第4話 フローラの手紙
「今日から僕が監視官としてたまに様子を見にくるから、よろしくね」
笑顔を見せてヴィルはそう告げる。
すると、アデリナには人見知りをしたルイトが彼にはせずに駆け寄っていった。
(もしかして、ルイト様は王宮で一時保護されていた際に殿下に会っていたのかもしれない)
フローラの予想は正しかった。
王宮で保護されていた際、ヴィルは監視官としてすでにルイトに会っていたのだ。
それはルイトに慣れてもらおうとしたからであった。
(監視官として自然に触れ合えるように事前に会っていたんだわ)
フローラが感心していると、ヴィルは「そうそう」と言った様子で彼女に伝える。
「あ、もし君がルイトの母として失格と判断した時には、即座にルイトを王宮で保護することになっているから。そのつもりでね」
彼の言葉にフローラは真剣な顔つきとなった。
そんな彼女を見たヴィルは、先日父親である国王とやり取りしたことを思い出す。
それはフローラが婚約破棄をされる数日前に遡る──。
王宮の執務室にて国王と第一王子ヴィル・クラインが話をしていた。
「父上、これは?」
「ああ、養子縁組の申請書だな」
机に置かれていた書類についてのことである。
ヴィルはその書類に興味を持ち読み始めた。
(キルステン公爵家の次男の養子縁組だが、代理母にフローラ・ハインツェ?)
キルステン公爵家はその家柄もあり良く知っていた。
しかし、それよりヴィルが気になったのはフローラの家──ハインツェ家のこと。
(ハインツェ伯爵家といえば、彼女の父親が興した織物事業が成功して父上が爵位を男爵から伯爵にしたところの家か……フローラといえば、そのご息女。なぜ彼女が?)
どういう繋がりがあるのかわからず、ヴィルは国王に尋ねる。
「父上、この養子縁組、どういうことなのですか?」
「なにがだ」
「普段であれば、国が保護が必要と判断した場合、貴族間で養子縁組を募るのでは?」
「ああ、そうだな」
「では、なぜ、今回はハインツェ伯爵令嬢が母に? それに彼女はまだ十七のはず。婚約者も確か……」
自らでそこまで口にしてようやく彼は気づいた。
(そうだ、ハインツェ伯爵令嬢、フローラ嬢の婚約者は確かキルステン公爵家の嫡男ディーター。そこでの関係が何か?)
国王は署名作業をしながらも息子の脳内を理解していた。
「そうだ。キルステン公爵家の長男は、異母弟のルイトに虐待を加えており、そのことに心を痛めたフローラが国に現状を伝えた。そして調査が入ると、キルステン公爵夫妻はルイトの育児放棄……つまり、国で保護してほしいと申請をしてきたのだ」
「なっ! 自らの子どもなのにか?」
「ああ、不貞の子だからという理由で邪魔なのだと」
(なっ!)
あまりにも身勝手な育児放棄に、ヴィルは不快感をあらわにした。
今にも怒りの言葉を口にしそうな息子に、国王は話の続きを口にする。
「だが、ルイトが国で保護されるのを知ったフローラは、わしにこの手紙をつけて申請書を出した」
「手紙……?」
国王から彼女が記した手紙を預かる。
『国王陛下
わたくしのような者が陛下に手紙を書くことは本来許されることではございません。
しかし、どうしてもルイト様についてお願いをいたしたく、筆を執りました。
ルイト様は我が婚約者であるディーター様より、ひどい扱いを受けておりました。
その行為を止めることができなかったのは、わたくしの不徳の致すところでございます。
ならばせめて、ルイト様の母として、彼を育てさせていただけないでしょうか。
我がハインツェ伯爵家で責任をもって、お育てさせていただきます。
どうかご検討の程、よろしくお願い申し上げます。
フローラ』
手紙を読み終えた彼は、国王に尋ねる。
「この手紙を受けて、彼女を母に?」
「ああ。だが、お前がいうように彼女はまだ十七。だから、代理として母となる期間は一年と定めた」
「一年……」
「その間に国が適切なルイトの新しい家族を探す。それまでの代理だ、彼女は」
フローラの代理母に一年という限りがあることを知ったヴィルは、険しい表情をする。
(そんな、では結局彼女とルイトは離れる運命じゃないか)
国王には息子のそんな感情が手に取るようにわかっていた。
だからこそ、彼はヴィルに問いかける。
「さあ、お前ならどうする。何かしたいのだろ? これを聞いて」
(父上は何もかもお見通しというわけか……ならば……)




