感想戦
レオンハルト様に勝った。
僕はさっきシャルロット様が顔をのぞかせていた窓を振りかえった。
しかし、シャルロット様の姿はなかった。
……わかりきったことじゃないか。シャルロット様が勝利を祝福してくれるとでも、期待したのか?
僕は誰にもわからないように自嘲した。
庭の端にあるベンチに近づいて腰を下ろす。もう魔力がなくてフラフラだったからだ。
「どうやったんですか?」
ベル嬢は僕の方へ近づきながら尋ねた。
足を引き抜こうともがいているレオンハルト様には目もくれない。
「彼を助けなくていいんですか?」
「試合が終わって魔術を使ってもよくなったのに、使わないような馬鹿は放っておけばいいんです」
ベル嬢はまるで表情を変えることなく言った。
「それで、どうやったんですか?」
「どれのことを言っていますか?」
「どれって……、勇者様の足元を陥没させた魔術です。あんな魔術見たこともないです」
「見たことがない? そんな複雑なように見えますか?」
「土の中に空洞をつくる魔術でしょう? それもあんな一瞬で……」
「違います」
僕は首をふった。
何を言っているんだ、この人は。そんな魔術あるわけないじゃないか。
「魔術で仮想物体を作ることはできても、現実の物体を消すことはできませんよ。ご存じでしょう?」
「でも、だったら、これは……」
「あれは穴です」僕はまだ穴にはまっているレオンハルト様を指して言った。「ただのトンネルですよ」
「トンネル?」
「そうです。穴を掘っただけです」
「掘った土は? どこへ?」
「あっちです」
僕は土俵の外を指さした。
雑草が生い茂っていてわかりにくいが、あちこち土が盛り上がっている。
「見えにくい場所に置いてます」
「あんなバラバラに……。あんな一瞬で……」
「……」
僕は黙っていた。なんだかめちゃくちゃ感心されている。たぶん誤解なのだけれど、せっかく高評価をもらえているのならそのままにしておいてもいいだろう。
ベル嬢の高評価をもらったところで、入れ替わりにレオンハルト様が近づいてきた。僕はちょっと怖かったけど、彼はこの程度では本気で怒らない、はずだから、大丈夫。大丈夫なはず……。
彼が手を伸ばしてきた。
ひっ、ごめんなさいっ。
「完敗だ。クリム・ホワイト」
僕が恐る恐る目を開けると、なんとレオンハルト様が握手を求めていた。少し顔はしかめているが、真面目な表情で手を差し出している。
僕は正直、面食らった。
「え? ……え?」
「卑怯者などと言ってすまなかった。非礼を詫びさせてくれ」
「え、あ、はい」
僕がおずおずと手を近づけると、レオンハルト様は僕の手をがっとつかんで力強く握ってきた。握りつぶされるかと思ったが、たぶん害意はない。
「感謝するぞ、クリム! 俺は今日のこの敗北を糧にもっと強くなる! いつかまた君にリベンジするからな! その時を楽しみにしててくれ!」
「いえ、僕は別に楽しみには―――」
「じゃあな! 俺は帰る! 帰って反省せねば! 今すぐに!」
「ええと、はい」
「じゃあな! クリム! ベル・スティラ嬢! また会おう!」
「いえ、もういらっしゃらないでください」
ベル嬢はすぐさま冷たい声で言い放ったが、すでにレオンハルト様は颯爽と帰った後だった。ベル嬢は「ちっ」と舌打ちすると、僕を見た。
「あなたはいつお帰りになりますか?」
「帰れって言ってますか?」
「物分かりがよくて助かります」
僕は苦笑して立ち上がった。
もう少し休みたかったが、ベル嬢に際限なく嫌味を言われ続けるよりはマシだろう。
ベル嬢は門のところまで見送りに来てくれた。どうやら僕はレオンハルト様より嫌われてはいないらしい。それは素直に嬉しかった。
「なにを笑っているのですか、クリム・ホワイト?」
「いえ、なんでもありません」
「……また明後日いらしてください。業務内容を伝えます」
「え、合格なんですか?」
「勇者様を負かしておいて、不合格なわけがないでしょう」
「でも、卑怯な手段を使いましたし……」
「もう一度言います。
勇者様を負かしておいて、不合格なわけがないのです」
そこでベル嬢は鉄仮面のごとき無表情を一瞬ゆるめた。
「また明後日いらしてください。業務内容を伝えます。それでは」
ベル嬢はぺこりと綺麗なお辞儀をしてみせた。
僕は屋敷を去ってから時々振り返ったが、屋敷が視界から消えるまで彼女はずっと頭を下げ続けていた。
***
「お疲れ様。面白い戦いだったわね」
「ええ、あそこまでやるやつだとは思いませんでした。あんなに素早く正確な魔術が使えるなんて……」
ベルがやや興奮気味にシャルロットに感想を伝えると、シャルロットは不思議そうに小首をかしげた。
「そんなに驚くようなことがあったかしら?」
「ええ? あのトンネルはすごいでしょう!? あんな早業、見たことないです!」
「早業? ああ! なるほどね! あはははは!
