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僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
巫女は聖なる炎にくべらるる
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ラストスパート

フロイがベルたちをかなり引き離して走ってくる。ベルはまだ沼の中を這っている。沼を抜け出すまでに、まだ数十秒はあるだろう。


「よくやった、フロィ……ル」


危なかった……。名前を間違えるところだった。ちらりとレオンハルトをみると、じっと俺をにらんでいた。バレたのだろうか。


「よくやったかどうかは、まだわからないぞ」レオンハルトはそう言った。「まだ決着はついていない」

「さすが勇者様は言うことが違うね」

「なにっ」レオンハルトは警戒したように俺をにらんだ。「俺のことを知っているのか」


やべっ。

俺は黒眼鏡をかけ直した。


「へへへ……。前にあんたの顔を見たことがあってな」

「そうか」


レオンハルトは疑いの混じったまなざしをむけていた。まずいな。誤解は解いておきたい。でも、時間はない。フロイはすぐそこだ。すぐに誤解を解けるような、一言を……。


「あとでサインくれよ、勇者様」

「ふん」レオンハルトは少し肩の力をぬいて笑った。「俺に勝ったら、考えよう」

「約束したからな」

「イニ……、チェイン様!」フロルがバトンを持った手を伸ばす。

「よくやった、フロル!」


俺はフロイからバトンを受けとった。


当然だが、負けるつもりなどない。なにせ、この祭りには賞金がある。命がけの競技なだけあってけっこうな額だ。荷物を人質にされているというのもあるが、賞金も欲しい。最近すっかり金欠だし。

今日こそは、お腹いっぱいの食事にありつくのだ。あの宿屋のステーキ定食! あれが食べたい!


ここまでするつもりはなかった。勇者が出ばってくる以上、勝ち目はないと思っていた。しかし、意外にもフロイのおかげで勝ちの目が出ている。絶好の条件がそろっているのなら、迷うことはない。黒眼鏡ひとつで騙せるような連中だ。魔術を使ったところでわかるまい。

俺は【魔術駆動マリオネット】を発動させた。魔力を消費し、加速する。魔物がたちふさがる。巨大なやつだ。どうするのが最善か考えて、俺は剣を抜いた。


少しずつ気分が乗ってきたからだ。


「ははははは!」


俺は魔物を斬り伏せ、猛進した。本当に気分がいい。子守りもしなくていい。今、この瞬間はあの二人に頭を悩まされることもない。好きに暴れていい。なんという解放感!


しかし、解放感にみちた疾走はすぐに終わった。

そのまま走り続けると、大きな穴に行く手をふさがれる。二十メートルくらい続いているだろうか。穴の底からは大量にトゲや刃が突き出している。穴の真ん中には細い橋が一本かかっている。これを渡れということか。めんどうな。

それにしてもこのリレーを考えた奴は正気だろうか。村人だけでこのリレーをやるつもりだったのか。一体、だれを殺すつもりだったのだろう……。


俺は速度をおとし、橋を渡り始めた。後続はいない。わざわざ走ってまで急ぐ必要はない。というか、普通にこの橋の上を走るのは、落ちそうで怖い。歩くだけでも下手したら落っこちるような細さだった。


俺は数十秒かけて橋を渡り終えた。転落の恐怖から解放されて、ほっと息をつく。あとはもうただの直線だ。ゴールは見えている。俺は後ろを振り返った。


魔術を使う必要があるかを確認したかったからだ。

答えはすぐにわかった。

勇者がすさまじい形相で、俺がたったいまクリアした細い橋と針山地獄ゾーンに突撃をしかけていたからだ。針山はもうとっくに見えているはずだ。しかし、減速していない。


むしろ加速している。


方法はわからないが、どうやら慎重に橋をわたるつもりはないらしい。もうとっくにブレーキをかけられる距離ではない。そして俺も、悠長に観察をしている場合ではない。即座に魔術を行使する準備をはじめ、走り始めた。レオンハルトが橋の手前で踏み切った時点で、俺も【魔術駆動】を発動させた。


象かなにかが足踏みしたような、ドンという音とともに微かに地面が揺れた。振り返るまでもない。レオンハルトはあの穴を跳び越えるつもりだ。途中で橋に一度くらい着地するのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。とにかく、あの穴を一瞬で飛び越えてくるってことだ。


冗談じゃない。

お前は勇者だろう。お前たちは勇者に、巫女に、おまけに皇女までいるのだろう。

今晩の食事を心配したことがあるのか。過去はともかく、

今はしていないだろう。

だったら、俺に並ぼうとするんじゃない。

そんなに必死になってくれるなよ。

こちとら今晩のステーキがかかってるんだぞ!


