土火竜のねぐら:燃焼++
というわけで一芝居打つことになった。村にもう一度入り直し、勇者と巫女の一行だと名乗った。そうと知ってすがりつく村人たちの頼みを聞いて正式に迷宮の調査をすることになった。
これでいい。これで領主の耳に届くくらい話しやすい「噂」になったはずだ。「領主に見放された村を勇者が救う」という噂に。肝心の問題はまだ解決はしていないが、前段階はこれでクリアだ。
もしかしたら、僕たちが村に入り直したあたりのことも噂になるかもしれないが、そちらはこの村以外には広がらないだろう。村人たちは基本的に、領主に嫌気がさしている。この芝居の趣旨は説明したし、自分たちに不利になるような噂を積極的に広める馬鹿はいまい。なにより噂として面白くない。心配は無用だろう。
「想像以上に噂が広まると厄介なことになるかもしれません。いいですね?」
芝居を打つ前に、僕はレオンハルト様、キャリオ様、シャルロット様に確認した。この三人がダントツで有名だ。噂が広まれば、おそらくメリットよりもデメリットの方が大きいだろう。なにせ、三人とも(ほぼ)上流階級の人間だ。この噂はそちら側の人間からは白い目で見られる類のものだろう。
しかし、三人は僕の問いに、目を丸くし、お互いの顔をみて笑った。
「なにか問題があるか?」とレオンハルト様。
「ないわね」とシャルロット様。
「ありませんよ」とキャリオ様。
この三人には、聞くだけ愚かな質問だったみたいだ。彼らにとって、そんなことは屁でもないのだ。
「あはは、心配しすぎでしたね」
***
そして今、僕たちは迷宮【土火竜のねぐら】の前にいる。いよいよこれから迷宮に入り、暴走する熱の調査に行くのだ。
「申し訳ないんだけど」とシャルロット様は前置きした。「全員で迷宮には入れないわ。冷却魔術をかける範囲はできるだけ狭めたいの。せいぜい、私の前後に二人ずつね」
「急ぐか?」とレオンハルト様。
「当たり前でしょ」
「なら……」レオンハルト様はあごに手を当てて考えこんだ。「編成は、俺、クリム、シャル。それと……、スクエラ。この四人で行こう」
「もう一人くらいは連れていけるけど?」
「キャルは置いていくからな。護衛として二人は残したい」
「私も行きますよ!」キャリオ様は不服そうに唇をとがらせた。
「危険すぎる。ダメだ。それに、キャルはそれほど走れないだろう」
「むむむ……」
図星だったらしい。キャリオ様は黙った。
ベル嬢も不服そうな様子だったが、文句は言わなかった。理性では納得しているらしい。ただ、感情はついてこないのだろう。
リズリーは……、急ぐことが決まった時点で目を閉じている。あまりにも潔い。
「役割だが……、俺が盾役兼攻撃役、クリムが索敵、シャルがサポート。冷却係だな。スクエラが後衛だ。いいな?」
「僕はサブタンクをしなくていいんですか?」
「は? できるのか? ずいぶんと余裕だな」
「え、そうですか? 前と同じでは?」
「ああん?」レオンハルト様は怪訝そうに眉を吊り上げた。「わかっているか、クリム? 今回は急ぐんだぞ」
「はあ、わかっていますが……」
「つまり、迷宮の中を走って行くんだ」
「そうですね」
「君は、シャルにそれができると思うのか?」
「え?」
僕はレオンハルト様が言わんとしていることをなんとなく悟った。嫌な予感がする。シャルロット様の顔を見ると、にこにこしていた。ちなみにスクエラは料理にニンジンが入っていた時のような顔になった。すまし顔のつもりだろうか。
僕はため息をついた。
「つまり……、シャルをおぶって行けと?」
「そうだ。君以外に誰がやると言うんだ?」
「……」
それはそうだ。僕以外に適任はいない。レオンハルト様は盾役であり攻撃役だ。シャルロット様は冷却サポートだけで手一杯で、攻撃まではできない。人数制限もある。僕以外には、キャリオ様、ベル嬢、リズリー、スクエラだけれど、リズリーは足が遅い。他にシャルロット様を背負って走れるような者はいないだろう。いや、ベル嬢ならできるだろうが、それだけで手がふさがってしまう。たぶん、レオンハルト様は魔力に対する視覚をもつ僕の方が適任だと考えたのだ。
「わかりました。やりましょう」
「悪いな、負担をかけて」
「いえいえ」
「違うわよね、クリムは嬉しいわよねー?」シャルロット様は後ろから僕の肩をもって揺さぶった。「前に私をおんぶしたときはずっと叫んでたものね?」
