天国への片道切符
「勇者様のこと、私よく知らないのよね」
お菓子を全て平らげて、紅茶も十分に飲んで、キャリオ様は少し眠そうにそう言った。
「あなたたち、こないだ一緒に迷宮攻略に行ったって聞いたけど、どうなの? どんな人なの、彼」
「うーん、そうねえ」シャルロット様は指を組みかえた。「いいやつ、かしらね」
「いいやつですね」ベル嬢も不服そうにうなずく。
「すごくいいやつですよ」僕はにこやかにうなずいた。
「え、なにそれ……。情報量、ほぼゼロなんだけど……。無いの? もっと他になにか……」
「強いわ」とシャルロット様。
「強いです」とベル嬢。
「すごく強いです」これは僕だ。
「反響するの、やめてくれない?」
そのとき、遠くの方から教会の鐘の音が聞こえてきた。それを聞いて、キャリオ様は力なくテーブルに突っ伏した。すかさずベル嬢がテーブルの上を片付ける。さりげなくかつ、あっという間の仕事で、キャリオ様はそれに気づくことすらなかった。
「はあ……。お仕事いやだああああ。もっとここにいたいよぉ……」
「いればいいじゃない」とシャルロット様。
「あなたがこの幽霊屋敷に住んでるわけがわかるわね」キャリオ様は伸びたまま、手をグーパーしている。「私にその無謀さはないのよ」
「じゃあ、仕事するしかないわね。クリム、キャルの気晴らしのために肩でも揉んであげたら?」
「えっ!?」キャリオ様は飛び起きた。「しっ、執事さんに肩を? そ、それはちょっと……」
「疲れてるんでしょ。凝ってるんでしょ、肩。クリム、肩もみ上手いのよ、おすすめよ?」
「ええ……、でも……」
「キャリオ様、私もおすすめします……!」ベル嬢はやや熱っぽく言った。「執事としてはまだまだですが、マッサージだけは一流、いえ、超一流と言っても過言ではありません」
「ベルがそこまで言うものがこの世に存在したなんて。意外だわ……」
「そうでしょ。私も、ベルに勧められたんだから」
「はい。私が勧めました!」
ベル嬢は得意げに胸をそらせた。それを見て、キャリオ様はちょっと興味をひかれたように頬を緩めた。肩の小鳥をゆっくりと頭の上に乗せる。
「へ、へえ~……。じゃ、じゃあ、お願いしようかしら」
「はい。では……」僕はキャリオ様の後ろに移動した。
「クリム。キャルは初めてなんだから、あんまり飛ばしちゃダメよ」シャルロット様は思い出したように言った。「彼女、この後、仕事もあるんだから、そうね、五分間……。いや、三分間コースくらいの力加減でやってあげて」
「そんなインスタントなコースはありませんが……」
「じゃあ、作りなさい。今すぐ!」ベル嬢は僕の前に割りこみ、通せんぼした。「それくらいでないとダメです。仕事に響きます。キャリオ様をどうするつもりなのですか!」
「マッサージですけど」
「なっ、何? 私、今から何をされるんですか!?」
「ただのマッサージです」僕は微笑んだ。「お二人の冗談ですよ」
「そっ、そうですか……」
キャリオ様はホッとしたように胸をなでおろしたが、シャルロット様はやや緊迫感のある声で叫んだ。
「まずいわ、ベル! このままだとキャルが戻ってこれなくなる!」
「はい、まずいですね」
「香辛料と、お酒をありったけ持ってきなさい! 気付けが必要になるわ!」
「はい! 木の枝も拾ってきます。噛めるように!」
「ナイスアイデアよ、ベル!」
「……ねえ、執事さん、本当に大丈夫? 本当に冗談なの? けっこうマジに見えるんだけど?」
「……」
……。
意識を集中させる。全神経をとぎすませ、キャリオ様の身体と魔力の流れを観察する。どこが悪くて、どこにどう刺激を与えればそれが直るのか、それだけに意識の全てをむける―――。
「執事さん?」
「キャル、観念して。もう彼にあなたの声は聞こえていないわ」
「えっ?」
「相手の魔力の流れと筋肉、筋繊維の一本一本にいたるまで神経をとぎすませて最高のマッサージを提供する、それがクリムのマッサージなのよ」
「ただの肩もみよね!?」
「ばか! なめてると帰ってこれないわよ!」
「そんな危険なら勧めないでよ!」
「あ、クリムが動いたわ。始まるわね」
「えっ!? おっ、おおお、お手柔らかにお願いします!」
***
「起きてください、キャリオ様」僕はキャリオ様の肩をゆさぶった。「お仕事に行かれるのでしょう?」
「ん……」
キャリオ様は目を覚ますと、ゆっくりと伸びをした。
「ふああああ……。あ……、肩が軽い。すごいわね。すっかり疲れがとれたわ。あ、ありがとう、執事さん」
「いえ、お安い御用です、キャリオ様。またいつでもお申し付けください」
「え、ええ、ぜひ、また、お願いするわ」
キャリオ様はきょろきょろと周りを見回した。シャルロット様もベル嬢もここにはいない。
「あれ? 二人は?」
「キャリオ様がお休みになったのを見て、シャルロット様も眠くなったようで仮眠を取られています。ベルさんはベッドメイクに付き添われました。シャルロット様が寝付くまで戻らないかもしれません」
「そう、ですか」
キャリオ様はすこし気まずそうに言葉を切った。そうか。僕とキャリオ様はほぼ初対面なのだ。気まずいのも当然だ。配慮が足りなかった。
「失礼しました。僕は席を外しますね」
「あっ、違うの。そうじゃなくて……」キャリオ様はもじもじと指を合わせた。「ちょっとあなたと二人で話をしたかったから」
「話、ですか」
「そう」
キャリオ様は顔をあげた。目を隠した彼女と、彼女の肩の上の小鳥と目が合う。
「あの時、どうやってこの子の目をあざむいたのか、教えてほしいの」
「……」
あの時。キャリオ様と賭けをした時か。
書斎の前を通りかかったとき、キャリオ様は「そこにシャルロットがいる」と言った。天使がそう言ったからと。それからしばらくして、天使も「消えた」と判断を覆したと。
そのときに何があったのか、何をしたのかを聞いているのだ。
「私もそうだけど、この子もすごく知りたがっていて……。こんなことは初めてだわ。だから―――」
「申し訳ございません、キャリオ様」
僕は深々とお辞儀をした。
「手品師にとって、手品のタネはなによりも大切なものです。たとえお教えする相手が【預言巫女】であり、シャルロット様のご友人である、キャリオ様であろうと、……天使様であろうと、お教えすることはできません」
「……そうですか」キャリオ様はちょっぴり残念そうに笑った。「仕方ないですね。顔を上げてください。大丈夫です。私は―――」
不意にキャリオ様は言葉を途切れさせた。そのまま黙ってしまう。
僕は不審に思って顔をあげた。「キャリオ様?」
『我らの問いに答えよ、人間』
キャリオ様は目隠しをゆっくりとむしり取った。
彼女の白く病んだ瞳孔が僕を見ている。
キャリオ様と小鳥が同時に瞬きをする。
『命が惜しくなければな』




