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忘却の彼方

 最後にミスが無いか確認したのに、想定外の事態が起こった。誰も【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】という名前を覚えていなかったのだ。


「サイレント坊ちゃん」とシャルロット様。

「サイレントアーチャー」とレオンハルト様。

「サイレントポーチ」とベル嬢。

「……」


 各々好き勝手なうろ覚えの名前を口にするのを、僕は黙って聞いていた。僕がどれほど「サイレントポーチャーだよ!」と叫びたかったか、わかるだろうか。寝ぼけながら子守唄代わりに聞こえていた彼らの会話が、しりとりするかのように和気あいあいと楽しそうにしていた彼らのブレインストーミングのお題目が、僕の名前だとわかった時の絶望が。

 わかるだろうか。


「クリムはどう?」シャルロット様が息を切らしながら聞いてきた。「聞き覚えあったりする?」

「ええと……、残念ながら……」


 僕は複雑な気分だった。名前を覚えてもらえなかったのは純粋につらい。悲しい。しかし、同時に天にも昇るほど嬉しかった。いままさに自分はシャルロット様におんぶされているからだ。


「大丈夫? 痛いところはない?」シャルロット様は僕を背負い直した。額を汗が一筋つたう。「おんぶがつらかったら言ってね」


 嬉しい。嬉しくてつらい。


 あの怪物がいた洞窟は高レベルの魔力が漂っている危険地帯だ。迷宮の主の座を虎視眈々と狙う魔物は少なくない。実際、怪物がいなくなったことであちこちで新たな魔物の発芽が始まっており、すぐにでも移動する必要があったという。

 しかし、僕は気絶していた。だから手がふさがっていても戦えるシャルロット様が僕をおんぶしてくれているのだ。


「叫んでもいいですか?」

「耳が痛くなるからダメ」

「じゃ、じゃあ、下ろしてください。大丈夫ですから」

「ダメ。安全なところまで行ってからちゃんと見てあげるから。それまではダメ」

「ぐぅうううっ……!」

「本当につらそうなの、面白いわねえ」


 シャルロット様はにこやかに言った。

 僕はもう、元々おかしかった情緒が余計におかしくなりそうだった。


 レベル2の領域まで戻り、ケガがないことを確認して、僕はシャルロット様の背中から下ろされた。シャルロット様はなぜかノリノリだったが、いつまでもおんぶされているのは色々な意味でつらいし、罪悪感もすごい。ベル嬢の視線だって強くなる一方だ。雛鳥がいつか巣立つのと同じ。いつまでも居座ってはいられないのだ。


 ちなみに【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】という呼び名だが、ついに正解は出てこなかった。なぜだ。【密猟者ポーチャー】だと認識はしていたみたいなのに……。

 代わりにつけられたのはシャルロット様の思いついた【おしゃべりな仮面の人サイレントトーカー】になった。もはや原形をとどめていない。おしゃべりって……。でも、シャルロット様が名付け親になってくれたと思うと嬉しい。いっそ【おしゃべりな仮面の人サイレントトーカー】でもいいかもしれない。


 僕はシャルロット様たちが【おしゃべりな仮面の人】について好き勝手に話すのを聞いていた。謎のクールなアウトロー、という印象を与えられなかったのは残念だが、なんだか思ったより悪い印象を持たれなかった。

「【遺物レリック】を取るためだって言ってたけど、本当は助けに来てくれたんじゃないかしら?」とか、「きっとあいつは家族思いだ」とか、「シャルロット様の窮地を救ったことは称賛に値します」とか。

 正直ちょっと……、いやかなり嬉しかった。なんだか好印象すぎて「本当は正体に気づいているんじゃないだろうか?」とすら思うほどだった。みんなも案外ああいう中二病的なノリが好きなのかもしれない。



 ***



「あああああ! シャルロット様あああああ!」


 新鮮だ。

 真新しい体験である。僕じゃない誰かがシャルロット様をたたえて叫び声を上げている姿を見るのは。


「良かったですね」ベル嬢が耳打ちしてきた。「あなたの同類ですよ」

「ははは……」


 僕は、シャルロット様が町長と握手を交わすのをながめながら苦笑した。

 僕たちはどうにか【暴走する生命(フレンジドプランツ)】から生還し、ブレッドの町まで戻ってきた。僕たちの帰還を聞いて、転がり出るように家から出てきた町長に討伐の報告をすると、町長は涙を流して感謝しはじめた、という次第である。


「落ち着いてください、町長。落ち着いて……」

「うおおおおお! おおおおお!

 シャルロット様万歳! シャルロット様万歳!

 シャルロット様万歳! シャルロット様万歳ぃいいいいい!」


 ダメだこりゃ。


 僕たちは全員で苦笑を漏らした。

 最後はなんだか締まりのない感じになってしまったけれど。まあ、何はともあれ、こうして僕たちの前日譚エピソードゼロは幕を閉じたのだった……。



 ***



「あら。どうしたの、エル?」


 一人の少女が声をあげた。開いていた本を閉じ、落ち着かない様子で飛び回っている小鳥に話しかけている。

 彼女は目元に白い布を巻いていた。


「何かがおかしい? 何かってなあに?

 あなたに見通せないものなんてこの世界には無いでしょう?」


 少女は微笑んで片手を差し出した。


「おいで。……よしよし、いい子ね」


 少女が小鳥をなでていると、部屋の扉をノックする音がした。どうぞ、と答えると司祭が扉を開けた。


「巫女様、お時間です」

「あらそう」少女は唇をとがらせて小鳥を肩に乗せた。「行きましょうか、エル。また後で聞かせてね」

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