運命は動き出す
大聖堂に負けず劣らず巨大な部屋の一番奥。そこに置かれた玉座に皇帝陛下は座っていた。鷹のように鋭い目で僕たちを見つめている。
陛下の隣には同じような顔つきだが、目つきの異なる男が立っていた。こちらはフクロウのようなある種の鋭さがあった。この男が皇弟殿下だろう。
僕たちは彼らが入室する前からこの場所で待機していた。僕たち、というのはつまり、シャルロット様、ベル嬢、僕、キャリオ様、そしてレオンハルト様とその仲間たちだ。
「今日、ここに、そなたたちを呼んだのは他でもない」眼光と同じく威厳に満ちた声で陛下が言う。「勇者レオンハルト、預言巫女キャリオ、そなたたちは邪教徒の手が伸びつつある火都にむかってもらう」
「はっ、承知つかまつりました」
「はい、預言巫女としての務めを果たします」
レオンハルト様とキャリオ様がそれぞれ答える。陛下は二人に任務についての説明を始めた。
ゲームの通りだな、と僕は思った。いよいよこれから【バッドエンドは猫も食わない】のメインシナリオが始まるのだ。
しかし、だったらどうしてシャルロット様は今日ここに呼ばれたのだろうか。こんな序盤に出番なんて無かったはずだけど。僕が忘れているだけなのだろうか……。
「シャルロットの執事よ」
……ん?
あれ、今、なんか、呼ばれた? 呼ばれたのか、今? 返事をするべきなのだろうか。そりゃあ、するべきだろう。皇帝陛下に呼びかけられたのだ。それを無視などありえない。
で、でも、もし、聞き間違いだったら?
こんな場で聞き間違いなんてシャレにならない。極刑? 極刑だろうか。
でも、呼ばれて、黙ってるのも、それはそれで―――。
がすっ。
ベル嬢に脇腹を小突かれた。
「あいっ」痛みのあまり、僕は叫んだ。「は、はいっ。私が、シャルロット様の執事、クリム・ホワイトです」
「……」
皇帝陛下は鋭い目で僕をにらんでいる。プレッシャーで胃がねじ切れそうだ。陛下は表情を変えずに口を開いた。
「そなたにも、今回の任務に同行してもらいたい」
……ん? え? は?
「お待ちください」シャルロット様が発言した。「それは一体どういうことでしょうか。なにゆえ私の執事を任務に?」
「慎め、シャルロット」ブラズ殿下が目だけを動かして言った。「貴様の発言は許可されていないぞ」
「なにゆえでしょうか、陛下」シャルロット様は父親の言葉を無視し、再度質問した。「お答えください、陛下。クリムは私の執事です」
「シャルロット、貴様……!」
声を荒げかけたブラズ殿下だったが、皇帝陛下が片手を上げてそれを制した。
「預言巫女から推薦があった。聞いていないのか」
「……存じません」
シャルロット様がじろっとキャリオ様に目をむけると、キャリオ様はびくっと肩を震わせた。皇帝陛下はその様子をみて、首をかしげた。
「なるほど……。そなたたちは実は仲が悪いのか? 友人だと聞いていたが?」
「いっ、いえ、その!」キャリオ様は両手をわちゃわちゃと動かしながら説明をはじめた。「サッ、サプライズなのです! サプライズ! シャルロット様を驚かせて差し上げようと思いまして。その、サプラーイズ……、みたいな……」
キャリオ様はおどけて手を広げて言い、ゆっくりと手を下ろしてうなだれた。小鳥(天使)は励まそうとしているのか、キャリオ様の頬をつついた。
「最高のサプライズです、ありがとう、キャリオ様」
シャルロット様はこれ以上ないほど冷ややかに言った。ますますキャリオ様の頭が低くなる。
「預言巫女の推薦ということは、預言があったということかしら?」とシャルロット様。
