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シャルロット様の秘密

「僕からもいいですか、シャルロット様」

「なに?」

「前にレオンハルト様と戦った時のこと、覚えてますか?」


 シャルロット様の執事試験のときの話だ。シャルロット様はうなずいた。


「ええ、もちろん覚えてるわ」

「シャルロット様はあのとき、僕が勝ったら秘密を一つ教えてくれる、とおっしゃいました。それも覚えてますか?」

「あー……」シャルロット様はうめき声をあげた。「ああまあ……、言ったわねえ、そんなことも」

「ええ、おっしゃいました」

「よく覚えてたわね」

「シャルロット様のおっしゃったことですから」

「不気味ね」シャルロット様は笑った。どうやら気に入ったらしい。「しょうがないわね。じゃあ、話しましょうか……」


 シャルロット様はベンチに座り直した。僕も背筋を正した。秘密、というくらいだ。半端な気持ちで聞くわけにはいかない。本当は小躍りしたい気分だが、ちゃんと落ち着いて聞かなければ。

 ……そう思って待っていたのだが、シャルロット様は黙ったまま夕焼けをみつめている。一向に話し出す気配がない。


「……綺麗ねえ」シャルロット様はつぶやいた。

「シャルロット様?」僕はしびれを切らした。「うやむやにしようとしてませんか?」

「わかってるわよ。ちょっと待ってよ。どこから話すか考えてるんだから……」

「関係ありません。どこからでもいいですよ。どのみち寝る前に死ぬほど思い返しますから、嫌でも整理します」

「死ぬほど思い返すって……。わかったわよ。じゃあ、話すわ。わかりにくくても、知らないから」


 シャルロット様は一呼吸おいて、話しはじめた。


「私、弟がいるの。知ってるわよね?」

「ええ、存じております。ビスキュイ殿下ですよね」

「そう。母親は違うけど、弟なの。会ったことないわよね」

「はい、ありません」


 ビスキュイ殿下はゲーム(バッドエンド)でも登場したキャラクターだ。おぼろげだが、覚えている。


「昔から、身体が弱くて、小さくて、頼りなくてね。病気ばっかりして。最近は少しマシになったけど……。

 私ね、あの子が不憫でならないの。あの子は王子でしょ。男の子でしょ。なのに、身体が弱くて。お父様に……、それはもう失望されてるのね。もう……、目をみてればわかるの。あの子をみるお父様の目はいつも同じなの。いつも『お前には失望した』って言ってるの、目が。目がね。あの子はいつも……、笑顔であいさつするの。わかる? 痛いのよ、こっちが」


 シャルロット様は胸に手を当てた。服にしわが寄る。


「母親も母親でね。お互いに仲が悪いの。私とビスキュイのどっちが王になるのか、その可能性があるのかで張り合ってるの。私は女で、あの子は病弱なのにね。笑っちゃうわよ。ホントに。それで勝って、一体あんたたちのどこに価値があるのよ、ってね。

