サブシナリオ
魔物が壁に残した痕跡を見つけて、しばらくして僕はうっすらと、思い出しはじめていた。
この迷宮のことを。
このシナリオのことを。
まだゲームの開始時点ではないからと油断していた。ここはサブストーリーで探索した迷宮だ。なんとなく見覚えのある迷宮だとは思っていたのだが、てっきりストーリーと関係なく入ったのだとばかり思っていた。
だが、あの痕跡にもハッキリ見覚え―――既視感があった。つまり、僕たちの任務はゲームの中に実装されていたシナリオ、だということ。そして僕は何度もプレイしたということだ。
このシナリオはなんだ?
どういうエピソードだ?
ここでいったい何が起ころうとしている……?
「おい、クリム、大丈夫か?」
レオンハルト様が目の前で手を振っていた。僕ははっとした。
「は、はい、大丈夫です」
「疲れたのか? 索敵はお前に頼ってるけどな、疲れたなら言ってくれよ。休むから」
「……」
僕はちょっと考えた。
疲れているわけではない。ないが、考える時間がほしいのも事実だ。純粋に思考を巡らせたいし、注意散漫ではパーティを危険にさらすだけだ。ここは恥を忍んで休ませてもらおう。
「すみません、実は少し休憩したいです」
「おう、わかった」
レオンハルト様はがしっと肩をつかんで揺さぶった。乱暴な感じはしない。むしろ力強くて頼りになる感じだ。
けれど、ここは通路のど真ん中だ。小部屋も見当たらない。ずいぶん半端な場所で休憩させてしまったな、と思っていると、
「えいっ」シャルロット様のかけ声が聞こえたかと思うと、迷宮の壁がごりごりと崩れていった。あっという間に原始的な洞穴が遺跡の中に誕生した。唖然とする僕たちの前でシャルロット様は微笑んだ。
「この中で休みましょう」
「シャ、シャルロット様……」
最初に沈黙を破ったのはベル嬢だった。
「あの、わかってますか? ここは遺跡です。地下遺跡ですよ?」
「ええ、知っていますわ。もちろん」
「壁を崩したりしたら、天井が崩れるかもしれないんですよ!?」
「平気よ。そのときは魔術で天井を押し上げるから!」
「いや、そういうことじゃなくてですね、シャルロット様……」
「話は中で聞くわ」
シャルロット様は「お説教はうんざり」と言わんばかりにさっさと小部屋の中に入ってしまった。僕たちは顔を見合わせて恐る恐る小部屋の中に足を踏み入れた。……ある意味、この迷宮に入ってから一番身の危険を感じたかもしれない。
「さあさあ、座って座って」シャルロット様は魔術で作った椅子をすすめた。「疲れたでしょう、クリム君」
「え、でも、僕は執事ですから……」
「だったら主人である私の言うことは聞かないといけないわよね?」
「は、はいっ」
僕があわてて椅子に座ると、シャルロット様はくすくすと笑った。間髪入れず、僕の目の前にティーカップが差し出される。見上げると、ベル嬢が紅茶を淹れてくれていた。「いつの間に用意したんだ?」と内心で驚いていると、ベル嬢は勝ち誇ったような笑みを見せ、レオンハルト様の紅茶を注いだ。もちろんシャルロット様の紅茶は最初に注がれている。
「そういえばクリム君とちゃんとお話しするの、初めてよね」
シャルロット様はクッキーをかじりながら言った。本来貴族のご令嬢は扇で隠すものらしいが、今シャルロット様は隠さずに食べている。
「お行儀が悪いですよ」ベル嬢がたしなめるように言った。彼女はすでに給仕を終えてテーブルに座っていた。
「いいじゃない。みんなしかいないんだもの。
……ねえ、聞いてもいいかしら?」
シャルロット様は身を乗り出してきた。目がきらきらしている。僕はあわてて自分に【冷静】をかけた。
「私と初めて会った日のこと、覚えてる?」
「ええ、覚えています。あの時はお世話になりました」
「あの泣いていた子はお元気かしら? クリム君の婚約者よね?」
「よくご存じで」僕は微笑んだ。「スクエラは元気ですよ。一昨日、会いました。二年ぶりに」
「二年ぶり? ずいぶんと会っていなかったのね」
「彼女には色々あったので……」
「婚約者ならちゃんと彼女を幸せにしてあげなきゃダメよ?」
シャルロット様は紅茶を飲みながら、上目遣いに僕を見た。
「クリム君、逃げているんじゃないの?」
「シャルロット様に隠し事はできませんね」
「ふふふ、私に隠し事なんて百年早いわ……。
君、私のことを見張っている間者かなにかなの?」
僕は一瞬、シャルロット様が何を言っているのか理解できなかった。間者という単語がとっさに何を意味するか思い出せなかった。
僕はどうやら、かなり間抜けな顔をしていたらしい。次の瞬間、シャルロット様は笑い転げていた。
「あははははは! ごめんごめん、冗談冗談!
あははははは! いやあ、ごめんね。いい顔をみせてもらったわ。ありがとう」
シャルロット様はいつもの微笑みに戻って紅茶を一口飲んだ。
「ごめんね。最初に会った時、私のことをすぐに見破ったでしょ? だからずっと気になってたの。ずっと。君は何者なんだろうって。会ったことないはずなのに、私とベルの変装を見破るなんてただものじゃないもの」
僕は黙っていた。
シャルロット様は僕の顔をじっと見つめながら、クッキーをかじった。
「ねえ、どうやって私の正体を見破ったの?」




