衝撃に備えて
どうやって私の正体を見破ったの?
シャルロット様の問いに、僕は内心狂喜した。
きっと彼女はこの問いをずっと持っていてくれた。
僕にぶつけるタイミングをずっとはかっていた。そして、僕が疲れ切ったタイミングで唐突にぶつけたのだ。
嬉しい。
憧れの存在がここまで僕のことを考えていてくれたのだから、嬉しくないはずがない。僕はもう脳が凍りつくほど【冷静】をかけにかけた。
「僕は目がいいんです」
けれど残念ながら、その質問は想定済みだった。
当然だろう。シャルロット様以外ならいざ知らず、シャルロット様がその質問をしない、なんてことは僕には考えられない。
僕は転生者なんです、などと答えるわけにはいかない。
当然、返答は用意してあった。
「昔はよかったんです。呪われる前は。その時に遠くからシャルロット様をお見かけして、覚えていたんです。シャルロット様は僕の憧れでしたから」
「あら嬉しい」シャルロット様が紅茶を飲む。「遠くから見かけたっていつのことかしら。私、あの頃は出かけた覚えが無いのだけれど」
「十年前の九月です」
僕はよどみなく答えた。想定通りの質問だった。
「皇弟殿下の凱旋で殿下の背中にしがみついておられましたね」
「調べたの?」
「見たんです」
「こんなに疑われて、腹を立てないの?」
「こんなに疑われて、光栄の至りです」
「ああ、つまんない!」
シャルロット様は大げさにため息をついた。言葉とは裏腹に実に楽しそうだ。せっかく仕掛けたイタズラを見抜かれて全てかわされた子供のような反応だった。
「もっと慌てると思ったのに。間者だったら一番よかったわ。それが一番スリリングだもの。私と勇者様の目の前で正体を明らかにされたクリム君がどんな行動に出るのか。見てみたかったのに」
楽し気に笑うシャルロット様だったが、レオンハルト様とベル嬢は明らかにそう思ってはいないようだった。僕はちょっとだけわかるけど。
「本当に彼がスパイだったらどうするつもりだったんですか!」ベル嬢が僕の方を、いや頬を指さして言った。痛い。「こいつは勇者様も倒しているんですよ!」
「武器無し、魔術なし、の勇者様ですけどね」
僕は口をはさんだ。どうも彼女たちの中で僕の評価が高くなりすぎている気がする。隙があったら補正しなければ。
「いいや、俺の完敗だった!」
レオンハルト様は腕組みして断言した。なぜだ。
「あの条件なら余裕で勝てるはずだったのに、俺は負けた! それが全てだ!」
「話がそれています」ベル嬢が顔をしかめる。「シャルロット様は勝手な行動が多すぎます。もう少し私たちに歩調を合わせてください。心臓がもちません」
「あら、ベルがそんなこと言うなんて。まだ私に慣れてくれてないの?」
「凡人には難しい注文です」
「クリム君はついてきてくれそうだけど?」
「彼は凡人ではありませんから」
ベル嬢は即座に言った。その口調は褒めているというよりも突き放している、と言った方がしっくりくる。どちらかといえば「こいつは宇宙人です」と同義だろう。
「ふふふ」シャルロット様は微笑んだ。「どちらにせよ、これであなたは正式に、本当に、我が家の一員よ」
「ひょっとして、今のは試験だったのですか?」
「そうよ」
シャルロット様は紅茶を飲みほして、クッキーを細い指で一枚つまんだ。そのまま僕に差し出す。
「よろしくね、クリム君。
いつか君のこと、暴いてみせるから」
僕はシャルロット様から受け取ったクッキーを噛まずに飲み込み、シャルロット様はそれを見て目を丸くした。
***
休憩を終えた僕たちは標的の追跡を再開した。標的というのは例のつまみ食いの魔物のことだ。残している魔力の痕跡の濃さから、僕たちはこいつが今回探している魔物だと断定した。
このシナリオがどういうものか、僕はもうあまり気にならなくなっていた。休憩したのにちっとも考えることはできなかったし、なにかを思い出したわけでもない。
ただ、割り切っただけだ。シナリオを思い出しているに越したことはないが、思い出せないものは仕方がない、と。
比較的広い部屋に出た。部屋の真ん中に立って、レオンハルト様は笑う。
「迷宮の中でこんな広い部屋にいると、不安になるな」
「あら、どうしてですか?」シャルロット様が尋ねる。「広々として落ち着きますけど」
「シャルロット様は豪胆ですね……。迷宮は魔物の巣ですから。魔物を倒したわけでもないのに、一体も魔物がいない部屋っていうのは、どうもね。居心地悪いですよ。なにかあるんじゃないかって」
「標的が通ったからでしょう? 手当たり次第に食べてるのね」
