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買い食いの罪と罰

 焼けた肉の匂いがする。香辛料の美味しそうな匂いも一緒だ。レオンハルト様が大口をあけて串にささった肉を食べている。食べているのはレオンハルト様だけだ。シャルロット様とベル嬢は肉の匂いの漂う中を平静を装って耐えている。当然僕も食べていない。


 僕たちは、皇弟殿下に指示されたブレッドという街に来ていた。

 実は、聖教会には各地へと転移テレポートできる魔法陣が存在しており、高額の寄付をすれば利用することができる。ただし、これは貴族の中でもごく一部の人間しか知らないような機密だ。シャルロット様は「馬車の移動は疲れるから」という理由だけで寄付をして、転移魔法陣を利用することにした。おかげで片道一週間の道のりが一泊二日レベルにまで短縮されてしまった。シャルロット様との旅行を楽しみにしていただけに、少し残念ではある。

 シャルロット様によれば、この街をまとめている町長に会うことになっているらしい。その道すがら、レオンハルト様は串焼き肉の屋台を見つけて買い食いを始めた、というわけだ。


「レオンハルト様、離れて歩いてください。服に匂いがつきます」


 ベル嬢がつっけんどんに言った。僕には彼女の気持ちが痛いほどわかった。匂いがつくなんて、ただの口実だ。


「早く。早くどっか行ってください」

「いいじゃねえか」


 レオンハルト様はまるで気にした風もなく、肉をむしゃっと食べた。いつの間にか串の数が増えている。


「肉の匂いがつくなんて、最高じゃないか」

「ああもう! シャルロット様、こんなやつ置いていきましょう!」

「落ち着きなさい、ベル」


 シャルロット様が神妙に言った。ただし、視線はじっとレオンハルト様の持つ串焼き肉に注がれている。


「そう邪見にするのはまだ早いわ。そう。まだ早い……。屋台はまだたくさんあるのだし……」

「うっ!」


 ベル嬢は息をのんだ。シャルロット様の異変に気付いたらしい。僕も気づいた。気づいていないのはレオンハルト様だけだ。

 シャルロット様は屋台の食物しょくもつを所望しておられる。

 これは由々しき事態だ。なにせシャルロット様はこれから町長に会う。先方はシャルロット様が来ると知っている。それなりの礼儀作法で向かわねばならない。

 なのに、シャルロット様が串焼き肉の匂いを漂わせていたらどうだろうか。


 それはもう、グッとくるに違いない。

 ああいや、これは僕の感想だった。

 どんな状況でもシャルロット様は素晴らしいのだ。

 いやいや、だから僕の印象だって。


 落ち着け、落ち着け。

 ええと、皇女様がお肉の匂いを漂わせていたら一般的にはあまり好ましいとは言えないだろう。そのはずだ。

 どうにかシャルロット様の気をそらせる必要がある。


 それでいいのだろうか。本当にそれで?

 僕はなんのために、ここにいるんだ。この世界に。シャルロット様を幸せにするためじゃないのか。今、この瞬間、彼女のささやかな願いすら叶えられないで、どうして彼女を幸せになんてできるだろう?


「ベルさん……」

「お、なんですか、クリム・ホワイト」ベル嬢は少し期待した目を僕に向けた。「シャルロット様の気を引く妙案でも浮かんだのですか?」

「ええ。串焼き肉を買いましょう」

「馬鹿!」ベル嬢はヒステリックに叫んだ。「お馬鹿ですか、クリム・ホワイト! あなたまで毒されてどうするのです!」

「まあ、聞いてください。シャルロット様の目をみてください。あんなに串焼き肉に夢中になっている。ほら、僕たちの声だって聞こえていない。そんなに欲しがっている彼女に食べちゃダメなんて言えるのですか?」

「言わねばならないのです。それが従者としての我々の務めでしょうが」

「違います」僕はきっぱりと首をふった。「我々の務めはシャルロット様に最大限幸せになっていただくことです」

「しかし、それで町長に悪印象を持たれたらどうします。噂になったら? その噂には尾ひれがつきます。シャルロット様のような方々の噂はどこまでも際限なく広がっていくものです」

「噂にならなければよいのです。シャルロット様の噂に」

「……ほう」


 ベル嬢の声のトーンが少し下がった。


「続けなさい、クリム・ホワイト」

「まず我々は串焼き肉を一本ずつ食べます。これでシャルロット様に満足していただきます」

「ふむ」

「同時並行で勇者様に串焼き肉を食べさせます。大量に」

「え?」

「嫌だ、もう食べたくないと言うまで食べさせます。それくらい食べれば、我々が少々肉の匂いを漂わせていても、問題ないでしょう。ああ、勇者様の匂いが移っちゃったんだな、と」

「しかし、噂になるのは避けられないのでは? シャルロット様からお肉の匂いがしたと思ったら、勇者だった!……みたいな話の前半しか残らないということも……」

「『事実』が嘘なら噂になっても困りません。『誤解』は解けばいいですし、そもそもそういった類の噂は歩いているだけで広まるものです。心配しても仕方がない」

「ふむ……」ベル嬢はあごに手をやった。「一理ありますね。我々のお肉食べたいという欲求を無理なく解消できますし、角も立たない。なにより、勝手に串焼き肉を食べ始めた勇者様への罰にもなります」


 ベル嬢はうなずいた。


「気に入りました。あなたの提案に賛同します」

「ありがとうございます。では早速」

「ええ、串焼き肉を買いましょう。……あっ!」


 シャルロット様を振りかえってベル嬢は声をあげた。

 シャルロット様の手にすでに串焼き肉が握られているのを見たからだ。美味しそうにもぐもぐしている。


「買っちゃった! 美味しいわよ、これ。二人も食べる?」


 シャルロット様は満面の笑みで串焼き肉を差し出してそう言った。

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