第5話 国王と王子が交わした契約
国王の思惑を理解し、ヴィルは策を練る。
そうして、近くにあった紙にある文章をしたためて渡した。
「私が監視員として、フローラ嬢の動向をチェックします。その報告書をもって彼女が母親として相応しい人物であれば、ルイトの母として永続的に認めるのはいかがですか?」
ヴィルによって即席で書かれた契約書を国王は手に取る。
今ヴィルが告げた内容として監視官をヴィルがおこなうこと、ヴィルが相応しいと判断した場合はフローラを永続的にルイトの母と認める旨が記されていた。
しかし、国王の返答はヴィルの欲しいものではなかった。
「それは公平ではない。お前の判断だけでは足りない」
そう返答した上で国王はさらに条件を付けくわえた。
「一人国家の調査隊を常に監視に置く。その人物が評価したなら、よしとする。相応しくない行為をした場合も即代理母の資格をはく奪する。これ以外認めん」
その言葉を聞いたヴィルの頬はピクリとする。
(この、頑固親父……! でも、それしかないか……)
ここが最適な交渉ラインと考えたヴィルは国王へ返事をする。
「かしこまりました。それでは、その調査員が認めたら、フローラを母と認めるということで、いいですね?」
「ああ」
自らが付け加えた条件を飲み、国王の顔は満足気だった。
契約書に彼は署名をすると、それをヴィルに渡す。
(さあ、フローラ嬢。君は、自分で未来を掴めるだろうか。しっかり見させてもらうよ)
監察官となった彼はルイトのもとへ向かうべく、執務室を後にした。
そんな数日前の出来事がヴィルの脳裏に蘇っていた。
「と、まあ。君なら大丈夫だよね。あんな勇ましく婚約破棄されても言い返した君なら」
「ご覧になっていたのですか!?」
「ああ、国家学院だから、行事には王族も出席することになっていて、だいたいは僕が参加しているからね」
大人二人で難しい話をしているのが気に入らなかったのか、ついにルイトがごね始める。
「ねえ、お兄ちゃんもあそぼ~よ~」
「あっ! ルイト様っ! こちらは第一王子であらせられる……」
顔を合わせたといってもヴィルはこの国の王子である。
そのことを伝えようとフローラは口を開いたが、ヴィルがそれを止めた。
そして、彼はルイトの視線までしゃがむと改めて自己紹介をする。
「名乗り忘れていたね。僕はヴィルっていうんだ。僕も一緒にあそんでくれる?」
「うん! いいよ! じゃあ、みんなでかくれんぼしよー!」
ヴィルの誘いにルイトは嬉しそうにする。
遊んでもらえるとわかった途端、ルイトは走り出した。
「じゃあ、ヴィルがさがしてね~!」
ヴィルの意思も聞かず遊び始めてしまった彼に、フローラは頭を下げる。
「申し訳ございません、殿下」
しかし、フローラの心配は杞憂となる。
ヴィルは笑みを浮かべると、フローラにかくれんぼをするように促す。
「ほら、君も隠れて。あ、それとこれから僕のことはヴィルって呼んでね」
「ですがっ!」
「呼ばないと失格にするよ」
(そ、それは職権乱用では……?)
さすがの言い分にフローラは心の中で疑問を呈する。
そんな思いが顔に出ていたようで、ヴィルは笑った。
「はは、冗談だよ。でもヴィルって呼んでほしい。ルイトにもそう呼んでもらうことになったしね」
彼の要望にフローラは遠慮がちに返事をする。
「そ、それでは、僭越ながら……ヴィル様、と呼ばせていただきます」
「うん、ありがとう! あ、じゃあ僕が探す係だから、フローラも隠れて! ほら、早くっ!」
そう言いながら、ヴィルはフローラの背中を押した。
(わっ! 王子とまさかかくれんぼをするなんて……)
想定外の展開に慌てつつも、急いで隠れる場所を探し始めた。
それでも自身のことよりルイトが気になるようで、彼女はルイトのことを気にする。
(えっと……ルイト様はうまく隠れたかな……?)
ルイトの心配をするものの、そろそろ時間がないといった様子で走った。
(急がないともう時間経っちゃう!)
もう間もなくヴィルが探し始めるだろう。
フローラはあたりを何度も見渡しながら、隠れる場所を探す。
しかし、なかなか見つからない。
実はフローラが寮生活をしている期間に、母親エミリが庭のリメイクをしてしまったのだ。
そのおかげで、昔あった離れや噴水、そして複数の小さな小屋もすっかりなくなってしまった。
そうして出来上がった庭はすっかりフローラの知っているものと異なってしまい、彼女にとって初めての場所のよう。
(う~ん。あそこの小屋がいいと思ったのに……)
目星をつけていた小屋がなく、彼女は新しく建った温室に隠れることにした。
一方、三人がかくれんぼを始める少し前のこと。
アデリナはキッチンでの用事を済ませて一息ついていた。
「まあ、まあ、お嬢様とルイト様ったら、あんなにはしゃいで……」
ふと顔をあげると、二人が庭で楽しそうに笑っている。
そんな様子を微笑ましく眺めていると、二人のもとに長い銀髪の男性が近づいていくのが見えた。
「ふ、不審者!?」
アデリナは急いでキッチンからナイフを取り出して走る──。




