第17話 試験は中止……と思いきや?
「うぅ……」
フローラは重い瞼をゆっくりとあげた。
「フローラ!」
「ヴィル様……?」
まだ視点が定まらない中で、ヴィルの声がフローラに届いた。
ぼんやりとした頭とぐわんぐわんという脈打つ痛みが彼女の全身を襲っている。
なんとか起き上がろうとしたその時、大きな痛みで彼女の体はビクンと跳ねた。
「いたっ!」
「動かないで、まだ寝ていた方がいい」
(私、どうしてここに……)
一番痛みを強く感じた右腕を見ると、包帯が巻かれていた。
自分のその姿を見て、フローラはようやく直前の記憶を思い出す。
(あ、私、野犬に襲われて……)
教会の子どもであるリアを守ろうとして、自分の身を犠牲にしたことが脳裏で再生される。
「リアやみんなは、大丈夫ですか?」
フローラはヴィルに尋ねた。
その言葉を聞いたヴィルは、一息ついて安心したように答える。
「君って子は……自分がこんなになっても他人の心配か。恐れ入るよ。大丈夫、みんな無事だから安心して」
ヴィルからの言葉を聞いたフローラは、ほっと胸を撫で下ろした。
「いいかい? 資格試験の講座は一旦中止。君は治療に専念しなさい」
「え……」
それを聞いたフローラはヴィルに食ってかかる。
「だめです! ルイト様が待っているんです! 私は大丈夫ですから、講座の続きをさせてください!」
彼女の懇願も虚しく、ヴィルは首を左右に振る。
「だめ。それは講師として許可できない」
「ですが、腕の怪我だけです! それに、座学なら頭と左手さえ動けば……」
そこまで言って彼女ははっとする。
(そうだ、あの子の名前を結局聞けていない)
時計を見ると、もう夕方になっておりとっくに制限時間が過ぎていることに気づく。
(そっか、座学はできても、もう私に試験を受ける資格はない。私は、課題で失格になった……)
彼女が心の内で何を考えているのか想像がついたヴィルは、助言を伝える。
「試験は失格だ。だけど、補講をクリアすれば特別に再受講の後に、試験をおこなえるようにする」
「では……」
「ああ、君はもう一度……」
ヴィルがフローラに再受講可能であると伝えていると、部屋の扉が勢いよく開いた。
「殿下っ!」
フローラとヴィルが部屋の入口に視線を向ける。
そこには赤茶色の髪をした男の子が息を切らせて立っていた。
「君……」
「その姉ちゃんが怪我したのは、俺のせいなのか!? 俺が名前言わなかったから、こんなことに……」
ヴィルは男の子に近づくと、彼の頭にポンと手を置いて優しく諭す。
「大丈夫、君のせいじゃないよ」
「でも、さっき二人で話してた『試験』ってのが、関係してんじゃねーのか!」
フローラは痛みを堪えながら立ち上がり、急いで男の子のもとへ向かう。
「あなたのせいじゃないんです。私が、ドジだから野犬から身を守り切れなかった。でも、私の腕一つの怪我でみなさんが無事なら、私は嬉しいです。あなたもリアを助けようとした、勇気ある子ですね」
そう言って、ヴィルと同じように男の子の頭に優しく手を置いて撫でる。
男の子の目に涙が溜められるが、彼はそれを見せまいと服で急いで拭った。
そして、彼はフローラを真っ直ぐ見つめて告げる。
「フリード」
「え?」
「俺の名前、フリード」
そう言うと彼はヴィルを見て言う。
「殿下、これでこの姉ちゃんは試験合格できるか?」
それを聞いたヴィルは、ふっと笑ってフローラに尋ねる。
「君に尋ねよう。さあ、教会の五人の子どもの名前は何だった?」
「ヴィル様……」
「さあ」
フローラはヴィルに答えていく。
「お花が大好きで優しい性格のリア、みんなのお兄さん的存在で常にまわりを見ているキース、運動は少し苦手だけど料理が好きなアリス、シスター長を助けようとお手伝いを一生懸命頑張るシャロン、そして、木登り上手でやんちゃ……でもとても仲間思いでまっすぐな心を思ったフリード。これが彼らの名前です」
それを聞いたヴィルは、大きく頷いた。
「よくできました。時間は過ぎてしまったが、今回は特別事例として合格とする」
その言葉を聞いて、フリードはフローラに抱き着く。
「ありがとう、リアを助けてくれて」
「ううん。みんなと少しだけど遊ぶことができて楽しかったです。また遊びましょう!」
フリードは頷いて笑った。
その夜、フローラは自室に戻ってきていた。
付き添いでヴィルも一緒に来ており、二人はベッドに腰かけて話し始める。
「本当にこのまま試験を受けるの?」
「はい、明日は国立記念日ですから。ルイト様とのお約束を果たしたいんです」
ヴィルは少し考えた後、フローラに事情を明かす。
「君は予想以上に吸収できていたから、残っている座学は二時間分だけ。それを明日午前に受けて、午後を試験とする。これでどう?」
「はい、お願いします!」
フローラはヴィルに頭を下げた。
(ルイト様、待ってくれているかな……)
彼はどう思っているだろうか。
また親しい人間と離れたことで寂しい思いをしているのではないか。
フローラは不安に思っていく。
しかし、そんな彼女の不安を感じ取ったヴィルは、フローラに告げる。
「ルイトなら大丈夫。君を待ってる。君を信じてる。だから、必ず戻れ、ルイトのもとへ」
フローラははっとすると、笑ってヴィルに答える。
「必ず、ルイト様のもとへ戻ります。強くなった母として……」
フローラとルイトの再会の時は、もうすぐそこまで来ている。
いつも読んでくださってありがとうございます!
ブクマや評価などいただけますと大変励みになります。
気に入っていただけた際、心が動いた、よかった、と思った時などご検討いただければと思います。