シャルロット様の盾
僕がシャルロット様の盾だ。
そう息巻いてから早一時間。
少しずつ息が上がっていく仲間たちに囲まれて、気づく。
……僕の仕事、無くね?
そう。僕の役目はサブタンク。つまり、レオンハルト様が防ぎ損ねた敵の突撃を防ぐこと……なのだが、そもそも突撃してくるような敵が少ない。ここは植物系の迷宮だから。加えて、レオンハルト様は歴戦の【狩人】だ。どうもこれくらいの敵の量ならタンクも完璧にこなしてしまうらしい。ミスらしいミスもなく、僕に役が回ってくることなど数えるほどだった。
例えば魔物が二体突撃してくるパターン。二体突撃という、前提からしてもうすでにレアケースだ。その大きい方をレオンハルト様が止め、僕はどう表現すればいいだろう、こう一抱えくらいのうりぼうみたいなのを止める、ようなことが多い。
【防壁】でそのうりぼうを止めたら止めたで、「こいつを仕留めるくらい僕がやるか」とナイフに手を伸ばすのだが、その前に肩越しにスッと杖が伸びてくる。シャルロット様の「動かないで、クリム君」というささやきと同時に閃光が走り、目を落とすとうりぼうが黒焦げになっている。
こんなことが四回くらい、あった。一時間で四回。僕が【防壁】を展開した回数も四回。
僕、必要ないのでは……?
そう思って肩を落としていると、レオンハルト様に肩をたたかれた。清々しく汗をかき、グッと力強くサムズアップしている。
「感謝するぞ、クリム。お前がいてくれてよかった」
僕は苦笑した。
「ありがとうございます。もうちょっとお役にたてればいいのですが……」
「ははは! なに言ってるんだ、ヘンな奴だな!」
なにがおかしいのか、レオンハルト様は僕の背中をばしばし叩いた。
「君がいるから俺は安心して前だけ見てられるんだぜ。君がいなかったらもっとずっときつかった」
「でも、僕、四回しか……」
「四回? あれ? 俺が漏らしたのって四回だけか?」
「ええ……」
「そうか。俺もなかなかやるなあ。タンクの素質もあるのかもしれん」
「……」
「おっと、すまん。君の話だったな」
レオンハルト様は僕の肩をたたいた。少し力が弱くなっている。調整してくれたのか。
「うまく言えんが、君がいてくれて俺は助かっている。これは本当だ。君は役に立っていない、と心配なようだが、それは俺の想定内なんだ。説明が足りなくてすまない」
「想定内、ですか」
「そうだ。俺が敵を九割防ぐ。漏らした残りの一割を君が防ぐ。君がいようといまいと、俺は四回は確実に敵を通していた。いいか、この四回を防いでくれたのは本当に―――」
「正面、敵です!」
ベル嬢の声が響いた。
レオンハルト様は即座に立ち上がり、正面をむいた。僕も一瞬遅れて続く。
レオンハルト様の肩越しに魔物が一体走ってくるのが見えた。また動物系か。魔物はあっという間に距離をつめ、レオンハルト様の【防壁】に激突した。
僕はその様子を見守っていた。九割、いや残る九分九厘まで僕の仕事はない。しかし、その一厘を防ぐのが僕の仕事なのだ。
そう。まさにこの瞬間、その一厘の事態が発生した。
レオンハルト様の【防壁】に激突した魔物の背にもう一体の魔物が乗っていたのだ。そいつはレオンハルト様の頭上を悠々と飛び越えて、みんなの度肝を抜いた。
小さい。ムササビと人間の手を混ぜ合わせたような魔物だった。抱きついて腹部にある歯で噛んでやる、と言わんばかりのフォルムだ。そいつが僕の頭上すら超えて、シャルロット様めがけて飛んでいく。
魔術の発動には一瞬のラグがある。剣を鞘から抜かなければ物を斬ることができないのと同じ。どれだけ簡単な魔術でも、ごく一瞬のわずかな準備時間が必要なのだ。
だから、シャルロット様には対応できないかもしれない。【防壁】なしで魔物に襲われれば確実にケガをする。こいつは小さいから致命傷にはならないだろう。しかし、あの歯で噛みつかれるのは、きっとすごく痛い。
だから……、
ああ、僕はサブタンクで良かった。
僕の目は隠れていても見通す魔術の目だ。
