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沈黙の仮面

『お前は誰だ』


 そう言ってから、間違えた、と思った。そんなことを聞いてどうする。そんなこと言う設定じゃなかっただろ。


 それにしてもやはり、シャルロット様は美しい。じっと見ていると脳のリソースがごりごりと鑑賞に消費されていくのを感じる。危なかった。【冷静沈着マインドチューニング】を自動化したのは正解だった。とても自分で使用するような余裕はない。思考力をマックスまで消費して動けなくなっていたに違いない。やはり魔力を消費してでも使う価値はあった。なによりシャルロット様を直接、この目で、見られる効果は大きい……。


「シャルロット・ローズロール……です」


 シャルロット様は上の空で言った。

 僕は腕組みして偉そうに返答した。


『そうか。大層な名前だな』


 もちろんシャルロット様がシャルロット様であることなど、知っている。当然知っていた。なぜなら、シャルロット様の目の前に立っている謎の仮面の男はこの僕、シャルロット様の永遠の執事、クリム・ホワイトなのだから。



 シャルロット様の生存ルートを模索するにあたって、最初に必要になると思ったのは、強さだった。極端な話、レオンハルト様や他の敵対者を合わせたより強ければ、シャルロット様を守れるだろう。

 例え話だ。本気で思っているわけではない。現実はそれほど甘くないし、それほど単純でもない。僕にはレオンハルト様ほどの体術と魔術の才能はなく、単なる強さだけでシャルロット様が幸せになる未来が手に入るわけでもない。けれど、ギリギリの場面で、僕自身の手でシャルロット様を守れるかどうかはやはり重要だと思ったのだ。

 そして、その選択は間違っていなかった。今、この瞬間に、シャルロット様を守れたのだから。



 シャルロット様はぽかんとした表情をうかべている。

 まあ、当然だろう。一度に色々ありすぎて、さすがのシャルロット様でも混乱しているとみえる。彼女が落ち着くまで、想定質問を考えておくか。


 Q.僕が何者か?

 Q.僕の使用した魔術は何か?

 Q.目的は何か? どこから来たのか?

 Q.なぜ助けたのか?


 こんなものか。回答はこうだな。


 A.ただの【密猟者ポーチャー】だ。

 A.ノーコメント。

 A.この魔物を倒して【遺物レリック】を奪いに来た。

 A.気まぐれ。


 よし。完璧だ。

 シャルロット様が口を開く。

 さあこい。なんでも答えてやる。


「クリムは……、彼は、無事ですか?」

『え?』

「え?」

『いや、なんでもない。あいつか』


 僕は後ろを振り返った。【人形ドール】の足が見える。


『心配なら、あとで【治癒ヒール】でもかけてやればいい』

「生きているのですね!?」

『さあな。首と胴はつながっていたさ』


 僕は適当に肩をすくめた。

 想定していた質問がこなくて、本当に肩透かしだ。正体がバレないように色々考えて準備したのに、どうも披露する機会はないらしい。心配されたのは、嬉しかったが。


 背後で怪物が起き上がった。

 ああ、そういえばゲームでの名前を思い出した。

 ヘッジホッグ。ハリネズミという意味だ。

 このウニ型の第二形態が由来だろう。


『俺はヘッジホッグに用がある。もらうぞ。文句ないな?』

「ありません。感謝します」

『ふん。感謝なら神にでもするんだな』


 神は神でも、地球の神様にね。この世界の神はシャルロット様を見捨ててるらしいからダメだ。

 僕は怪物ヘッジホッグに詰めよった。


『悪いんだが、俺に見つかったのが不運と思って死んでくれ』


 攻撃のために伸ばしてきたツルの一本をつかみ、ハンマー投げの要領で壁に叩きつける。【強化ハイパワー】はまだ発動中だ。

 怪物は半狂乱でツルをメチャクチャに振り回してきた。僕はそれを避けて本体に手が届く位置に立ち、殴打した。だいたい百回くらい殴ったところで、【支援妖精アルテミス】の声がした。気づけばツルの半数近くは切れて、足元に落ちていた。


ご主人様(マスター)、レベル4魔術、【火炎舞踏会イグナイト】の行使前提が整いました。行使しますか。……受理しました。魔術の行使に移行します』


 これで僕の仕事は終わった。あとはもう【支援妖精】が勝手にやってくれる。僕は懐中時計をとりだした。残り時間を確認する。……まあ、こんなものか。やはりオーバーしそうだな。


 懐中時計を閉じた。怪物はすでに黒焦げになっている。魔力の反応もない。僕は【支援妖精】に命令してほとんど全ての【自動魔術オートマジック】を切った。節約しなければ。


 僕は怪物に近づいて腕をつっこみ、中身をかき回す「フリ」をした。僕は「謎の密猟者」の線でいくと決めていた。だから、なにかこう、意味深な行動をしておく必要があったのだ。なぜ、こんな設定にしたのか? いくつか理由はあるが、最終的にはただの趣味という結論になる。こんなこと、真面目にやれる機会なんて滅多にない。理由としてはそれで十分だろう。