 ……ゴメン、今のは失言だったわ。聞き流してちょうだい」

「……はい」

「だから……、だからね、私はあの子には幸せになってほしいの。幸せにしてあげたいの。あの子にはその資格がある。誰がなんと言おうと。だから……」


 シャルロット様はそこで言葉を切った。また呼吸を整える。


「私は女王になりたい。なるの。なってみせる」


 僕をみた。僕のぼやけた視界に、シャルロット様の瞳が大きく映る。


「私に従いなさい、クリム。

 身を粉にして働いて。

 私が女王になるまで、私を支えなさい」


 僕は立ち上がり、ひざまずいて、こうべを垂れた。


「もちろんです。死ぬまで馬車馬のように働きます」

「だから女王になるまででいいって」


 シャルロット様は苦笑した。


「どうしていちいち私の想定を超えてくるのよ、まったく……」



 ***



 僕がシャルロット様の想定を超えたタイミングで、夕日が沈み切った。地平線からぷつりと赤い円は姿を消して、空だけがかろうじて赤さを残している。


「そろそろ遅いですし、帰りましょうか」


 そろそろ帰らないと暗くなる。夕飯の支度とかいろいろあるし、なにより、このいい感じの余韻を残しておきたかった。

 しかし、シャルロット様はきょとんとした顔で僕を見返した。


「え、まだよ」

「え、まだ? まだ帰らないのですか?」

「私は秘密を言ったけど、クリムはなに? あなたは結局不気味だって結論になっただけじゃない。なんだか私ばっかり何かをさらけ出した気分だわ。不公平よ」

「ええ……?」

「そもそも私が一番聞きたかった質問があるのよ。ベルがいない今しか聞けない質問が」

「それならお屋敷に帰ってからでも―――」

「【おしゃべりな仮面の人(サイレントトーカー)】、いたじゃない?」

「【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】ですよ」


 僕は思わずノータイムで訂正していた。

 あ。しまった。

 シャルロット様の目が大きく開かれる。

 しまった。やばい。

【密猟者】が名乗ったときは、僕は気絶してたことになっている。

 だから名前なんか知らないはずだったのに。


「やっぱり、そうだったのね」


 シャルロット様はニヤリと笑った。

 やばい。【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】の正体が僕だってバレた―――。


「やっぱり、クリムはあの人のお友達なんでしょう! そうでしょ!」

「え? えーと……、はい」僕は微笑んだ。「バレましたか」

「やっぱりね! 私の目は節穴じゃないのよ!」


 シャルロット様は腰に手をあてて勝ち誇ったようにふんぞり返った。節穴ではない目を輝かせて。僕はその間に【冷静カーム】を使用した。問題ない。僕本人だとバレていなければ、なにも問題はない。


「後学のために、どうしてわかったのかお聞きしてもいいですか?」

「簡単な推理よ」シャルロット様はふふん!とあごを上げた。心なしか鼻が伸びて見える。「あの人は、まあ、色々とおかしかったけど、決定的におかしい点が一つあったわ」


 シャルロット様はそこで言葉を切って振り返った。期待に満ちた目をしている。

 ああ、そうか。相槌を打ってほしいんだな。


「な、なんですか、それは……?」

「ふっふっふ、それはね。あの魔物の身体の中から、【遺物レリック】を取り出したことよ」


 あー……。


「そんなことはね、ありえないのよ。魔術を学んだことのある者なら、誰だってわかることだわ」

「でも、人だって仮想物体イマジナリーを作れますから、魔物だって作れるんじゃないんですか?」


 僕は一応弁護することにした。まあ、シャルロット様のいうことは間違ってないどころか、ド正論だし、その通りなのだが、黙って認めるのはしゃくだし、なによりシャルロット様が「私に説明させなさい!」という目をしている。

 執事として、期待を裏切るわけにはいかなかった。


「いい質問だわ。それはつまりなぜ人間だけが仮想物体を作れるのかっていう話になるんだけど……」シャルロット様は声のトーンを少し落とした。「ちょっと長くなるわよ」


 シャルロット様の説明は大体こんな感じだった。


 仮想物体は石ができる過程に似ていると言われている。砂とか土に圧力がかかってできるのと同じ。魔力に一定の力がかかることでできあがる。石と違うのはそれほど大きな力も時間も必要ないこと、それと魔力に一定の方向性が必要なこと。この方向性というのが曲者で、魔術師としての最初の関門になる問題である。


「私も最初は苦労したわ」


 シャルロット様は天井をみあげて遠い目で言った。

 そう、魔力に方向付けをするのは魔術師にとっての最初の関門だ。魔術師は簡単な魔力の操作を覚えると、【防壁ガード】を作る練習を始める。これが難しいのだ。もっと簡単なことから始めればいいのだが、残念ながらそういったものは見つかっていない。たぶん、今後も見つからないだろう。