やめてください。不用意にスキンシップを取らないでください。また叫んでしまいます。
「……前?」ベル嬢がゆっくりと首を回した。「前とは、いつのことですか? 私は、知りませんが」
「あっ、あー……」シャルロット様は口ごもった。
終わった、と僕は思った。どうやら僕の人生はここまでらしい。今この瞬間か、迷宮の中でミスって死ぬか、出てから死ぬか、たぶんそれくらいの違いしかない。
すべては終わったのだ。
「あっ! 前にね、買い物に行ったときに、私、足をくじいちゃってね。そのときにクリムにおんぶしてもらったのよ!」
「……私が留守の時に、外出されたのですか?」
「ええと……、そうなの、実は」
ベル嬢はめちゃめちゃ眉間にしわを寄せ、これ見よがしにため息をついてみせた。
「ごめんね」とシャルロット様。
「別に、構いません」ベル嬢は言葉とは真逆の表情で言った。「それなら、まあ、クリム・ホワイトの蛮行も許容できなくも、ないでしょう」
蛮行って……。事実にせよ、今の作り話にせよ、どちらも不可抗力なのだけれど……。
「なあ、あの、そろそろいいだろうか?」レオンハルト様は居心地が悪そうに言った。「あまり迷宮前で長居しても仕方ないだろう?」
「あら、せっかちね。嫌われるわよ?」
「まあその、仲間の精神状態に気を遣うのもリーダーの役目だ、とだけ言っておこう」
レオンハルト様はそう言って、僕の肩をたたいた。叩きながら、視線はわずかに僕からずれていた。
僕は感心した。
心底、レオンハルト様を見直した。
レオンハルト様が気にしていたのは、僕ではない。スクエラだ。しかも、スクエラがつらそうにしていることに気づいただけでも天晴なのだが、それだけではなく僕をふくめ周囲にそれを伏せようとした。だからスクエラではなく、僕の肩をたたいてみせたのだ。
明るいけれど、それゆえに他人の負の感情に鈍い人なのだろうと思っていたが、どうやら思い違いだったらしい。
なんだか、ゲームや初めて会った時とはずいぶんと異なる印象だ。こんな人だったのか? ここまで鋭い人が、怒らせてからの落とし穴なんて子供だましの手品に引っかかるだろうか。いや、男子三日会わざればなんとやらだ。なにかのきっかけで彼も変わったのだろう。
きっかけか。なんだろう。……下世話な発想だが、女性絡みだろうか。だとしたら、僕の知る限りではキャリオ様かスクエラか……。うーむ……。
「……なんだ、クリム。俺の顔をじっと見て……」レオンハルト様が気持ち悪そうな目で僕を見ていた。「俺の顔にゴミでもついてるか?」
「いえ、やはりレオはイケメンだな、と思いまして」
「……ひょっとして皮肉か?」
「はあ?」
あまりに予想外な返答に、思わず素の反応が出てしまった。レオンハルト様がぎょっとした顔を浮かべた。おっといけない。スマイルスマイル。
「……失礼ですが、どういう意味でしょうか? 僕にはその発言自体が皮肉に聞こえるのですが。明らかにレオの方がイケメンでしょう」
「……」
レオンハルト様はむっと口を閉ざし、仲間たち(いや、女性陣か?)をじっと眺め、僕にだけ聞こえるように耳打ちした。
「しかし、モテているのは君だろ?」
「皮肉も過ぎれば嫌味になりますよ?」
「その言葉、そっくり君に返すぞ……」
レオンハルト様は引きつった笑みをうかべて肩をすくめた。そして、手を叩いて迷宮を指さした。
「ほら、茶番は終わりだ。早く行こう。ここで無駄話をしていて迷宮が爆発でもしたら大変だ」
「そんなの、するわけないでしょう」僕は言った。
「うるさい。いいから行くぞ!」
***
シャルロット様の魔術で熱をガードして、迷宮の中に入った。僕は常に冷却魔術をかけるような方法を想定していたのだが、さすがシャルロット様はもう何段階か高度かつシンプルな手法をとった。
ベースは【防壁】と同じなのだが、そこに熱を防ぐ魔術を施したのだ。自動で温度を一定に保つ魔術だ。これなら常に温度を気にする必要はない。魔力の供給さえ止めなければ余計な集中は必要ないのだ。
この魔術を、シャルロット様は【傘】と呼んでいた。
僕たちはシャルロット様のさす【傘】の下で、もうほとんど火のような勢いで襲い来る熱の中を進んだ。ここは【暴走する生命】と違って、遺跡ではない。ただの洞窟だ。ただし、暗くはない。灼けた床、壁、天井が白熱して淡く光っているからだ。まるでかまどの中を歩いているような気分だ。【傘】の機能に加えられた「水を生成する」という魔術がなければ、僕たちは足元から炎上していたに違いない。