 僕は怪物に手を突っ込んだまま、インベントリから球体の【遺物レリック】を取り出した。こうすれば怪物の体内から【遺物】が出てきたように見えるだろう。なんとなく意味深だ。意味なんかないが。


 シャルロット様を振りかえると、「なにをしているんだ?」という目で僕を見ていた。よしよし。いいぞ。狙い通りだ。これでよもや僕がクリム・ホワイトと同一人物だなどと疑ったりはしないだろう。


「あなたは……何者なんですか?」


 僕は仮面マスクの下でほくそ笑んだ。まさに聞いて欲しい質問だった。


『俺が何者か? そうだな……。【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】とでも名乗っておこうか……』

「【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】……」


 シャルロット様が復唱する。憧れの人が、僕が一生懸命考えたキャラの呼び名を声に出している。なんだかむずがゆいような、至福の瞬間だった。

 次の一言までは。


「どういう意味ですか?」

『え』

「ですから、どういう……」

『だから、沈黙の……、口を開かない、密猟者って意味だ……』

「しゃべってるじゃないですか」

『口は開いていない。呪われてて、しゃべれないんだ』

「しゃべってるじゃないですか」

『これは、魔術で音声を出しているだけだ。しゃべってない』

「やっぱり、しゃべってるじゃないですか」

『ぐっ……。まあ、そういうとらえ方もあることは認めよう。だが、とにかく、俺は【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】だ。忘れるなよ』

「……はい」


 シャルロット様はなんだかぼうっとした声で返事をした。

 なんだか不安は残るけどまあいいか。用は済んだ。怪物は倒して、シャルロット様は無事だ。これでいい。後は、いかにして退場するかだが……。



「シャルロット様ーーーっ! ご無事ですか!」


 振り返ると、レオンハルト様とベル嬢がこちらへ走ってくるのが見えた。僕は内心ガッツポーズをした。ナイスタイミングだ。


「待て、ベル! 誰かいる!」レオンハルト様が叫び、剣をむけた。「何者だ!」


 さすがレオンハルト様だ。素晴らしい反応。満点をあげてもいい。時間がなくて答えてやれないのが残念だ。


『やあ、どうも、勇者様』

「俺を知っているのか」

『悪いが、俺は二度も名乗る趣味はない。俺の名前なら、そこの大層な名前の女にでも聞くんだな』

「お名前、なんでしたっけ?」シャルロット様がぼんやりとした声で言った。「忘れてしまいました。もう一度お願いします」

『【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】だ! 忘れるな、これくらい!』

「【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】?」レオンハルト様は首をかしげた。「どういう意味だ?」

『クソが! どいつもこいつも! 俺は帰る! そこをどけ!』

「ダメだ。何者か、じっくり話をさせてもらう」

『……へえ』


 僕は、足元に倒れていた自分の姿の【人形】の胸倉をつかんで持ち上げ、腰のあたりでかついだ。顔を見られると具合が悪いからだ。【人形】の顔はよ~く見れば本人ではないとバレてしまう。大丈夫だとは思うが、万一ということもある。隠すのが無難だ。

 人質をとった僕をみて、レオンハルト様は叫んだ。


「人質だと! 卑怯だぞ!」

『【密猟者】に卑怯もクソもあるか。安心しろ。お前らが何もしなけりゃ、殺したりしないさ。俺は帰りたいだけなんだからな』

「……」


 レオンハルト様が黙っていると、シャルロット様が言った。


「レオンハルト様、構いません。その人を通してあげてください」

「いいのですか?」

「構いません。その方は私たちの命を救って下さった恩人です。恩人を問い詰めるような真似をしてほしくありません。言葉通りクリムのことも殺したりはしないでしょう。その機会ならいくらでもありましたから」

「……」レオンハルト様はそれでも少し迷っていたが、剣をおさめた。「恩人とは知らなかった。すまない」

『勇者様に頭を下げられるなんてな。家族に自慢できるぜ』


 僕はヘッジホッグの死体をはさんで、レオンハルト様の反対側の道をゆっくりと進んだ。入れ替わりにレオンハルト様とベル嬢はシャルロット様に近づいていく。

 僕はレオンハルト様たちと見つめ合ったまま、道の根元まで戻った。ここならレオンハルト様たちから見えない。


 急がなければ。早くしないとシャルロット様たちが来てしまう。

 僕は物陰に隠れ、すぐさま【人形ドール】をインベントリに収納した。【支援妖精】に命令して、【沈黙の仮面(サイレントマスク)】の呪いを中和。仮面を外し、インベントリに入れる。その他、余計なものもインベントリに全部突っ込んだ。

 懐中時計をひっぱり出す。「おやすみ、アルテミス」僕は時計の針を止めた。残り約ニ十分。やばい。貯金が少なすぎる。しばらくは節約しないと……。


 ため息をついて、いつものアイマスクを装着した。そこらの水浸しの地面に横になり、無造作に投げ捨てられたかのような姿勢を取りつつ、できるだけ寝心地のいい場所を探す。最後に忘れていることやミスがないかを思い返す。

 大丈夫。たぶん、無いはずだ。


「【気絶スタン】」


 僕は自分に魔術をかけ、意識を手放した。あとはシャルロット様たちに見つけてもらうのを待つとしよう。

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