 自転車に乗るには、自転車に乗るしかないのと同じだ。


 もちろん魔術の場合は、自転車とは比べ物にならないほど難しい。魔力の方向付け。たとえば【防壁】なら「固くなる」という命令とか願いのようなものを魔力にこめて集める。これが上手くいくと【防壁】になる。上手くいかないと、全体の強度にムラができて壊れやすくなったりする。極端な話、盾なのに触るとダメージを負う、みたいなこともありえる。魔術の炎だって仮想物体なのだから、そういうことも起こりえる。


「魔力の方向付けは、知性がないと無理だわ。それか【遺物】のように悠久の時間をかけて自然発生するようなものを待つか、のどちらかね。魔物が仮想物体を作るはずなんかないのよ」


 そう。ありえないのだ。それは言ってしまえば、野生動物が鉄の剣を自作した、みたいな状況と変わらない。仮に持っていたとしても、「作った」のではなく「拾った」と考えるべきだ。


「まあ、あの魔物が【遺物】を飲み込んでたって可能性もなくはないけど、それはそれで変だし……。要するに」


 シャルロット様はふたたび僕に指を突きつけた。


「あれはお芝居だった。そうでしょう? 『あの人があそこにいる』ことに対する理由。それを作るためだけの茶番。……違うかしら?」

「ご明察です」僕は微笑み、拍手した。「さすがはシャルロット様」

「誘導してる?」

「まさか」僕はにっこり笑った。【冷静】をかけ直す。「疑い過ぎですよ」

「あなたの場合、疑い過ぎってことはないでしょう」

「僕はあなたの執事です」

「そうよ。私はあなたの主人だから、疑い過ぎかどうかは私が決める問題」

「横暴だなあ。世が世ならパワハラって言われますよ」

「パワ……。なに?」

「軽口です。忘れてください」

「まあいいわ。私が言いたいことは一つよ」


 シャルロット様は僕に顔を寄せた。【冷静】、【冷静】。


「あの人に会わせてちょうだい」

「なぜですか? 捕まえるつもりなら無理ですよ」

「そんなことしないわよ」シャルロット様はムッとして顔をしかめた。「私はただ、お礼が言いたいのよ」

「お礼? 言ってませんでしたっけ?」

「言ったかしら? あまり覚えてないのよね……。あれ、ちょっと待って、どうしてクリムが知ってるのよ?」

「あっ、えっと、言われたって言ってましたよ」

「ふうん……?

 言ったかもしれないけど、あらためて言いたいのよ。ちゃんとね。なんたって命の恩人だもの」


 シャルロット様はさらに詰め寄った。僕は壁際に追い詰められてしまった。


「そ、そうですか」

「だから、クリム、彼を紹介してちょうだい」

「えーっと、あの、彼も忙しいといいますか……」

「主人の頼みでも、聞けないの?」

「こればかりは、聞けませんね」


 シャルロット様は本格的に機嫌を悪くしたようだった。じろっと僕をうらめしそうににらんでいる。でも、こればかりは、ダメだ。非常時ならともかく、緊急事態でもなんでもないときに会うなんて、もってのほかだ。どんなアクシデントで正体がバレるかしれない。

 ここは心を鬼にして断るしかないのだ。


「いくらシャルロット様の頼みでも……」

「私が小さい頃の肖像画、見せてあげましょうか?」

「喜んで紹介しましょう」


 気づいた時にはもう返事をしてしまっていた。僕の即答をきいて、シャルロット様は勝ち誇った笑みをうかべる。僕は嬉しさ半分悔しさ半分で歯噛みした。

 こんなの断れるわけがない。


「ず、ずるいですよ、シャルロット様!」

「じゃあ、やめる?」

「……いつ、連れて来ればいいですか? セッティングします」

「それは、彼の都合のいい日でいいわ」


 シャルロット様は少し髪をいじりながら言った。


「こちらの勝手で呼び立てるわけだし」

「……いつも自分勝手なのに……?」

「なにか言った?」

「わかりました。明後日でいいですか?」

「私の話、聞いてた?」


 シャルロット様はあきれた声を出した。


 こうして、シャルロット様と【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】の密会が明後日に催されることとなった。

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