ゴールまで残り百メートル程度だったが、異様に長い百メートルだった。後ろから凄まじい足音が聞こえる。まるで高レベルの魔物に追いかけられているような気分だ。可能な限り全力で魔力をエネルギーに還元した。ただただ速く走るためだけに魔術を使う。加速し、制御する。大胆に、繊細に。

こんな経験は久しぶりだった。子供のとき以来だろうか。遊びで、ただ走るために走っていたときのことを思い出す。


足跡はすさまじい速度で距離をつめてくる。

後ろから隣へと並ぶ。

追い抜かれないよう、必死で足を動かす。


観客の声が聞こえる。

ゴールテープがはっきりと見える。

恐ろしい足音がすぐそこまで来ていた。


「……っ!」


気づいた時には、ゴールテープを切っていた。

左右には誰もいない。

恐ろしい足音はたった今、横を通り過ぎて行った。

観客は「チェイン!」と叫んでいる。

俺の名前(偽名)だ。


俺は勇者に勝ったんだ。



***



「優勝は、黒眼鏡チーム! 優勝おめでとう!」


俺は気づけば村人やレオンハルトたちの前で表彰されていた。表彰と言っても、もらえるのは紙やメダルじゃない。


賞金だ。


俺は村長にもらった賞金の小袋を高々とかかげてガッツポーズをした。最前列にいるユンとフロイも嬉しそうにガッツポーズをしている。祭りも悪くないな、としみじみ思っているといつの間にか村長の話も終わり、祭りのムードも変化していた。

どうやら障害物リレーの間に村人は盛大に騒いだり飲み食いしていたらしい。祭りの盛り上がりだったというわけだ。その後は、祭りは静かになっていき、今日の夜には厳粛なムードで終わるのだという。


酒の肴にされたのは少しシャクだが、盛り上がったのならまあいいか。賞金ももらえたし。

なにより、勇者たちにバレなくて済んだ。

よかったよかった。一件落着……。


「おい、チェインって言ったか?」

「うぐっ」


俺はほっと吐いた息をのみこんだ。そのせいで、のどが変な音をたてた。振り返ると、レオンハルトは申し訳なさそうな顔をしていた。


「急によびとめてすまない……。約束だったからな」

「ん、あー……、約束? 約束か、そうだな、ええと……」


……約束って、何だっけ?


「忘れたのか。サインするって約束しただろう」

「ああ、そうだったな」

「いらないのか?」レオンハルトは不機嫌そうに顔をしかめた。「いらないなら、書かないが」

「いや、くれ。ええと、何がいいかな……」


俺は、帰ろうとしているレオンハルトに待ったをかけた。

目の前の男は勇者で、俺は邪教導師ではある。敵同士だ。敵ではあるのだが、それはそれとして、勇者にサインしてもらえる機会などそうそうあるものじゃない。ほしい。


「これ、これにサインしてくれよ」


俺は懐にいれていた『本』をさしだした。深紅の皮の表紙に羊皮紙を百枚ほどはさんであるやつだ。


「? なんだこの本」


レオンハルトは本をひっくり返し、パラパラとめくって眺めている。断りもなく中身を見るなんて、失礼な奴だ。礼儀がなっていない。さすが勇者だ。


「ずいぶん高そうだが、全部、白紙じゃないか」

「日記帳なんだよ。買ったはいいけど、飽きてしまってな。ちょうどいいだろ?」

「ふうん。まあいいか。書くものはあるか?」


筆ペンとインクを渡した。


「最初のページに書いてくれ」

「他人の日記帳の最初のページにサインなんて、気が引けるな……」

「どうせ大したことなんか書いてないんだ。思いっきり書いてくれ」

「? わかった」レオンハルトはサインを描いた。「これでいいか」

「下手なサインだな」

「ほっとけ!」


レオンハルトは俺に本を突き返し「次は勝つ」と言い捨てて去っていった。


「勇者にサインもらっちまったな……」



***



ユンとフロイのところへ戻ると、二人がベルと話をしているのが見えた。バレないように物陰に隠れた。そばにいくと邪魔をしてしまう気がしたからだ。

フロイはなんだかもじもじしている。助けてもらったそうだが、そのお礼だろうか。内気だから心配していたが、律儀な子に育ってくれて、俺は嬉しい。


「ほら、フロ……ル、お礼言うんでしょ」

「ちょ、ちょっと待って……。

ええと、あの、さ、さっきは、ありがとう、ございました」


フロイはぺこりと頭をさげた。

あのフロイが俺たち以外の誰かにお礼を言った!!

