魔力濃度レベル2
迷宮において、物理的な階層には対して意味はない。迷宮における脅威とはつまるところ生息する魔物である。それを決めるのは物理的な深さではない。
魔力だ。
魔力の濃さこそが迷宮における脅威の目安である。
魔力が濃ければ濃いほど高いエネルギーが集まっている。
エネルギーが多い場所には生命が集まる。集まった生命を狩ってより効率的にエネルギーを得ようとする者が集まる。
だから魔力が濃くなるほど魔物が多くなる。強力で、陰険で、執念深く、辛抱強く、生存競争を勝ち抜いてきている連中だ。
とはいえ、まだまだレベル2は本当に怖い領域というわけではない。ここまでにちらほらいた小さな食肉植物たちが大きくなる程度。根の張った植物が歩けるようになったりはしない。そういうのはもっと高レベルの迷宮からだ。
しかし、大きくなる程度とは言うものの、さっきまでは最大でもひざ丈くらいだったのに、いきなり自分の身長より大きなサイズの植物がごろごろしているのだから、けっこう怖い。
そして、小さな植物魔物もバカにできない。さっきのレオンハルト様が引っかかったように、物陰に潜んでいて近づくと罠のようにツルを伸ばしてきたり、タネをぶつけてきたりするのだ。これはこれで怖い。
レベル1は入口のようなものだ。誰でも入っておこぼれにあずかることができる玄関口。だから、この迷宮の主役ではない動物系がうろうろしていたり、あまり魔力を必要としない小さな植物系がちょこんと生えていたりしたわけだ。
レベル2からが本命。生存競争を勝ち抜く覇者の領域なのだ。
要するに、レベル2は「油断すると致命的に痛い目をみる」と言えるだろう。
***
レベル2の領域に踏み込んで、動物系が減って植物系が増えた。その結果、レオンハルト様とベル嬢の仕事が減り、僕とシャルロット様の仕事が増えた。
ベル嬢の索敵能力は聴覚によるところが大きい。これは背後から近づく敵に気づく上で便利だが、潜んでいる植物にはあまり有効ではない。
その点、僕の空間把握の索敵は効果的だった。なにせ石と魔物の選別をすればいいだけなのだ。要は石じゃない部分があったらそれは魔物、ということ。
僕の仕事はサブタンクから偵察にゆるやかにシフトして、魔物がいる位置を指さしてシャルロット様に伝えるのが主な仕事になっていた。
「君の気持がわかったよ」とレオンハルト様は苦笑していた。僕が「そうでしょう?」とにんまりと笑ってやったところ、即座に鼻をつままれた。レオンハルト様だけではない。「生意気ですね」とベル嬢にもつままれてしまった。
シャルロット様はそんな僕たちをみつめて、ちょっと離れたところで穏やかに微笑んでいた。そんな素振りは一切見せなかったが、疲れているのだ。
僕は最初「シャルロット様の魔力量なら迷宮中の魔物を殲滅するくらいわけないだろう」などと愚かにも思っていたが、とんでもない。この迷宮の中の魔物は予想よりはるかに多かった。だいたい、迷宮自体がかなり広い。地図があってよかった。なければ体力も魔力もとても持たなかっただろう。
僕がそんな風に思っていたところ、分かれ道に出くわした。
右の道は今まで通り、魔物が多い道。
左の道はなんだか荒れていて、暗く、魔物が少なそうな道だった。
「右だな」とレオンハルト様は地図を一瞥して言った。「最深部への近道は右だ」
「待ってください」
僕は右へ進みかけたみんなを呼び止めた。みんなが驚いたように僕を見る。
「どうしたんだ?」レオンハルト様が言った。「なにか気になるのか?」
「左が気になります。少し見てきても?」
「ああ。もちろん」
「ありがとうございます」
僕は慎重に左の道へ近づいた。
左側が暗く、見通しが悪いのが気になっていた。ここでの「暗い」とは明るい暗いの話ではない。魔術の話だ。僕はたしかに光学的な明暗も認識しているが、空間把握、つまり魔力でも『視界』を得ている。その『視界』が「暗い」と感じた。つまり、魔術的な要素で、魔力反射が阻害されているということだ。
それはなにも「害意のある人間が潜んでいる」という意味じゃない。
魔物だって魔術を使う。人間の使うような魔術ではない。クモが巣を張るような、本能的で、原始的で、洗練された魔術だ。高レベルの魔物ほど巧妙な魔術を使う。そしてその魔術の痕跡は残るものだ。
足跡のように。
僕は左の道へ入った。
この道の「暗がり」は薄い。完全に見えないほどじゃない。だから、ここに魔物がいないことはわかっている。僕は少しずつ奥へ進みながら、道の様子を確かめた。
あちこちに引きずったような跡がある。引っ掻いたような、線状の跡もあった。そして、この道の突き当りにより一層濃い「暗がり」を見た。
「どうした?」レオンハルト様がすぐ後ろで声をかけた。「なにが見えている?」
「強力な魔物がこの先を通っています」僕は突き当りの「暗がり」を指さした。「そいつがこの道の魔物たちをつまみ食いしていったんです。ツルを伸ばして……」
「なるほど……」
レオンハルト様は壁や天井を見渡して言った。
「こっちが正解か。それにしても、移動しながら物を食べるなんて、行儀の悪いやつだな」
僕はレオンハルト様の顔をまじまじと見つめた。
「どうした、クリム?」
「レオンハルト様がそれを言いますか?」




