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第3話 子どもは早起きして「えへっ」と笑う

 フローラは安心したようにすやすや眠るルイトを眺める。


(一年の間に国がルイト様の親として相応しい人物を探し出す。私は、それまでの代理母。いわば契約で決まった一年限定の母親……)


 フローラはまだ十七歳である。

 子育て経験もないことから養子縁組を統括する部署は、彼女の代理母の申し出を許可しなかった。

 しかし、それに待ったをかけたのが国王だったのだ。

 国王は監察官をつけてフローラとルイトを見守ること、また代理母は一年とすることを条件として提案して部署を納得させた。

 フローラは手紙でその連絡を受け、了承したのである。


「一年間、あなたを立派に育てると誓います」


 条件つきの母親でも構わない。

 それが彼を救う唯一の方法なのだとしたら、フローラは二つ返事で受けたいと願った。


(ルイト様が不安なく過ごせるように努めること。それが私の役割……)


 そんな約束のもとで彼女の子育て生活は幕を開けた──。



 翌朝、フローラは頬に違和感を覚えた。


(ん……?)


 誰かに触られているような感覚がした彼女は、ゆっくりと目を開く。

 そこには視界いっぱいのルイトの笑顔。

 フローラが目を覚ましたことに気づくと、にっこりと笑った。


「えへっ!」


 フローラより早く起きたルイトは、彼女の頬をつんつんして遊んでいる。

 よく眠ったからか彼はご機嫌で、にこにこしながらゆらゆらと体を揺らしていた。


「ルイト様、もう起きたのですか……?」


 フローラは朝が滅法弱い。

 子育てに努めると意気込んだはいいものの、やはり朝が苦手なのは変わらない。

 唸り声をあげながら彼女は目を開いては閉じ、開いては閉じ……と繰り返す。


 しかし、そんな彼女をよそにルイトはぱっちりおめめで元気に遊ぶ。


「もうちょっと寝ましょう、ルイト様……」


 もう一度眠りたい彼女はルイトの背中をポンポンとしてなんとか寝かせようとする。


「フローラ、あそぼー!」


 もちろんそんなことで彼は寝ない。

 フローラは作戦を変更し、近くにあったクマちゃんをルイトに渡す。


「クマちゃん! おはよ~!」


 ルイトはクマちゃんを受け取ると、一人遊びを始めた。

 ……かと思ったが、すぐにフローラに遊びをせがむ。


(なんとか起きないと……)


 フローラはついに観念して起きることにした。

 日もまだ昇りきっていない朝焼けが目にしみる。


「寒い……」


 この時期にしては冷え込んだ朝だった。

 伸びをして体を動かしたフローラは、気合を入れ直す。


 そうして、ベッドで遊ぶルイトに尋ねてみた。


「ルイト様、朝ごはん食べますか?」

「うん! たべる!」

「では、ダイニングに行きましょう!」


 フローラは自身とルイトの支度を軽く行なうと、彼の手を引いて部屋を出た。

 ハインツェ伯爵邸には使用人があまりいない。

 元々、フローラが幼い頃までこの家は男爵位であったため、昔はあまり裕福ではなかった。

 それゆえに使用人は最低限、当主であるフローラの父親ルーカスが畑で作物を育てて母親エミリが料理を作ることも当たり前だった。


 そんな男爵家時代を経ているため、フローラも侍女アデリナがサポートはするものの一人で支度もおこなえる。


(ダイニングには何か食べ物あるかな……)


 サンドウィッチでも作ろうか。

 そう思いながらダイニングに入ると、そこにはアデリナがいた。


「どうして……」


 驚くフローラにアデリナは挨拶をして得意げに言う。


「もうっ! 奥様と一緒にお嬢様の育児をしたのは、この私なんですよ! このくらいの小さな子が早く起きることくらいわかっておりますよ」


 アデリナは懐かしそうな表情を浮かべながら、手を動かす。


(そうか……アデリナは私の面倒をいつも見てくれてたのよね……)