「はい……」キャリオ様は床にむかって言った。「この子からお告げがありました。執事殿を連れて行かないと困難な目にあう……かもしれない、と」
「かもしれない?」シャルロット様は復唱した。「なにそれ。預言ってそんなふわっとしたものなの?」
「で、でもこの子が言ったんです。この子は、天使です」
キャリオ様は小鳥をかばうように両手で抱えた。ややパニックになったようにシャルロット様や皇帝陛下を交互に見る。
「ですから! ですから、預言です!」
「落ち着きなさい、巫女キャリオ」と皇帝陛下。「シャルロットも落ち着きなさい。なにをそんなにいらだっている?」
「私は、いらだってなど……」
しかし、シャルロット様は最後まで言わずに黙った。そんな娘の様子をみて、ブラズ殿下は眉をひそめている。
沈黙を破ったのは、レオンハルト様だった。
「私としては、クリム殿に同行してもらえるのはありがたいです。彼は強い。必ずや任務の助けになるでしょう」
「そうか」と皇帝陛下。
「もっと言えば、シャルロット様とベル殿にも同行していただけると、より心強いです」
「ふむ」皇帝陛下は表情を変えずにうなずいた。「シャルロット、どうだ。執事と離れるのが嫌なのであれば、一緒に行っては」
「しかし、」
「どうせ暇なのだろう?」皇帝陛下はシャルロット様の発言をさえぎって言った。「そなたが毎日平穏に暮らしていることは預言巫女に聞いている」
シャルロット様はキャリオ様へ、さっと視線をむけた。
キャリオ様は、さっと顔をそむけた。
「……やはり仲が悪いのか?」と皇帝陛下。
「どうでしょう」
シャルロット様はキャリオ様から視線をそらさずに言った。キャリオ様は目が見えないにもかかわらず、シャルロット様とは反対方向をみつめている。シャルロット様は口をへの字に曲げた。
「今後の付き合いをちょっと考え直したい気分ですね」
「シャルロット」
皇帝陛下はさとすような口調になった。
「不確定とはいえ預言があった以上、クリム・ホワイトには同行してもらう。拒否する明確な理由があるわけでもあるまい?」
「自分の執事を危険にさらしたくないだけです」シャルロット様は怒りをおさえたような口調で言った。「前にブラズ殿下のご指示で出向いた迷宮でクリムは私をかばって死にかけました。あんな目にあうのも、あわせるのもごめんです」
「……」
皇帝陛下はちらりと隣に立つブラズ殿下をみた。ブラズ殿下は気づかない。額に青筋を立て、シャルロット様をじっとにらんでいるからだ。
……陛下は、この二人には「仲が悪いのか」と聞かないんだな。
「えっ?」急にキャリオ様が声をあげた。「うん、うん、えっ……」
キャリオ様は天使の方をむいてうなずいていたが、途中で絶句して相槌をやめた。話を終えたのだろう、小鳥(天使)はパタパタとキャリオ様の周りを飛び回りはじめたが、キャリオ様は止まったまま動かない。
「巫女キャリオ、どうかしたのか?」皇帝陛下が静かに尋ねた。「新たな預言か?」
「え、ええと……、その、あの、すみません、はい。新たな預言です……」
「今の話に関係することか?」
「はい。そうですが、その……」
「なんだ?」
「……」
キャリオ様は黙って考えている。背中がかすかにふるえているように見えた。
「陛下以外には聞かせられない内容です。お耳打ちか、書くものをいただけませんか?」
「書くものを」
ブラス殿下が即座に合図した。後ろの方で誰かが走る足音がする。
天使はキャリオ様の肩にとまって僕をみている。
……止めなくていいのだろうか?