僕には一応、索敵としての役目もあるのだが、その必要はまるでなかった。魔物がほとんどいなかったからだ。
「魔物、全然、いないですね」僕は走りながら言った。「一か所に固まっているのでしょうか」
「いや、単純に焼け死んだんじゃないか」とレオンハルト様。「火に強いと言ったって、耐えられる温度があるだろうし、耐え続けられるとも限らない」
「原因はなんでしょうか?」スクエラの声が後ろから聞こえた。「迷宮のボスが変わったとか……?」
「たぶん、違うよ」僕は言った。「魔物じゃないと思う。魔物は魔力を獲得するのが目的だからね。これじゃあ、逆に消費してる」
「……威嚇とか? 縄張りを主張している、みたいな」
「そういう消費もあるけれど、これはやり過ぎだよ。規模が大きすぎる」
「じゃあ、クリムはなんだと思うの?」
「さあ……、見当もつかない」
「なにそれ」
スクエラが唇をとがらせているのが目に浮かぶようだ。彼女は本当に変わらない。
実を言えば、心当たりはいくつかある。方法には見当がつく、というか、こうすれば可能だろうという道筋は思いついている。だが、手段はそれほど重要ではない。
重要なのは、目的だ。
「……この先の部屋が、熱源ですね」
僕たちは立ち止まった。
迷宮に入ってから十分ほどたっただろうか。【暴走する生命】に比べるとかなり小さいが、ゲームだったとき、ここが最初の迷宮だった。広さについても忠実だったということか。
「なにかいるな」レオンハルト様は奥の部屋をにらんでいる。「ボスか?」
「ええ、そうです。僕の予想は外れましたね」
「ふっふっふ、クリムもまだまだねー?」
スクエラが笑っている。
ああ。頬っぺたをつねってやりたい。
「眠っているようです。物音を立てず、慎重に行きましょう」
僕たちはゆっくりとボス部屋に入った。ボスはトカゲのような外見の魔物だった。名前は迷宮と同じで、サラマンダーだろう。かなり大きい。人間くらい楽々丸のみにできるに違いいない。
サラマンダーは眠っている。
「大きい……」スクエラが小さな震え声で言った。「まだ近づくの……?」
スクエラの武器は弓矢だ。おそらく、近づきたくないのだろう。
「もう少し我慢してくれ」レオンハルト様がささやいた。「俺がダッシュして一秒くらいの距離がいい」
「ここでも、頑張れば届きませんか……?」
「鬼か、お前。もういいから、静かにしてくれ。あいつが起きちまう」
「ねえ、静かにするって言えばさ」
急にシャルロット様が口を開いた。急に。今までずっと【傘】の操縦にかかりきりでしゃべっていなかったのに。あ、そうか、なるほど。慣れたのか、操縦に。
「クリム、今日は叫んでないわね」
「え?」僕は急速に頭が真っ白になっていくのを感じた。
「今日は普通にしゃべってる。前は私が魔術で口を押えないと叫び声が止まらなかったのに。どうして?」
「あ。お。あ……」
「クリム?」
僕の脳内で誰かが戦いはじめた。それは理性と感情の戦いだった。感情が急に牙をむいたのだ。「僕はシャルロット様をおんぶしているじゃないか! どういうことだ! 叫べよ!」と。理性はとっさに腰の銃を抜いて【冷静】の弾丸を撃とうとした。だが、理性が銃を構える前に、のど笛に噛みつかれてしまった。「さあ、叫べ! のどが枯れるまで!」
「う、う……。うわああああああああああ!
シャルロット様をおんぶしてるううううううう!!???」
「あら」シャルロット様は微笑んだ。「忘れてただけだったのね」
「なぜ、声をかけた!?」レオンハルト様は頭をかかえた。「なぜ、いま!?」
「わああああああああああああああ!!」これは僕だ。
「気になっちゃったから」
「気になっちゃった、だあ!?」
「あ、あああ、あの!」
スクエラが前を指さした。指先は十センチくらい上下に振れていた。
「起きてる! 起きてます! ボス! ボス! ボスがあああ!」
「スクエラ、落ち着いて。大丈夫だから」とシャルロット様。
「お前はもっと慌てろ!」
「あら、無礼ね」
「んあああああああああああああ!」
「うるさいぞ! いい加減にしろ、クリム!」
僕たちの統率が取れていない間に、サラマンダーは起き上がり、頭を持ち上げて咆哮を上げた。
その額には、燃え盛る炎の【魔剣】が深々と刺さっていた。




