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僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
巫女は聖なる炎にくべらるる
56/87

走って、叩いて、避けて、壊して、突き進め!

「それでは、第一走者、位置について、用意!」


 高台にのぼった村長が声を張り上げる。

 第一走者は僕だ。白線上に足先をそろえ、隣の【狩人ハンター】とユニとかいう旅人仲間と並ぶ。ハンターはやけにムキムキで、ユニは元気いっぱいの少女という感じだ。僕は、明らかに浮いていた。

 ちょっと視線を上げれば、コース上で魔物がうなり声をあげているのだ。テンションなど上がるはずもない。どうして、みんな上がっているんだ?


「どん!」


 村長の叫び声で僕たちは一斉にスタートした。スピードはやや優勢のようだ。少し走ったところで、足元に網がおかれていた。くぐれ、ということか……。


 え? くぐるの? この状況で?

 僕が迷っていると、あとの二人は迷いなく網の下をくぐって進み始めた。


「兄ちゃん、おいてっちまうぜ?」と【狩人】。

「お先に!」とユニ。


 そんなこと言ったって……。

 僕は視線を上げ、網の向こう側に生えた木にぶらさがって待ち伏せしているカメレオンの魔物をみた。近づいてくる二匹の獲物をみながら、長い舌をぺろぺろしている。ああ、そうか。カメレオンは擬態しているから、よく見えないと見えないのか。僕は空間把握があるから気づいたけど。二人は気づいていない……んだよな?なんだか気づいてても突っ込んでいきそうにも思えるけど……。

 僕は迷ったが、結局、網をくぐる前に魔術でカメレオンを倒すことにした。倒したら当然、劣勢にはなるが二人がカメレオンに捕食される様をながめるのはさすがに後味が悪すぎる。


「【氷弾アイシクルバレット】」


 魔術がカメレオンの魔物の心臓を貫くのを見届けて、僕も網をくぐり始めた。カメレオンが徐々に姿を現す。それと同時に二人は網をくぐりぬけ、カメレオンの死骸をみて驚いた。


「うわっ、いたのかこいつ!」

「気持ち悪っ!」


 二人は魔物をみて軽く悲鳴をあげ、僕に感謝のサムズアップをした後、再び走り始めた。大丈夫だろうか、あの二人。なんだかこっちまで心配になってくる。

 心配は的中した。二人は行けども行けども魔物に注意を払わず、というか軽視して突っ込んでいくのだが、そのたびにこっぴどい目にあっていた。僕は後からそれに追いつき、見かねて魔物を倒し、途中でピンチを脱した二人は「悪く思わないでね!」と先を行き、僕はトドメを刺してから追いかけ、またボロボロにやられている二人を助ける……、という賽の河原のような作業をくりかえした。


 そして、最後の数百メートル。例によって、二人は先行している。残りは直線で、もう魔物の姿はない。二人は高笑いしながら走っている。僕に勝ったと確信しているのだ。あれだけやられて笑える胆力は素直に凄い。


 しかし、わざわざ負けてやるのもなんだかシャクだ。僕はアルテミスを起動した。


『命令を受諾しました。【反転重力アンチグラビティ平行サイドウェイ】を行使します』


 重力が傾く。地面が壁になる。足が滑る。浮く。僕はジャンプし、横向きに落下した。【狩人】とユニをあっという間に抜き去る。二人が驚いて文句を言う声が聞こえたような気がした。

 中継地点までの距離、最適な解を推測し、重力魔術を切った。地面に足がつく。転ばないよう必死で地面を蹴って走った。二人を追いこした今、問題は速さじゃない。思い付きで衝動的にこんな魔術使うんじゃなかった! 下手したら大けがだ!


