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僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
三十八年間のプロローグ
2/12

彼女を救うために

 シャルロット・ローズロールは【バッドエンドは猫も食わない】の悪役だ。


 いわゆる悪役令嬢というやつになるのだろうか。基本的には終盤で主人公たちと対立し、死亡する。

【バッドエンド】はとにかくストーリー分岐の多いゲームで、ほぼ全ての登場人物の死亡・生存ルート分岐がある。

 たしかに、生存ルートしかない登場人物も、死亡ルートしかない登場人物も、いるにはいる。しかし、その中でシャルロット・ローズロールが特別なのは、本質的に善人であるはずの彼女に生存ルートが用意されていない、という点なのだ。


 そんな悲劇的な結末をむかえるキャラクターはあのゲームの中で、彼女だけだ。



 ***



「つまり、僕にシャルロット様を救え、とおっしゃるのですか?」


 僕の質問に神様は「そういうこと」と肯定して、回転椅子をくるくると回した。


「あのシナリオの基本骨格は私が観測して練り直して、開発者の【くるくる安楽椅子】君に吹きこんだ。彼は実に忠実に再現してくれたよ。彼がシャルロット嬢の生存ルートを作らなくて本当によかった」

「どうして、そんなことを……?」


 僕は、顔が怒りにゆがむのを抑えることができなかった。


「あなたが神様であることは……、神シナリオライターであることは、重々承知しています。あんな素晴らしいストーリーを世界に生んでくれたことには感謝しかない。

 ですが、ですが……、どうしてシャルロット様が幸せになるルートを用意してくれなかったんですか?」

「それがあのゲームのコンセプトだからだ」


 神様の答えはシンプルだった。


「あのゲームをプレイして、シャルロット嬢の魅力に気づき、死亡ルートしかないことに絶望し、生存ルートを渇望する……、君のような人間を見つけることが、私の目的だった」


 神様は立ち上がった。


「私は神だ。世界の様々な可能性をみることができる。それは他の世界でも同じだ。ゲームの中だけじゃない。現実のシャルロット嬢にも、彼女の生存ルートは存在しない」

「現実にも、存在しない……? どうして……」

「あの世界の神がそれでよいと思っているからだ。それが意図的なものか、ただの偶然なのかはわからない。彼は極めて閉鎖的な神だ。理由はわからない。

 ただ、私は彼女を救いたいと思った。

 だが、私は神だ。人が箱庭の中で生きられないのと同じように、私は君たちと同じ世界では生きられない。

 だから、私は君を送り込む。

 シャルロット嬢を救いたいという願いを同じくしてくれた君を」


 神様は深々と頭を下げた。


「君の人生をねじまげてすまない。

 どうか、シャルロット嬢を救ってきてくれないだろうか」

「どうして僕なんですか?」


 僕は頭をさげている神様をぼんやりと見つめた。

 どうにも現実感がなかった。

 気づけば、思いついた疑問を口にしていた。


「あのゲームをプレイした人はたくさんいます。シャルロット様に生存ルートがないことは検索すれば誰でもわかる情報です。最初に気づいたのは僕ではないし、ゲームデータを解析して確認したのも僕じゃない。

 シャルロット様のことを思っている人間だってたくさんいます。僕も、彼女を心の底から……大切なキャラクターだと思っていますが、世界中で一番愛せている自信はありません。

 なぜ僕なんですか?」

「【ハッピーエンドなら猫でも食べるはず】」


 神様は頭をさげたまま、ぼそっとつぶやいた。

 僕はぎょっとした。

 気づけば足も一歩後ろに下がっていた。

 神様は顔だけあげてにやりと口角をあげた。


「君の書いた二次創作小説だ」

「ど、どうしてそれを……。ネットにもどこにも上げてないのに……」

「私は神だぜ? ネットなんか関係ない。

【バッドエンド】がリリースされてから十年はまともに仕事もせず、シャルロット嬢救出の人材を探していたんだから」

「仕事してください」

「私は君の小説を読んで感動したんだ」


 神様はゆっくりと頭をあげた。

 もう笑っていない。

 真剣な表情でまっすぐに僕を見ている。


「君の文章はお世辞にも上手とは言えなかった。

 文法はまるでなっちゃいないし、キャラクターの反映はたどたどしく、展開もめちゃくちゃだった。

 それでも私は君に希望を感じた。

 君が、君だけが、一つの正解を導き出したからだ。

 君の言う通りだ。

 君以外にもプレイヤーはいた。

 君よりもシャルロット嬢を思っている人間はいた。

 お金をかけ、時間をかけ、彼女の幸福な姿を想像する者はいくらでもいたんだ。

 それでも、君の出した答えよりも自然な未来を想像した人間はいなかったよ。

 安楽椅子君でさえ、思いついていなかった。

 ……いや、違うな。そうじゃないな。

 私が、君の答えを気に入ったんだ。君の覚悟を感じたんだ。

 他に理由はない。

 君なら成し遂げられる。私はそう信じられた。

 君なら、彼女を救うために……、神すら敵に回してくれるってね」


 神様は僕の目をみたままそう言い切った。

 なんだか落ち着かない気分だった。

 ここまで真正面から僕自身を賛辞されたことはない。


 ひどい出来だとわかっていた。

 だからあの小説はネットにもどこにも上げずに封印していた。

 でもどこかで心の支えにしていた。

 その中では、シャルロット様が幸福に暮らしていると信じられたからだ。


 そう、自信作だったんだ。

 あれをけなされたら心が折れるから上げなかっただけで、誰にも負けない自信があったんだ。

 だから、神様に褒めてもらえて、認めてもらえて、本当はすごく嬉しかった。


 けれど、僕の口から出た言葉はそんな内面なんかまるで反映されちゃいなかった。


「そ、そりゃどうも……」

「素直じゃないねえ」


 神様は苦笑し、回転椅子に腰を下ろした。


「わかっているね?

