王宮大聖堂にて
「こんにちは、シャル」キャリオ様は口元に笑みをたたえ、シャンと錫杖を鳴らした。「それにベルと執事さんも、ごきげんよう」
僕たちはそれぞれキャリオ様に挨拶を返した。しんと静まり返った王宮の大聖堂に声が吸い込まれ、反響して返ってくる。
シャルロット様が皇帝陛下に呼び出された。用件は知らされていないが、僕には見当がついている。ゲームの開始時点が迫っている。おそらく、この呼び出しで最初のイベントが始まるのだ。これから待ったなしの怒涛の展開が待っている……。
などということはない。たしかにレオンハルト様たちは忙しくなるだろうが、僕たちには関係ない。なにせシャルロット様はゲーム本編のメインキャラではない。終盤で敵対する登場人物の一人なのだ。主人公と一緒に旅をするようなことはほとんどない。そのため、ゲームと同じ展開が始まっても特別忙しくなるようなことはない。
「ちょっと早く来ちゃったから、おしゃべりしに来たわ」
シャルロット様はいつもより少し緊張したように笑った。おそらく、陛下に呼ばれたことで緊張しているのだろう。
「まったく、私のこと【預言巫女】だってわかってる? 忙しいんだからね、普段は」
キャリオ様も笑った。彼女の緊張具合はわからないが、肩に乗っている小鳥(天使)は物言いたげに僕を凝視している。ずっとだ。転移魔術を発動してからますます視線を飛ばされるようになっていた。この場でキャリオ様に憑依してしゃべり始めるのではないかと僕は内心ヒヤヒヤしていた。
「あなたこそ、私のこと皇女だって忘れてない? 今日はどうして暇なの?」
「聞いてないの?」
キャリオ様はシャルロット様と、僕にちらりと顔をむけた。天使も一緒に僕をみる。なんだろう?
「聞いてないわ。なに? 何の話?」
「聞いてないなら教えられないわね。まあ、直にわかるわよ」
「今日の話の内容? 知ってるの? 教えてよ。私、陛下にお会いするの久しぶりなの。緊張するのよ……」
「いいじゃない。あなたはちょっと社交の場から遠ざかってるようだから、たまにはそれくらい緊張してちょうどいいくらいよ」
「また、適当なこと言って……」
「ふふふ、でも弱ってるシャルも可愛いわ」
「むぅ」
シャルロット様はキャリオ様とそのまましばらく談笑していた。教皇様や王族のスキャンダラスな話題がぽんぽんと飛び出てくる。そんな大声で話していて大丈夫かと心配になるが、意外とベル嬢は澄ました表情で立っているだけだった。いつもならストッパーになるのに。
「意外そうですね」だしぬけにベル嬢は僕に言った。「私が止めないのが不思議ですか」
「ええ、まあ。いつもなら皇女としての節度を守ってください、とか言いそうだと思ったのですが……」
「……」
ベル嬢はすぐには答えず、シャルロット様たちから少し距離を取るよう合図した。僕たちは楽しそうなシャルロット様とキャリオ様から離れたところに移動した。
「ここは王宮です」ベル嬢は声のトーンを落として言った。「シャルロット様にとっての敵地と言ってもいいのです」
「だったらなおさら止めないといけないのでは? 誰かに聞かれたら問題でしょう?」
「近くに誰かいるのですか、クリム・ホワイト?」
「いえ、いませんが……」
「なら構いません」
「でも、聞こえるかも」
「シャルロット様はナーバスになっているのです」ベル嬢の声に無力感がまじっていた。「それが少しでも紛れるなら、噂話くらい大目に見てもかまいません」
「ナーバス……」
僕はずっと気になっていたことを聞いた。
「シャルロット様はビスキュイ殿下にはお会いにならないのですか?」
「殿下のことを聞いたのですか?」ベル嬢はほぼ無表情で僕をみた。
「はい」
「なぜ会いに行かないのか疑問に思う程度には話をしたようですね」ベル嬢は再びシャルロット様に視線を戻した。「そうですね。お二人は―――」
ベル嬢はそこで言葉を切った。大聖堂の入り口に誰かが来ていると気づいたからだ。しかし、シャルロット様のそばに戻ろうとした足はすぐに止まった。その人物が誰かわかったからだ。
かつん、かつん、と床を叩くようにして杖をつく音が聞こえた。近づいてくる人物を見て、シャルロット様、キャリオ様、ベル嬢が目を見開く。
「ご機嫌麗しゅう、姉上。それと、預言巫女殿」
彼はシャルロット様たちの前で立ち止まった。片手で杖にすがるようないびつな姿勢で会釈する。
「不格好で失礼」
「ビスキュイ……」
シャルロット様は絶句して立ち尽くしている。ビスキュイ殿下は口元に微笑みをうかべ、目はじっとシャルロット様を見つめていた。