 僕は【魔術駆動マリオネット】も使って、どうにか足を動かし、ベル嬢にバトンを渡すところまでこぎつけた。バトンタッチの瞬間、ベル嬢は笑った。


「最後の追い上げ、見事でした」


 そう言って、ベル嬢は走り去った。

 他の二人は数秒遅れて到着した。バトンタッチを終えると、肩で息をしながら目を丸くして僕を見ている。


「ど、どうやったら、そんなに速く走れるの……?」


 ユニが息も絶え絶えに尋ねてきた。僕は微笑み、しーっと指を立てた。


「よい子はマネしちゃダメだから、内緒です」


 本当に危ないからね。僕は死ぬかと思いました。



 ***



 このリレーは村の外周を走るのだが、周回ごとに走るコースが少し変わるため、障害は同じではない。だから一週目にユンを引き離したお兄さんが魔物を倒したからといって、二週目に魔物がいなくなるわけではない。

 けれど、先頭を走るベルさんは足が速いだけではなく、腕も経つようだ。小さな魔物の死骸があちこちに落ちていた。しかし、魔物を除いた最後の関門で、私はベルさんに追いついた。


 最後の関門、それは沼だった。


 ベルさんは十メートルくらい前を膝まで沼に沈みながらゆっくりと進んでいた。すでに何度か転んだらしい。ベルさんの服は泥まみれだった。

 ベルさんは私と、もう一人の【狩人】が追いついてきたことに気づいたが、すぐに正面をむいて黙々と行進を再開した。落ち着いたものだ。もうすでに試行錯誤はすんでいるのだろう。沼の対岸まで最短距離を進んでいるようだ。


 私は沼の前で足を止めた。後から来た【狩人】がため息をつきながら横を通りすぎ、沼に足を踏み入れる。さらに数歩進んでいく。私はたっぷり一分近く、それをながめていた。


「どうした? 諦めたのか?」と【狩人】が振りかえった。

「か、考えごと、あって」私は首をふった。

「怖いなら、おんぶしましょうか」


 ベルさんは無表情で私を振りかえって言った。すでに身体の向きを少し変えている。私はあわてて首を振った。かなりの罪悪感を覚えた。


「あ、えと、違う、です……。そう、じゃなく……」


 私はため息をつき、杖を取り出し、【霜花コールドバインド】を使った。この魔術はベルさんの前で一度使っている。ほんの少し、軽く使うだけにとどめた。私が歩ける足場を作るだけの力加減に。


「実は、計算、でした。ごめん、なさい……」


 そう。私は計算して待っていた。二人に追いつかれないよう、二人が私の足場を利用できないよう、十分に沼の中に入るまで待っていたのだ。

 私は凍らせた足場をゆっくりと歩いて進んだ。ゆっくり、といっても、ベルさんや【狩人】の何倍も速い。時間をおいたのは、【狩人】に作った道を利用されないためだ。


 ふと、ベルさんのようになりたかったな、と思った。

 私は勝つために騙すようなマネをしたのに、優しい言葉をかけてくれた。言ってくれたのに、私はそのベルさんの目の前を悠々と通りすぎて―――。


 私は転んだ。足元不注意だ。

 顔を上げる前に、気づいた。黒眼鏡がない。

 まずい。素顔はさすがにベルさんに気づかれる。

 眼鏡がどこにいったのか、わからない。顔を上げて探さなければならないが、顔を見られるからそれもできない……。


「フロルさん、投げますよ」


 ベルさんの声がした。

 一体どういう力学でそこまで飛んだのか、どうもベルさんの近くまで飛んでいってしまったらしい。

 思わず顔を上げそうになった。顔を覆っている指の隙間から、弧を描いて飛んでくる黒眼鏡が見える。


「わたっ」


 眼鏡はキャッチできず、おでこにあたって沼に落ちた。


「あ、ありがとう、ございます……」

「いえ」


 私は片手で泥のついた眼鏡をひろった。指が震えていた。泥をぬぐい、眼鏡をかける。

 目を上げると、ベルさんはすでに私をみていなかった。沼の出口を目指して、「足跡のついている方向へ」歩いていた。

 そうか。眼鏡を取るためにわざわざ引き返してくれたのか。


 私は顔をあげて、氷の道を進んだ。


 勝たなければ。せめて。

 ここまでしてもらったんだ。せめて、勝たなきゃ。

 勝たなきゃ、ダメだろう。

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