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第8話 君は一人じゃない

「いるはず『だった』……?」


 ヴィルの問いにフローラは静かに頷いた。


「……十二年前、私は庭でアデリナとかくれんぼをしていたんです。だけど、昔はもっと雑多な庭で大きな池があって。入っちゃだめだって言われてたのに、私、その敷地に入ってしまって……。それで、溺れたんです。その騒ぎで精神的に負荷がかかったお母様は弟を流産してしまって。私のせいで、お母様から大切な子を奪ってしまった……」


 話しているうちにだんだんと声が震えていった。

 フローラの中で鮮明に戻ってくるあの日の記憶に、後悔が拭えない。


 彼女の悔やむ様子を見た彼はいつもよりも低い声で尋ねる。


「だから、ルイトを育てたいと言い出したのか?」


 その言葉に彼女はハッと顔をあげた。

 彼の何もかも見透かすような、そんな瞳を見た瞬間、思わず目を逸らしてしまう。


 しばらくの沈黙の後、フローラは言う。


「……そうではないと思いたいです。でも、無意識に私のエゴが入っているのかもしれません……」


 彼女の声はあまりにもか細い。

 葛藤や後悔に自身は突き動かされているのではないか。

 フローラは不安の中でそう告げた。


「こんな私が、育てていいのかって、今になって思ってしまったんです」


 再び目を伏せてフローラは言う。

 自分の中の想いを吐露するたびに、ルイトを育ててよいのかと疑問が湧いてくる。


(こんな私がルイト様を幸せにできるの……?)


 その表情はひどく自信なさげで迷いが現れていた。


 ひとしきり彼女の想いを聞いたヴィルは、おもむろに立ち上がった。

 見下ろされた彼の視線は彼女の青い瞳を捕らえている。


「何を甘えたこと言っている」

「え……」


 ヴィルは冷たい声で言い放った。

 普段の彼とは全く違う目つきと声に、フローラは驚きを隠せない。

 何も言えずに黙っている彼女に、彼は続けざまに言う。


「あれだけ威勢よく育てると宣言して、国王に手紙まで書いて嘆願して、母親になったのに、その程度の覚悟だったのか? 君のルイトを守りたいと思う気持ちはその程度か?」


 彼の言葉に彼女の瞳は大きく見開かれる。

 フローラがいつの間にか逃げようとしていたことに彼は気づいていた。

 後悔と不安を言い訳にしていれば、誰かが甘やかしてくれて優しい言葉をかけてくれるだろう、と。


 しかし、彼は違った。


「ルイトは君を一番頼りにしてる。その手を取って、差し伸べたいと願ったのはフローラ、君自身だ」

「ヴィル様……」


 彼の言葉にフローラは嫌悪感を抱く。

 ほかでもない自分自身へ向けて……。


 自分が嫌われてもいいとさえ思いながら、ただ真っすぐに彼は彼女に助言する。


「だからこそ、周りの手を借りてでもいい。何も一人で育てるだけが正解じゃない」


 だんだん彼の口調は強くなっていく。

 そして、ヴィルは彼女の不安を打ち消すように彼女の手を握った。


「君は一人じゃない」


 最後の言葉に、彼女の瞳はもう一度大きく開かれた。

 彼の言葉はフローラの弱った心を包み込む。


(そうだ……一人じゃない……)


 フローラの脳裏に家族、そして今まで支えてくれた人々の顔が浮かぶ。

 父親のルーカス、母親のエミリ、侍女のアデリナ、そしてヴィル──。


 やがて、彼女は重い口を開いた。


「そうかもしれません。私は一人じゃありませんでした」


 その言葉にヴィルは一つ頷く。


「私の味方は、頼る場所はたくさんありました。そのことを思い出せました。ルイト様の幸せのために私に何ができるのか。たった一年ですが、考えて過ごしてみます。彼が、いつか『幸せだった』といえるような日々になるように」

「ああ」


 先程までとは明らかに違う。

 フローラの真っすぐで希望を持ったその瞳に、彼は安心するのだった。


 彼女が新たに決心した時、入口付近から可愛い声が聞こえてくる。


「ヴィルとフローラみつけた!」


 ルイトは二人の姿を見つけると、嬉しそうに指をさした。

 どうやらかなりの時間が経ってしまっていたらしい。

 ヴィルが探しにこないことにルイトは辛抱がきかなくなってしまい、二人を探し始めたのだ。


 フローラとヴィルは目を合わせて微笑み合った。


 そして、ヴィルは笑顔でルイトに言う。


「あ~見つかっちゃった~」

「ごめんなさい、ルイト様」


 ヴィルの言葉に合わせるように、フローラも謝罪した。


「もうっ! こんどはふたりでぼくをさがしてね!」


 そういって、ルイトは庭へと走っていった──。



 その晩、フローラとルイトは就寝準備をした後、アデリナに挨拶をしていた。


「では、お嬢様、ルイト様、おやすみなさいませ」

「うん! おやすみなさい!」


 庭から戻った頃にはすっかりルイトもアデリナに懐き始めていた。

 ランチを済ませた後には二人でおもちゃで遊び、仲を深めたのだ。

 それゆえ、今朝とは違ってルイトの顔もにこにこである。


「おやすみなさい、アデリナ」


 ルイトに続いてフローラも挨拶をした。

 すると、アデリナはすたすたとフローラに近づき、そっと耳打ちする。


「お気をつけください、お嬢様」

「どうしたの?」


 あまりにも深刻そうな声で言われたため、フローラは驚いて聞き返す。

 そうしてアデリナは続きを囁く。


「この様子だと、ルイト様は──」


 彼女からの助言を受け取ったフローラは、ルイトを連れて歩き出す。


(そんな、まさかね……)


 半信半疑のフローラだったが、やがてすぐに自分の甘い考えを後悔することとなる。


 そう、アデリナの忠告は現実のものとなってしまうのだ。

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