「頭じゃわかってるんですが、どうもね。感覚的にこの部屋は好きじゃないな」
「非理論的な妄言は放っておいて、進みましょう」ベル嬢はレオンハルト様の顔を見ながら言った。「クリム・ホワイト、どちらですか?」
僕は一瞬、躊躇した。
この部屋には出入り口が四つあった。
前後左右に一つずつ。
後ろが入ってきた道で、左手は崩れている。
実質、前と右の二択だった。
さて、標的の通った痕跡だが、面倒なことに左手に残っていた。この部屋は広いが出入り口は小さい。おそらく出るときに力づくで道を壊して出て行ったのだろう。そのときに天井が崩れてしまったのだ。
なによりも厄介なのが、その足元の床だ。一見おかしなところはないが、空間把握で見れば、この床の下は空洞になっている。通ったくらいでは崩れないが、あまり手荒なことをすれば崩れるだろう。そう。シャルロット様がさっきやったように壁をむりやり壊す、などといった芸当だ。
要するに、崩れた左側をどうにか通ろうとすると、床が崩れて真っ逆さま、というわけだ。
仕方ない。迂回しよう。正面の道を左寄りに進めば、そのうち合流できるだろう。
「正面です」僕は正面の出口を指さした。「正面が一番いい」
ベル嬢はうなずいた。レオンハルト様が足を進め、通路に入っていく。僕も続いた。意識を集中させる。通路の奥に左へ曲がる道が三つある。どれを通るのが一番近道になるだろう。魔物がいない通路がきっと標的が通った通路に違いない―――。
「どうなさいましたか、シャルロット様?」
ベル嬢が足を止めた。僕は嫌な予感が首筋をかすめるのを感じた。
振り返ると、ベル嬢はまだ部屋にいた。シャルロット様がいると思しき方を向いている。僕は空間把握でシャルロット様が、例のふさがった道の前に立っていることを知った。
「ねーえ、クリム君」
シャルロット様のイタズラっぽい声が聞こえてきた。僕には、彼女が何を言うのかわかる気がした。
「本当は標的はここを曲がったんでしょう? いくら私に魔術で―――」
「っ!」
僕はシャルロット様の言葉を全て聞く前に、返事をするより先に、踵を返した。
部屋へ向かって。
シャルロット様に少しでも近づくために。
ベル嬢が僕の様子に気づいて、表情を変える。
僕はまだ通路にいる。
「―――手荒なことして欲しくないからって―――」
その瞬間、シャルロット様は道をふさいでいる瓦礫に魔術で力を加えはじめた。
僕は叫んだ。
「ダメです、シャルロット様!」
叫んだが、それこそ無駄だと思っていた。根拠はない。勘だ。ただの勘。ぼんやりと残るゲーマーの記憶。十年間見続けてきたシャルロット様への理解の結晶。それに基づく推論。
「大丈夫よ。天井が崩れたら、押し上げれば―――」
僕が部屋に足を踏み入れた瞬間、シャルロット様の足元の床が均衡を失った。魔術により過剰な負荷がかかり、ついに床をその場所にあらしめていた最後の支えが、砕けたのだ。
シャルロット様がどういう表情をうかべているのか。見えなくても、僕には手に取るようにわかった。
落ちていく。
目の前で、落ちていく。
糸の切れたマリオネットのよう。
シャルロット様は魔力はあるが、とっさの反応は速くない。
穴は深いから、底にたどり着くまでに冷静さを取り戻して魔術を使えるだろうか。
無理だ。
シャルロット様は意外と臆病だ。だから、ここで助けなきゃ、ダメなんだ。
……いや、これは意味のない思考というやつだな。
僕は、深い穴の底へ飛び降りながら苦笑した。
もう飛び降りているのに、助けることの是非を考えていたことが可笑しかった。
僕は壁を蹴って、走って、シャルロット様に追いついた。
「失礼」
「……っ!」
僕がシャルロット様を抱えると、彼女は声を出さずに身をこわばらせた。
僕は真下へむけ、手を差し出した。
「【防壁】!」
魔術を行使して【防壁】を最大距離で展開する。
今の僕にできることといったら、これくらいしかなかった。
「【防壁】!
【防壁】、【防壁】!!
【防壁】、【防壁】、……【防壁】!!!」
僕にできるのは、せいぜい数に物を言わせることくらい。
全部で七つの【防壁】を展開した。僕が非活性にしている【防壁】全てだ。
「すごい……」
シャルロット様がつぶやいた気がした。
「歯を食いしばってください」僕は言った。
「え?」とシャルロット様。
「衝撃がきます」
「っ!」
シャルロット様がきつく目をつぶる。
シャルロット様に強く抱きしめられる。
身体が吹き飛びそうになるほどの衝撃がきた。
もちろん精神的なやつではない。
物理的なやつだ。