 君はこれから、シャルロット嬢のいる世界に転生する。

 君が、君の手で、彼女を救うんだ」

「ええ」僕はうなずいた。「わかっています」

「よし。ただし、君をそのまま、向こうの世界に送るわけにはいかない。これはいわば、密入国のようなものだ。

 バレれば君も私もただでは済まない。

 最も怖いのは入るときだ。そこで締め出されたらどうしようもない。

 君は死に損だし、私の努力もパーだ。

 なにより、彼女が救われない」


 神様はゆっくりと話を進めていく。

 僕はうなずきながら話を聞いた。


「そのために君には記憶の大半を忘れてもらう。

 記憶は少なければ少ないほど網にかかりにくいし、年端もいかない子供がこの世界の知識をもっていれば目立つ。

 記憶は少ないほうがいい」

「シナリオの記憶は?」

「最低限のもの以外は忘れてもらう」

「それだとシャルロット様を救う方法がわからなくなるんじゃ?」

「一応フォローはするけど、基本的には根性でカバーしてくれ」


 神様はさらっとまるで知性の感じられない単語を口にした。

 口ぶりから今まで周到に準備をしたり、散々危ない橋を渡ったりしてきたのに、最後はそんな「やってみよう」精神なのか。

 僕の考えを見透かしたのか、神様は微笑んだ。


「人間、最後は気合だよ。論理だけじゃなくて感情も持っているところが人間のいい所だと思うからね」

「はあ、そうなんですか」


 神様はさらに色々なことを僕に教えてくれた。

 神様は僕をメテオで殺したけれど、向こうの神が僕を直接殺すことはまずありえない、などといった細かい注意だ。


 注意が終わると、どこからともなく鐘の鳴る音が聞こえた。


「ああ、時間だね」


 神様は腕時計をみて立ち上がり、指をさした。

 気づけば、そこは駅のホームだった。

 ずらっと転落防止の鉄柵フェンスが並んでいる。


「はい」神様は紙切れを差し出した。「今から来る列車のチケットだ。乗ったら、車掌さんに渡して。そうすれば次の人生まで送り届けてくれるから」

「はい」


 僕がチケットをつかんだ。

 しかし、神様はチケットを放そうとしない。

 僕が顔をあげると、神様は苦悶に顔をゆがめていた。


「本当にすまない。君にこんな役割を負わせて……。

 君に断りもなく、殺してしまって……」

「はー……」僕はため息をついた。「手を放してください」

「ああ……、すまない」


 神様はチケットから手を放した。

 汽笛の音がする。

 地平線の彼方から列車が近づいてくる。


「謝らないでください、神様。

 ……どう言えばいいか、わからないですが、気にしないで。

 僕は今すごく、ワクワクしているんです。

 楽しい。

 初めて【バッドエンド】をプレイした時と同じです。

 新しい場所へ行く。新しい人生へ。

 それも、役割のある人生だ。生まれる前から役割を与えられた人生。

 そんなの、願ったって手に入るものじゃない。

 しかも、その役目がシャルロット様を救うことなんて……。

 光栄以外のなにものでもない。

 僕は感謝してるくらいなんですよ、神様」


 僕が「わかりましたか?」と笑うと、神様はちょっと涙ぐんだ声でこたえた。


「ありがとう……」

「まあ、吐きそうなくらいプレッシャーかかってますけどね」

「それはいけない。列車の中では決して吐いてはいけないよ。窓から地獄に放り捨てられてしまうからね」

「えっ?」


 ギィーーーッと凄まじい金切り音をたてて、列車がホームへ滑りこんできた。列車が完全に停止すると同時に鉄柵がズルズルと下がり、扉がひらく。


「さあ」神様が指をさす。「乗って。彼女を頼んだよ」

「はい」


 僕は列車に乗り、待ち構えていた車掌にチケットを差し出した。車掌はチケットの半分をむしり取ると、ポケットにねじこんだ。無言で手袋をはめた手で指をさす。

 席に座れ、ということか。

 もう一度振り返ると、車掌はいなくなっていた。


 他に乗客はなく、空席ばかりだった。

 すぐ近くの席にすわると、扉が閉まり、鉄柵がせりあがってきた。ガタンと列車が揺れて、発車した。


 窓の外で、神様が手を振っていた。

 僕も手を振り返した。

 あっという間に神様は見えなくなった。

 しばらくして、トンネルの中に入ったように暗くなった。

 窓に映るのは自分の顔だけだ。


 僕は、人生が終わりをむかえる孤独と、新たな生への期待と不安を抱えながら、自分の顔を見つめていた。

 やがて僕は眠りにつき、二度と目覚めることはなかった。

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