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第28話 夕涼みの記憶

 ルイトの授業参観が無事に終了した後、フローラとヴィルは幼稚園近くの小川に来ていた。


「君が本当にデートに付き合ってくれるとは思わなかった」

「お約束ですからね。でも、まさかただ夕涼みに付き合ってくれっていうお誘いとは思いませんでした」

「『お約束』ね……」


 彼の呟きはフローラには届いていない。

 小川のひんやりとした水に彼女は手をつける。


(冷たい……)


 フローラの隣にそっと彼が座った。

 じっと何も言わない彼に、フローラが口を開く。


「今日は静かですね、ヴィル様」

「……そうだね」


 さっきまでの彼の雰囲気とまるで違う。

 整った顔立ちに伏し目がちな目。彼の細い指が小川の水をすくっては解き放つ。

 どこか儚げでこのまま夏と共に消えてしまうようなそんな気がした。


 ただ何を言うわけでもなく、じっと二人で並んで小川を眺めている。

 そんな時が心地よい。


(あれ……あの日みたい……)


 フローラは幼い頃のある夏の日のことを思い出す──。



『君はまるで夏の太陽のように綺麗で眩しいね』

『そんなことはないわ。私は冬生まれだし』

『じゃあ、雪が舞う日のほうが好き?』

『ううん。私、寒いのは苦手なの』



(あれ、今の会話って誰としてたんだっけ?)



『また会える?』

『ああ、いつか──。君を迎えに行くよ』

『そうしたら、また一緒にこうして夕涼みしましょうね』

『ああ』



(あ……)


 フローラの中でだんだん鮮明になっていく記憶の欠片。

 その欠片は一気に形になって、「彼」の声が聞こえてくる。


(どうして、今まで気づかなかったんだろう、私……)


 フローラは幼い頃にある男の子と出会った。

 その男の子は王都から避暑地でもあるフローラの村にやってきていたのだ。

 たった、一度だけの逢瀬。

 夕暮れと共に去っていった彼の背中を少女はじっと見ていた。


 初恋──。


 夏の終わりに咲いた淡い色の初恋の花は、心の中で大事にしまわれた。



『私、フローラっていうの! あなたは?』

『僕? 僕の名前はね──』



「ヴィル」


 突然呼ばれた彼はハッと顔をあげた。

 彼女の声は今までの仰々しい身分の差がある呼び方ではない。

 あの夏の終わりと同じ呼び方。


「フローラ……」

「昔、ある夏の夕暮れに出会った男の子がいました。たった一度きり。でも、夢を互いに語り合いました」


 彼女は川の中を漂う彼の手を掴んで、指と指を絡ませて握った。


「沈みゆく夕日に輝く髪は、銀色で眩かったのを覚えています」


 そう呟く彼女の腕をぐっと掴んで彼は自分のもとへ引き寄せた。


「忘れられていると思っていた。あの日の少女をずっと追いかけて、もう一度会いたくて」

「でも、あなたは私を見つけにきてくれたじゃないですか。あの日の言葉通り、私を迎えに来てくれました」


 あの日と同じ夕日が沈みゆく中で、二人は見つめ合う。


「フローラ、僕はあの日からずっと君が好きだった」

「私の初恋は、あの夏の日に置いたままでした。あなたが記憶を呼び戻してくれた」


 フローラはヴィルの胸元に手をあてて、笑みを浮かべる。


「ルイト様を育てる時も、夕涼みしたあの日も隣にいてくれた。あなたは、いつのまにか私にとって大事な人になっていました」

「フローラ……」


 二人の影はゆっくりと重なっていく。

 夏の日に始まった恋は、夏の日に愛に変わった──。




 恋を実らせた二人の想いを乗せて、季節は秋へと移り変わっていく。

 そして、事件は何の前触れもなく訪れた。

あと、2話+エピローグで本日完結します!!

最後まで応援いただけますと幸いです!

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