「いつでも呪いをかけられるなら……」ユンが肉入りのパンを頬張った。「ふぁっふぁとふぁへへふぁひひんふぁふぁひへふふぁ?」
「なんだって?」
「さっさとかければいいんじゃないんですか」フロイがぼそっと言った。「ユンは、そう言った」
「なるほどな」イニチェはフロイの頭をなでた。「ユンは馬鹿だなあ」
「ふげっ」ユンはむせた。
「ユン、落ち着いて食べなさい」
「な、なんであたしが馬鹿ってことになるんですかっ?」
「呪いは万能じゃない。今回のように本人のサイン程度では、持続時間が長くて強い呪いはかけられない。だから、タイミングが重要なんだ。教えたはずだな?」
「え、えっとぉ……」
「今はそのタイミングを計っている、というよりも、様子見だな」
「様子見?」フロイがイニチェの顔を見上げた。「どういう、意味ですか?」
「いまは呪いをかけるタイミングじゃない。呪いはもっと、連中が切羽詰まってるときにかける。焦っているあいつらの足を引っ張るようなタイミングだな」
「性格悪……。なんでもないです、ごめんなさい!」
ユンは振り上げられた拳をみて即座に謝った。イニチェはゆっくりと拳を下ろした。
「とにかく今はそのタイミングじゃない。今は、連中がどういうやつらなのかを見てる段階だ」
「どういう意味があるんですか?」とフロイ。
「相手がどういう人間なのかを知るのは大事なんだぞ。相手のことがわかっていれば、いざという時に、相手の動きを読めるからな」
「おお……」
「もっとも」
イニチェはあきらめたように、肩をすくめてみせた。
「今までに観察した成果が出たことは、無いんだけどな」
「あはは、イニチェ様は人を見る目がないんですね!」
イニチェは笑っているユンをぎろりとにらむと、ユンはぎくっとたじろいだ。
「お、怒らないでください、イニチェ様ぁ……」
「弁解があるなら聞こう」
「え、ええと……、イニチェ様はとても怖い目をお持ちですね……。ぐぇっ!」
***
「よく参られました、【預言巫女】。あなたを歓迎します」
「ありがとうございます、オルガノ司教様」
ひとしきり食べて遊んだ後で、行った教会でキャリオ様は司教にむかえられた。ずらりと百人近い男女が整列している。ほとんどは女性だ。この教会で働いている修道女だろう。しかし、男性もかなりの数がそこにいた。服装からして司祭だろう。この都市だけではなく、近隣の村や町から招集されているに違いない。
「ここまで大がかりに歓迎してもらえて、光栄です。しかし、少々大げさでは?」
キャリオ様は微笑んでいる。口調もいつも通りだ。ただ、ここまで旅をしてきたからか、なんとなくキャリオ様が怒っているように感じた。たぶん、気のせいではないと思う。
時々「出世の道具にされるのが嫌だ」とか「下心のあるやつしか周りにいない」とぼやいていたけれど、この「大がかりな歓迎」もそういうものなのだろうか。
そういう匂いを感じ取ったのだろうか。
「いえいえ、巫女様をお迎えするのですから、当然ですよ。さあ、長旅でお疲れでしょう。こちらへ……」
司教はにこやかに奥の部屋へ歩いていき、扉をあけた。キャリオ様がそちらへ向かう。呼ばれたのはキャリオ様だけだったように思ったが、レオンハルト様もシャルロット様もそれに続いた。この大量の司祭や修道女たちに見つめられる空間においていかれるのはごめんだ。しかし、司教は振り返って笑顔を作った。
「ここまで巫女様の護衛、ご苦労様でした。ここからは教会が引き継ぎます」
「同席させてください」とレオンハルト様。「巫女様を襲撃した連中には逃げられたままなのです。いかなる時もお守りせねば」
「逃げられたのはそちらの落ち度でしょう。仕事にさしつかえますので、どうかご遠慮を……」
「あら、聞かれてはまずいお話でもするのかしら」シャルロット様はにこにこと微笑んでいる。「まさかね! 清貧を旨とする司教様がそのようなことはあるわけありませんわね」
「……当然です」
司教はやや憮然として言った。冗談とはいえ公正さを疑われたことに機嫌を悪くした風にもとれる。けれど、僕にはむしろ動揺を隠すために表情を変えたようにみえた。
「勇者様は言いだしたら聞かないんです」シャルロット様は笑みを浮かべたまま崩さない。「ほら、勇者は教会が認めた、【聖剣】に選ばれた存在でしょう? 身内のようなものじゃないですか。内々のお話も胸の内に留めてくださいますわ」