キャリオ様は紙とペンを受けとると、ごく短い文章を書いた。それを折り畳み、封にいれて文官らしき人に返す。文官はそれをブラス殿下に、ブラス殿下は皇帝陛下に手渡した。陛下は中の紙を取り出し、自分だけに見えるように隠して読んだ。
今、この場で手紙の内容を知っているのは、キャリオ様、天使、陛下。この三人だけだ。
『解析が完了しました』
たった今。この瞬間までは。
【支援妖精】の声は僕の鼓膜だけを揺らした。発声位置とボリュームにさえ気をつければ、それだけで僕にしか聞こえないメッセージを出させることができる。
『クリム・ホワイトに邪教徒の疑いあり。あぶり出しと監視のため、同行を強く要請する』
邪教徒か。なるほどね。
僕は自分の視覚情報をアルテミスに渡して解析させた。僕では読み取れなくても、アルテミスなら手紙に書かれた文字まで解読できる。
それにしても邪教徒か。僕が同行することになるなんて、そんな理由だろうとは思ったが……。どうやら、少し天使をからかい過ぎたらしい。相当、危険視されてしまっている。
しかし、これは収穫だ。天使は『自分の目で直接見ていない文字は読めない』らしい。キャリオ様が手紙を書くのを止めなかった。僕には読める、などと考えもしなかったということだ。それとも読めるのか試したのか? 僕の反応をみている?
いや、そうではないだろう。それならもっと僕を動揺させるような内容にするはずだ。邪教徒の「疑い」などと書くはずがない。
「……シャルロット」
「はい、陛下」
「そなたには勇者と預言巫女と共に火都へと行ってもらう」
「それはご命令ですか」
「そうだ」
「……承知しました」
シャルロット様は頭をさげて命令を承諾した。
こうして僕やシャルロット様、ベル嬢の火都行きが決定した。
***
「少しお時間、よろしいでしょうか」
皇帝陛下やブラス殿下が退席して、さあ帰ろうという所で僕は呼び止められた。レオンハルト様の仲間の一人でフードをかぶっていた弓手だ。レオンハルト様たちから離れて残っている。
「僕ですか?」
彼女は黙ってうなずいた。シャルロット様たちが立ち止まると、そちらに顔をむけ、嫌がる素振りをみせた。具体的にはかすかに唇をとがらせた。
「……ついて来てください」
どうもシャルロット様たちには聞かれたくない話のようだ。シャルロット様は面白くなさそうだったが、「いいわよ」とうなずいてくれた。弓手はすでに歩き出している。僕は彼女について玉座の間の端へ移動した。
「ここらでいいかしら」
彼女の口調は打って変わってずっとフレンドリーなものに変わっていた。けれども、僕はあまり驚かなかった。僕に知り合いは多くない。そうとわかって注視すれば、歩き方一つで知り合いかどうかなんてすぐにわかる。
「久しぶりだね」
「まだ一か月くらいしか経ってないじゃない。あんまり驚かないのね」
「ううん、びっくりしたよ」僕は首をふった。「まさかレオンハルト様のパーティにいるなんて思わなかった」
「私、そんなことで驚いてほしかったんじゃないんだけど」彼女は腰に手を当ててため息をついた。「元気そうね」
「うん。君もね」
「迷宮で死にそうになったってホント?」
「え? ああ、うん……」
「ポカやったの?」
「ううん。やったのはシャルロット様」
「ふうん。あなたが助けたの?」
「まあね。でも、僕がいないほうが結果的にはよかったと思ってる」
「なにそれ。どういう意味?」
「あー、えっと……、スパルタ、かなあ」
「あ。それって、どういう意味なの?」
「聞き流してってことだよ」
表情こそ変えなかったが、彼女は少し怒ったようだった。けれど、追撃する代わりにため息を一つついた。
「まあいいわ。これから嫌ってほど時間あるんだし。今日のところは折れたげる」
「ありがと」
「じゃあね、クリム」
「うん。……あれ? 君の用は? どうして僕を呼び止めたの?」
「そんなこともわかんないの?」
彼女は足を止めて苦笑した。
「私はいつだって、あなたの顔を見たいだけなのよ?」
弓手はそう言い残して、玉座の間を後にした。




