第30話 代理母の終わり
春がやってきて、フローラが代理母となって明日で一年となる。
最後の夜に、フローラはルイトに全てを話す。
「ルイト様」
「なあに?」
いざというと言葉が出てこない。
何度もこの日のために言う覚悟をしたつもりだったが、彼女の中でルイトはとても大きな存在になっていた。
唇を震わせながら、彼女は口を開く。
「ルイト様の新しいお家が決まりました」
「……え?」
「自然豊かな町でお優しいご夫婦が、ルイト様の新しいお父様とお母様になります」
(言ってしまった……これで、終わり。私の役目は終わり……)
ルイトはしばらく何も言わなかった。
そして、フローラの方を見て微笑んで告げる。
「わかった。あたらしいおうちにいくよ」
何も反論しない。
ただ素直に聞き入れて新しい居場所に向かおうとしている。
あっさりした反応に冷たささえ感じるだろう。
しかし、フローラにはわかっていた。
(ルイト様はわかってる。全てを理解している。わかってて、わがままを言わないようにしてる。その想いを踏みにじって、私が離れたくないなんて言えない)
フローラもまたルイトに笑みを向け、最後の挨拶をする。
「おやすみなさい、ルイト様」
「おやすみ、フローラ」
月が輝く中、二人は静かに目をつぶった──。
◆◇◆
「では、ルイト様をよろしくお願いいたします」
「ええ」
フローラはヴィルの同行のもと、正式に決まった養子縁組み先の家までルイトを送り届けた。
「では、ルイト様。お元気で過ごしてくださいね」
「うんっ! フローラもげんきでね!」
最後に頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめる。
そしてそっと手を離した。
(さようなら、ルイト様……)
帰りの馬車に乗り込んだフローラはそう心でお礼を告げる。
「フローラ、いいか?」
「はい、行きましょう」
その言葉を合図に、馬車はゆっくりと王都へと戻っていく。
フローラの中で彼と出会った時のことが思い出される。
(最初はただ助けたかった。ディーター様に虐げられている彼を救いたかった……)
うまくいかない日々、資格をとって育児に向き合った。
(ルイト様……)
『フローラのぎゅー、すき~!』
『フローラ! おいかけっこしよ~!』
彼の幼くて可愛い声が頭の中でこだまする。
『フローラ、おかえりなさい』
『うん!! すっごい楽しいよ!!』
『だから、ぼくフローラがだいすき。フローラといっしょにいたい。ずっと』
(ルイト様……)
彼女の瞳に涙が浮かぶ。
(ああ……一緒にいたい。一緒にいたい……こんなに好きなのに、こんなに、離したくないなんて……)
その時、彼女の耳に声が聞こえてくる。
「フローラ!!」
その声は馬車の後ろから聞こえる。
急いで振り返ると、ルイトが泣きながらフローラのことを追いかけていた。
「まってっ! フローラ! いかないでぇー!!!」
「ルイト様っ!!」
(どうしたら、どうしたら……! でも、でも……ここで行っては……)
「フローラ!! フローラ!! まってっ! いかないで! いっしょにいて!!」
その時、馬車が止まった。
そして、ヴィルはフローラに声をかける。
「行っておいで」
「でも……」
「行けっ!!」
背中を押された瞬間、フローラは馬車の扉を開けて飛び出した。
「ルイト様っ!」
「フローラ!!」
一生懸命前へ前へ、手を伸ばす。
そして、二つの手はようやく再会し、抱きしめ合う。
「ああああーーーーーー!」
「ルイト様っ!」
「おねがい! いっしょにいたい! いたいよ!!!」
大粒の涙が零れ落ちていく。
そんな二人のもとに夫婦はやってきて、フローラに声をかける。
「その子にはお前さんがいいみたいだね」
「でも……」
夫婦はフローラの後についてきていたヴィルに頭を下げる。
「殿下、申し訳ございませんが、養子縁組みは中止とさせていただけませんか。それと、この二人を一緒に、過ごさせてあげてください」
ヴィルはその申し出を聞き、目を閉じた。
そして、再びそれを開いてフローラに問いかける。
「フローラ・ハインツェ。今ここで問う。ルイト・キルステンの親代わりとなること、希望するか?」
「いいのですか……?」
ヴィルは何も言わずにじっと彼女の瞳を見つめている。
選択は彼女自身にゆだねられていた。
(私が傍にいられるのであれば、私は……)
「殿下、わたくしは、ルイト・キルステンの親代わりとなることを希望します!」
その言葉にヴィルは笑みを見せ、頷いた。
「国王陛下からこの件については私に一任されている。よって、この場でフローラ・ハインツェをルイト・キルステンの親代わりとして正式に認める」
こうして、フローラとルイトは親子として新しい生活を始めることとなった──。