そういうことか、あははははは!」
シャルロットが可笑しそうに笑い転げる。ベルはむっとして、唇をとがらせた。しばらくしてシャルロットは笑い終えると、手を振って謝った。
「ごめんごめん。怒らないでよ。馬鹿にしてるわけじゃないのよ?」
「じゃあ、なんですか?」
ベルは不機嫌そうな表情をつくりつつも手元がそわそわしていた。シャルロットがこういう風に笑ったときはいつだって、自分が何か見落としているときなのだ。
シャルロットは駄々をこねる子供を見守るように微笑んだ。
「クリムの魔術はね、あれはただの手品よ」
「手品……?」
「そう。早業でもなんでもない。あのトンネルは最初からあそこにあったのよ」
「は? 何をおっしゃっているんですか? 夜中にクリム・ホワイトが忍び込んでトンネルを掘ったとでも?」
「あなたの早業説よりは信憑性あるでしょ?」
「やっぱり馬鹿にしてますよね?」
「早業でもなければ、夜中の工事でもないわ。クリムはさっき裏庭に来てから、あのトンネルを作った。じゃあ、さて彼はいつトンネルを掘ったのでしょうか?」
シャルロットがおどけて手を広げる。ベルは眉をひそめつつ、あごに手をあてて裏庭についてからのことを考え始めた。
三人で一緒に裏庭に行った。
勇者とクリム・ホワイトの勝負のために。
その後でシャルロット様からクリム・ホワイトに声がかかって、彼がやる気を出した。
そして、クリム・ホワイトは準備運動をはじめて―――。
「ああ! 準備運動! ストレッチのとき!」
「そう。イッチニイ、サンシイ」
シャルロットは大声でクリムの真似をした。
ベルは悔しそうに唇を噛んだ。
「その掛け声、やけに大きな声だと思ったんです。そうか。トンネルを掘る音をごまかすためだったのね……」
「そういうこと。落とし穴を掘って、勇者を突撃させ、びっくりさせてトドメを刺す。クリムの立てた作戦はこんなところでしょう」
「なんて卑怯な……。姫様、やめましょう」
「なにを?」
シャルロットは微笑んでいる。まるで次の言葉なんてお見通しだと言わんばかりに。
それでもベルは続けた。
「あいつの合格です! 勇者様の言った通りです。あんなやつに姫様に仕える資格なんかありませんよ!」
「そうかしら?」シャルロットは足を組みかえた。「私は見込みあると思ったわ」
「どうしてですか!」
「あなた言ったでしょ? 勇者を負かしておいて、不合格なわけがないって」
「聞いてたんですか!?」
「聞こえたのよ。そのとおり。卑怯だろうとなんだろうと、彼は勇者に勝った。重要なのはそこよ。それだけが重要なのよ」
シャルロットは笑みを消し、ベルに背を見せて窓の外を見た。
「重要なのは結果よ。彼は、私が勝ってと言った勝負に勝った。素晴らしい駒だわ。是非ともほしい。是が非でもほしいわ」
シャルロットは振り返った。瞳に爛々と野心の火が輝いている。
「だから、ベルが反対しても彼は執事にするからね?」