俺はもうすでに泣きそうだった。


「はい、構いません。眼鏡は壊れていませんでしたか?」

「は、はい。大丈夫、でした」

「それはよかった」

「それと、すみませんでした」

「なにがでしょう」

「あ、あのとき、卑怯な手を、使ってしまって……」

「なんのことか、わかりかねます」やや強い口調でベルは言った。「ルールに反しない限り、勝負ごとに卑怯な手などありません。あなたは正々堂々、私を負かしたのです」

「でも……」


なおも言いつのろうとするフロイの頬を、ベルは両手でもにゅっとはさんだ。


「んえっ!?」

「正しい道を知っていることが正しい人なんじゃないんです」ベルはフロイの頬をはさんだまま言った。「正しい道を探して悩む人が正しい人なんです。私はそう信じています」


そう言って彼女は視線をあげた。その視線の先には仲間たちが集まって談笑していた。たぶん、仲間の誰かがそうなのだろう。正しい道を探して悩んでいるのだろう。

仲間の一人の女性が手を挙げた。ベルが手を振り返す。

ああ、彼女か。彼女がその人なのか。

ベルはフロイに視線を戻し、会釈をした。


「主が呼んでいますので、失礼します。ご縁がありましたら、いつかまた」

「は、はい。ご、ご縁があり、ありましたら……」

「ふふ」


ベルは微笑むと、主の元へと帰っていった。



***



「一時はどうなるかと思ったが、なんとかなったな」

「けっこう楽しかったです!」

「ひやひやした……」


俺たちは、昼間とは打って変わって静かに行われている村の祭りをよそに、久しぶりのまともな料理を食べていた。

レオンハルトたちは村にはいない。祭りが終わるとすぐ、日が沈まないうちに村を出て行ったのだ。仲間たちは文句を言っていたようだが、レオンハルトが押し切って決めたようだ。


「結果オーライってやつだな」俺は賞金の入った袋をもちあげた。「賞金も手に入ったし、収穫もあった」

「収穫って?」


ユンが骨付き肉にかじりつきながら言う。

俺はにやりと笑って、赤い革表紙の『本』を取り出した。


「教典がどうかしたんですか?」

「レオンハルトにサインをもらったんだ」

「ええっとぉ……」ユンがリアクションに困ったような顔をする。

「ミーハー、アピール?」フロイは首をかしげた。

「違う。たしかに売れば金になるとは思ってるけどな」

「ミーハーじゃないですか」とユン。

「というか、イニチェ様、その本って……」フロイは本を指さした。

「ああ、そうだ」


俺はにやっと笑って、本の表紙を叩いた。

この本には特殊な仕掛けがしてある。

この本は日記帳などではない。

魔術のインクで書かれた特別な本だ。

特殊な魔術をかけると、内容が浮かび上がる。


「我らが、シーザー教の教典だよ」

「邪教の間違いですよね?」


ごん、と鈍い音がした。教本とユンの頭がぶつかった音だった。「ったあ!」とユンが頭をおさえる。


「その呼び名は聖教会の連中が勝手によんでるだけだ。自称するもんじゃない」

「だからってぶたなくっても……」

「イニチェ様」フロイは再び本を指さした。「私たちに散々気をつけろって言ってたけど、イニチェ様が、一番危ない」

「うっ……」


鋭い。実に鋭いツッコミだった。


「あ、ああ~、そ、そんなことに気づくなんて、フロイはしっかりしてるなあ~……」

「誤魔化しても、無駄」

「……どうすればよいでしょう」俺は観念した。

「そのサイン売った時のお金、山分け」


フロイはにんまりと悪い笑みを浮かべて言った。

俺は天を仰いだ。


どうやら育て方を間違えたらしい。

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