 フローラは昔の記憶を手繰り寄せる。

 そうこうしているうちにアデリナは手を洗って二人のもとへきた。


「ルイト様、おはようございます」

「おはよう……」


 ルイトはか細い声で挨拶を返した。

 どうやら少々人見知りをしているらしく、急いでフローラの後ろに隠れてしまう。


 そんな反応も想定済みのアデリナは、無理に近づこうとはしない。


「ふふ、少しずつ慣れてもらいましょうかね! あ、子どもでも食べられる薄味で柔らかい食事を用意しました。お嬢様の分の大人用モーニングもありますが、ご一緒に召し上がりますか?」

「ええ、あっ! でも、まずルイト様にご飯を召し上がってもらってから、私は食べるわ」

「わかりました。それでは、先にルイト様の食事をお持ちしますね」


 アデリナがキッチンへ戻ると、フローラはルイトとテーブルに向かった。


(もう用意してくれていたのね)


 向かった先には大人用の椅子、その隣には子ども用の小さめ椅子があった。


(これ、私が使ってた小さな子ども用の椅子。抱っこをして食べさせてくれていたお母様に、椅子に座りたい、座らせろ!ってせがんだのよね)


 幼い頃の記憶に思わずフローラは微笑んだ。

 すると、ルイトはそんな彼女を不思議に思って尋ねる。


「フローラ、なにがおもしろいの?」

「ふふ、実はこの椅子は私も使っていた椅子なのです」

「フローラが?」

「ええ、だからお揃い……『いっしょ』ですね!」

「いっしょだ!」


 ルイトは満面の笑みを浮かべてぴょんと一つ跳ねた。


 彼を椅子に座らせている間に、アデリナが朝食を運んでくる。

 子ども用の丈夫な皿には、ふかし野菜や柔らかめのパンが乗っており、後からスープが並べられた。


「では、いただきます」

「いただきます!」


 フローラの合図と共に、ルイトはパンに手を伸ばした。

 柔らかく甘めのパンが気に入ったようで、口いっぱいにほおばっている。


(よかった、食べてくれてる!)


 順調に食べていく中で、フローラにはある懸念があった。


(ニンジン食べられるかな……)


 皿に乗っているのはふかしただけのニンジン。

 ルイトはニンジンが野菜の中でも特に苦手であった。


 しかし、フローラの心配とは裏腹に、ルイトは自らニンジンを食べている。


(あれ……どうして……)


 不思議に思ったフローラは、アデリナにこっそりと尋ねる。


「アデリナ、このニンジン何か特別なことをしているの?」


 すると、アデリナは彼女の質問で察したのか耳打ちで伝える。


「これは裏の畑でとれたものなのですが、今朝とったから特別に甘いんです。ルイト様はニンジンがお嫌いそうですか?」

「ええ、でも食べていらっしゃるから、びっくりして……」

「なら……旦那様の育てたお野菜が美味しいということですね!」

「そうね、またお父様にお礼言わなきゃいけないことができたわ」


 美味しいご飯に夢中なルイトの後ろで、二人は笑い合った。


 こうしてルイトは残すことなく綺麗に食べきった。

 フローラも食事を終えた頃、ルイトは外で遊びたいと彼女に伝える。


「そうですね、天気もいいですし、支度をして、お庭で遊びましょうか!」

「うん! おにわであそびたい!」


 身支度を済ませて二人は庭へと出た。


「う~ん! 朝早くから活動すると気持ちいいわね!」


 すっかり日が昇って朝日が気持ちいい。

 フローラは思いっきり手を広げて、澄んだ朝の空気を吸い込んだ。


 一方、ルイトはというと初めてのこの家の庭が楽しいようではしゃぎまわっている。


「フローラ! おいかけっこしよ~!」

「わかりました。では、いきますよ~!」


 さあ走ろうと意気込んだフローラの腕は、逞しい誰かの手に捕まった。


「え……」

「朝から、元気だね~。フローラ、それにルイト」


 銀色の綺麗な髪は太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。

 その髪の持ち主である彼の胸にはバッジが存在感を示している。


(まさか……)


 フローラはそのバッジを見て、声をあげた。


「ヴィル・クライン第一王子……!」


 彼はフローラの言葉が正しいといった様子で微笑んだ。


(なぜ殿下がここに……!?)

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