「後ろ暗い話など無いのですが……。まあいいでしょう。そこまでおっしゃるのでしたら、勇者様には同席してもらいましょう」
「かたじけない」
レオンハルト様は武士のように固くなって礼を言った。司教は無言で扉をひらき、キャリオ様、レオンハルト様だけを入れて、扉を閉めた。
***
結局、僕たちは百人の聖職者がいる部屋にいないといけないのか……と思ったが、司教たちが部屋に入ってすぐに数人の司祭が近づいてきて、別の個室に案内された。
まあ、もっともな話だ。僕たちが彼らに見つめられるのがごめんだったように、彼らも僕らを見つめているのなんかごめんだったに違いない。
というか、百人もそろっていたくなかったのだろう。僕らが部屋に入るとすぐにたくさんの足音が聞こえて、静かになった。司教からどういう風に指示されていたのか正確にはわからないが、キャリオ様との話し合いが始まったら解散してもいいと指示でもされていたのだろう。【空間把握】で見たら、個室に入って五分も経たないうちに、元の聖堂にはほとんど誰もいなくなっていた。
「茶菓子の一つもないなんて気が利いてないわね」
シャルロット様はすでにソファに腰掛けている。言葉とは裏腹に目の前には紅茶とお菓子が出されていた。とはいえ、これはベル嬢が出したものだから、気が利いていないことには変わりない。
「みなさんもどうぞおかけください。給仕いたしますので」
「ありがとうございます」とスクエラ。
「感謝する」とリズリー。
「それはどうも……」
僕も感謝して腰を下ろそうとしたところ、ベル嬢にぎろっとにらまれてしまった。
「あなたは別です、クリム・ホワイト!」
「わかってます、わかってますよ。冗談です。お手伝いしますから、にらまないでください」
「当然です」ベル嬢は鼻を鳴らした。
めいめいが飲み物とお菓子を前に、ほっと一息ついたところで、スクエラが口を開いた。
「あの司教様、なんだか感じ悪い人でしたね」
そのあまりにも直接的な言い方に、その場の全員が苦笑した。シャルロット様がたしなめるように言う。
「スクエラ、その言葉の是非は置いておくとして、そういうことはあまりはっきり言うものじゃないわ」
「そうですか?みなさんもそう思ったんじゃ……」
「ええと、つまりね」なおもボロを出し続けそうなスクエラをさえぎるように、シャルロット様は続けた。「例えばの話、盗聴されてるかもしれないのよ」
「えっ」
スクエラはお菓子をもったまま硬直し、しばらくして口に放り込んだ。
「それは悪趣味ですね」
「今のはたとえ話で、本当は無いけどね」
「無いなら大丈夫じゃ……」
「無いとは思うけど、万一ってこともあるから!」シャルロット様はあわてて言い足した。「それでなくても他人の印象はそうはっきり言うものじゃないわよ」
「うーん、私はもう貴族じゃないからなあ」
「スクエラはよくても、それを聞いたシャルロット様が返事に困るんだよ」
僕はシャルロット様に助け舟を出すことにした。スクエラを放置していると、司教の悪口がポンポン飛び出しかねない。まだ大したことは言っていないが、さっきみたいにキャリオ様の出迎えに心血を注ぐような人だから、人一倍印象には敏感だろう。釘は刺しておいた方がいい。本当に盗聴しているかもしれない。
「昔はスクエラだって気にしてたでしょ?」
「うーん、たしかに……」
「僕だって髪が薄いな、とは思ったけど、口にしないようにしてたんだ。もしも聞かれたら気を悪くされるからね。スクエラも気をつけた方が……」
「誰の髪が薄いと?」
「だから、司教の髪が……」
その瞬間、僕は二つ気づいた。一つは、部屋にいる仲間たちの表情がピタリと動かなくなったこと。もう一つは、質問した声は少なくとも仲間の声ではなかったことだ。
振りかえると、司教がにこやかな表情をうかべていた。ただし、額に青筋も立てていた。
懐かしい。怒った時の父上がよくこうして青筋を立てていたっけ……。
「巫女様たちにもお話はしたのですが、聖教会はギルドから要請された案件を二つ抱えておりましてな。勇者様たちには新しい任務に行ってもらいたいのです。つきましては、そちらの……」
司教は毒々しい口調で言い、僕を指さした。
「勇者様のお仲間方にも、もう一件の方にご協力をお願いしたく」
口は災いの元である。僕は久しぶりにそれを実感した。




