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僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
巫女は聖なる炎にくべらるる
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ナイフ

 御者に戻ったイニチェは、日が沈む直前にたどりついたあばら家の前で馬車を停めた。様子をみたフロイいわく、無人の住居らしい。そこを間借りしようとイニチェが決めた。


「さあ、立て。それとも抱きかかえられたいか?」イニチェが言った。

「触ったら殺します」


 私は立ちあがった。服の中に仕込んでいたナイフの大半はなくなっている。私が眠っている間に、ユンかフロイが取ってしまったのだろう。あるいはイニチェが……。もしそうだったら、いつか本当に殺してやる。

 それはともかく、馬車から出た瞬間はせっかくの好機なのだが、残っているナイフが見つからないうちは反抗するのは得策ではない。


「意外と素直だな」あばら家の戸を開いてイニチェが笑う。「もっと抵抗するかと思ったが」

「逃げた方がよかったですか?」

「オススメはしないな」

「……」

「わーい、あばら家だ! ぼろい!」

「うわあああ……、ほこりっぽい、クモの巣があるううう……」


 私とは程遠い温度感で、ユンとフロイはこのあばら家を楽しんでいた。いや、フロイは嫌がっているか。イニチェは淡々と荷物をおろして、なにやら準備を始めている。夕食の用意をしているのか。


「ほら、ユン、フロイ、遊んでないで、手伝え!」

「はーい、イニチェ様」

「不衛生、馬車戻る……」

「フロイ、世の中は存外汚いもんだ。慣れなさい」

「ううううう……」

「ほら、お前も、手伝ってくれ」


 そういって、イニチェはジャガイモとナイフを私に投げた。私はおもわず眉をひそめた。


「私にナイフを渡していいのですか?」

「ナイフがなきゃあ、皮むきはできないだろ?」

「人質にイモの皮むきをさせるなんて聞いたことがありません」

「そうだな。俺もない」

「私を止める自信があるのですか?」

「さあ、どうかな。俺はお前の戦うところをみていない。ああ、俺のことは別に攻撃したって、かまわない。ただ……」


 イニチェは私に近づいて、低くうなった。


「あの子たちを傷つけたら、許さないからな」

「……」


 いま、イニチェは目と鼻の先だ。ほんの少し、ナイフを突きだせば、殺せる距離。しかし、そうやったとして、果たしてこの男を殺せるのだろうか。殺せるのか。本当に?

 どうにもうまくイメージできない。こんなことは滅多にあることじゃない。殺せないと感じたのは、三人目だ。レオンハルト様、クリム・ホワイト、そして……。


「ま。わが身可愛さに子供を傷つけるような人間じゃないだろ、お前は」

「会ったばかりでしょう。私の何がわかるというのですか」

「怖いな。ああ、怖い怖い」


 イニチェはおどけて笑い、「怖いってことがわかったよ」と言いながらユンとフロイの近くへ戻っていった。二人はすでに料理をはじめていて、かなりしっちゃかめっちゃかなことになっている様子だった。


「うおっ!?」イニチェは飛び上がって叫んだ。「ユン、お前、何入れようとしてるんだ!?」

「クモ!」

「うわあ、こっちにむけるな!」イニチェはユンの頭に拳骨を食らわせた。「俺が虫苦手なの、知ってるだろ!」

「いてて……。だってえ、だから入れるんじゃない!」


 ユンはもう一発拳骨をあび、その後はしばらく大人しくしていた。フロイは部屋の隅で荷物にまぎれて読書していたのを見つかり、こちらも拳骨。二人してまるで奴隷のようにしくしく泣きながら調理をしていた。


 私はイモの皮をむきながら「なぜ人質の私よりも痛い目にあっているのだろう」と不思議に思いながらそれを眺めていた。



 ***



 夕食を食べ終えて(ありがたいことに「私は」虫の類には当たらなかった)、私たちはこのあばら家の中で眠った。私は手足こそ縛り直されたが、それだけだ。もちろんイモの皮をむいたナイフは返したが、もうボディチェックはされなかった。