お前がそこにいるのは、最初から知っていたぞ。
僕は頭上の魔物に対して、【防壁】を展開した。
さらに距離を伸ばして、天井に叩きつける。
魔物は【防壁】と天井にはさまれて圧死した。
衣擦れの音がした。振りむくと、シャルロット様が腰を抜かしてへたり込んでいた。ぽかんとした表情をうかべている。危険はない。僕はレオンハルト様を振りかえった。もうすでに大きい方の魔物の始末はついていた。
もう前後に敵はいない。脅威は去ったようだ。
再びシャルロット様に視線を落とすと、ベル嬢に支えられて立ち上がっているところだった。しかし上手く足に力が入らないらしい。
「休憩にしよう」レオンハルト様はそう言うと、すぐそばにあった小部屋へ足をむけた。
「あ、ちょっと待ってください」
僕はレオンハルト様を呼びとめた。眉をあげたレオンハルト様の隣から、部屋の中をのぞきこみ、魔術を三発放った。
「【火弾】、【赤刃】、【炎矢】」
そして困惑しているレオンハルト様に道をゆずった。
「どうぞ」
「今……、なにをしたんだ?」
「え?」
僕は部屋の方へ目をやった。
なにかまずかっただろうか。
「すみません、僕、サブタンクなのに魔術使っちゃって……」
「いや、そうじゃなくて……」
レオンハルト様は部屋の中をのぞきこみ、部屋の中に小さな魔物が三体いることに気づいた。もっとも、いずれも魔術の炎で燃えているから気づかない方が難しい。
「あれがわかったのか?」
「はい。僕は目で見ていませんから」
「どうして三種類の魔術を?」
「大体の形状と硬さがわかるので、弱点っぽそうな魔法を使いました」
「……」
レオンハルト様は絶句して僕の顔をみやり、しばらくして目元をマッサージした。
「……君には本当に、なんというか、勝てる気がしないな」
「皮肉ですか」
「本心だよ!」
はー、とレオンハルト様はため息をついた。
「一体全体どうしてこの芸当ができて自信が無いなんてことがあるんだ……? それが一番不思議だよ、俺は」
「恐縮です」
「いや、褒めてないが」
レオンハルト様はあきれ顔で僕の肩をたたいた。
「もはや冗談の類にしか思えないが……、さっきの励ましの続きだ。君の働きは極めて大きい。君が来てくれて本当によかったと俺は思っている」
僕は内心、首をひねった。
たしかにさっきはシャルロット様を守ることができた。だからサブタンクであって良かったとも思った。けれど、さっきまでの僕の働きはそこまで、「極めて大きい」と言われるほどに重要なのだろうか?
僕が素直じゃない返事をしようとすると、レオンハルト様はそれを制するように手を伸ばした。
「もう少しちゃんと説明しよう。君は俺たちの全滅の危機を救った。今までの四回もそうだし、特に今回の二つは大きい。あの天井のやつと、この部屋のやつだ」
レオンハルト様は僕が殺した魔物を指さした。
「天井の奴は防げなくてもおかしくないくらいすばしこいやつだったし、部屋の奴に俺は全く気づいていなかった。完全に気が緩んでいた。二体までなら対処できたかもしれないが、三体は無理だ。なにかしらの攻撃を食らっただろう」
「でも全滅はしないでしょう?」
「そうだな。一つ一つなら全滅はしないかもしれない。だが、一つじゃなかったら? 二つが立て続けに起こったらどうだ? シャルロット様が攻撃を受けて、部屋で休もうと俺が部屋に入って攻撃を食らったら?
……君がいなかったらと思うとぞっとするよ。本当に」
僕は言葉につまった。レオンハルト様の言わんとしていることがわかった気がしたからだ。
僕はずっと、役に立っていた……のか?
レオンハルト様がため息をつく。
「素直に賛辞を受けいれてくれ。君は本当によくやってくれている。ものすごく助かっているんだ。本当に」
「……わかりました」
「やれやれ。こんなに褒めごたえのあるやつは初めてだよ」
「いやあ、それほどでも」
「なあ、クリム……」
レオンハルト様は苦笑した。
「最後のは、皮肉だぜ?」




