第16話 危険が迫っている中、彼女は
赤茶色の髪をした男の子は、フローラから逃げ続ける。
「ま、待って……!」
フローラは必死に彼を追いかけるが、彼の方が素早く足も速かった。
(ルイト様とは全然違う……速すぎる)
それも当然である。
彼はルイトよりも年上で九歳。普段からかけっこや木登りもやっており、身体能力が高い。
木に登った彼は、余裕そうに木の枝と枝の間で寝転がっている。
フローラは木の下から、何度も呼びかけた。
「お願いします! 危ないですから、降りて来てください!」
「へっ! 嫌だね! 誰が降りるか、バーカ!」
悪態をつくばかりで、彼は登ったまま降りてこない。
(仕方ありません、奥の手です)
フローラはドレスの裾を結んで足を露わにした。
「へっ!?」
それを見たヴィルもさすがに驚いている。
「今、そこに行きますからねー!」
フローラはそう言って、ゆっくりと木に登っていく。
「お、おいっ! まじかよ……!」
男の子もさすがに予想外だったようで、起き上がってフローラのほうを見た。
「うんしょ……よいしょ……」
「お前、登れんのかよ!」
男の子はフローラに向かって叫んだ。
すると、フローラは当たり前といった様子で返事をする。
「いいえ、初めてです!」
「うそだろ……おいっ! やめとけ!」
「いやです!」
フローラは男の子の忠告も聞かずに、一生懸命に上を目指して登り続ける。
(試験に合格して、ルイト様を幸せにする。たった一年でもいい。それでも、それでもあの子を幸せにしたい!)
フローラはその気持ちを強く持ち、ひたすら上へ上へと手を伸ばす。
「名前一つでなんでそんな……」
男の子は呟くも、フローラには届いていない。
彼が観念して木を降りようとした、その時だった。
「きゃあ~!」
「リアっ!」
突然、女の子の悲鳴が響き、シスター長がその子の名を呼んだ。
フローラと男の子がそちらに視線を向けると、離れたところで花を摘んでいたリアが、野犬の群れに襲われていた。
「リアっ!」
男の子は木から降りて助けに向かおうとするが、それよりも早くフローラが木から飛び降りて走り出していた。
ヴィルも急いでリアのもとへ走るが、距離が離れている。
「くそっ!」
一番最初に到着したのはフローラだった。
彼女は野犬からリアを庇う様に背中に隠す。
「大丈夫だから、私が守るから」
「こわい……」
リアは怖さで足が震えて動けなくなっていた。
(二人で走っても逃げきれない。どうすれば……)
フローラはじりじりと後退してみるが、野犬たちはうなりをやめない。
(ヴィル様は……)
一瞬野犬から目を離したフローラだったが、それが命取りになった。
野犬の一匹が、フローラに飛び掛かったのだ。
「うぐっ!」
フローラは咄嗟に右腕を出すが、野犬に噛まれてその腕からは血が流れ始める。
「フローラ!」
直後、剣を抜いたヴィルが野犬を切りつけると、それに怯えた群れは一気に去っていく。
「おねえちゃんっ!」
リアの叫ぶ声がフローラの耳に届く。
(あ……目がかすむ……)
「────!」
(ヴィル様、何か言ってる。なに……?)
フローラの意識はそこで途絶えた。
彼女が倒れた地面に、大量の血が流れ落ちていく。