 イモをむいていた時に、生き残りの隠しナイフがいることはわかっていた。いつでも拘束を解いて、逃げられる。


 ……。


 風が強い。窓が揺れて音をたてている。この近くには岩山以外に障害物がない。遮るものがないから、風が速く吹くのだろう。

 私は、どうもこの連中に情が移ったようだ。こいつらは私をさらった。いや、キャリオ様をさらおうとしていた、敵だ。それなのに、私はそれを忘れたかのように、おしゃべりして、夕食の用意をして、一緒に食事をし、今もこうして逃げられるのに、黙って眠ったふりをしている……。


 これで、シャルロット様のメイドと言えるのだろうか。シャルロット様は迷わない。迷っているところなど、見たことがない。その考えはいつも正確で、感情に流されず……、いや、食欲に流されることはあったが……、おおむね理性にもとづいている。シャルロット様なら、どうしたのだろう。私と同じ立場だったなら?


 わからない。上手く想像できない。私と同じかもしれないし、彼らともっと仲良くなっていたかもしれない。あるいは、これから起き上がって彼らを殺すのか、それとも、彼らを逆に懐柔してしまうのか……。


 私は、ナイフで拘束を解いた。音もなく、立ち上がり、ナイフを持ったまま、目の前で寝入っている三人を見下ろした。ユンもフロイもすやすやとよく眠っている。起きているときは似ていないと思ったが、眠っている姿からはまるで見分けがつかない。やはり双子なのだ。

 イニチェも眠っている。まるで無防備に眠っている。きっとこの男は強いのだろう。そして、私たちの敵だ。それはこの先も変わるまい。だったら、今ここで殺すべきだ……。


 私は眠っているイニチェの首にナイフを突きつけた。


 イニチェは眠っている。

 ユンも、フロイも、眠っている。

 目を覚まさない。

 誰も私を止めやしない。


 私は呼吸が荒くならないよう、必死で気を落ち着かせようとした。どうしてこの男はここまで無防備なのだ? 魔術の気配はないが、そんなことがありうるのか? 防御もなしになぜただ眠っていられるのだ……。


「やれやれ……」


 イニチェは目をつぶったまま、言った。私は思わず飛び上がって、後ずさった。イニチェは横になったまま、目を開けて私をみた。


「君のお仲間は、君よりよほど血の気が多いらしいね」

「え?」

「そのまま。そのままだ。立ち上がらない方がいいぞ」

「どういう―――?」


 意味だ、と言い切る前に意図がわかった。遠くから、轟音と共に近づく魔術の音が聞こえたからだ。

 それは、あばら家に命中すると、あばら家の上半分を吹き飛ばした。高速で飛来し、屋根、窓、壁、柱をばらばらに破壊して、吹き飛ばした。


 この容赦のない、馬鹿みたいな火力の攻撃はたぶん、シャルロット様の魔術だ。シャルロット様は来てくれたのだ。私を助けに……。

 ……助けに来てくれたのはいいが、こんな攻撃をするということは、私がいるということを忘れていないだろうか……?


「ユン、フロイ、起きろ」


 イニチェは起きて、まだ寝ぼけているユンとフロイをたたき起こしていた。


「敵襲だぞ、起きろ!」

「あと五分寝れるなら、捕まってもいい……」

「右に同じ……」

「ああもう、世話の焼ける!」


 イニチェは二人を肩にかつぐと、床に伏せている私を振りかえった。


「じゃあな、巫女の身代わり。機会があればまた会おう」

「それはごめんですね」

「ふっ」


 イニチェはにやりと笑うと、半分の高さになったあばら家から出た。扉からではなく、馬車に一番近い壁を跳び越えて。遠くから魔術が飛んでくるのを、避けながら走り、馬車に触れると叫んだ。


「【転移テレポート】」


 そして、イニチェたちは馬車ごと姿を消した。

 こうして私と誘拐犯たちとの旅は終わったのだった。

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