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第12話 会いたい、一緒にいたい、だから私は!

 王宮を後にしたフローラは馬車で景色を眺め考え込んでいた。

 その瞳は虚ろな色を含んでおり、今にも泣きそうな顔をしている。


「これでよかった、よかったのよ……」


 母親としての責務を全うできず、ルイトから求められることもない。

 それに加えて、フローラはルイトを命の危機にさらしてしまったことを悔やむ。

 どうしてもそんな自責の念が彼女の心から離れない。


(あの時、アデリナがいなかったら? アデリナが見つけてくれなかったら? 私一人ではルイト様を見つけることも看病することもできなかった。いえ、それ以上に……)


「ルイト様に相応しくない」


 フローラのか弱い声は、馬車の走る音でかき消される。



 彼女はたった数日前にルイトを引き取り育てる宣言をした。

 それも自身の婚約破棄の場で堂々と……。

 その時は彼女自身ルイトを守ることに必死であり、守れるとフローラ自身も思い込んでいた。


(私の認識が甘かった。人の命をそんな軽々しく扱っていいはずない)


 フローラは頭を抱えて顔を歪めた。


「こんな私では、ルイト様を守れないじゃない……」


 それは自分に向けられた絶望の言葉であった。

 感情と実情は別であると、彼女は今回のことで思い知ることとなったのである。


 すると突然、失意の底に沈む彼女の中で浮かんでくるものがあった。


「ルイト様……?」


 それはルイトの姿だった。

 彼の笑う顔、彼が走って抱っこをせがむ姿、彼のすやすやと眠るあどけない様子──。

 どれもこれもが初々しく愛らしい。

 たった数日過ごしただけでもそれは鮮明に思い浮び、どんどんと溢れて止まらなかった。


 苦しかったこと。悲しかったこと。

 フローラは多くの苦労としていた。

 しかし、それよりもはるかに大きく感じられた幸せな気持ちや想い。

 その柔らかく温かい感情が彼女の中でより強く、より速度を増して膨れ上がってくる。


「一緒にいたい……」


 ふと言葉が零れた。

 彼女の瞳からは次第に涙が流れ出し、ポタリと落ちては彼女のスカートを滲ませる。


(でも、こんなこと許されない。一緒にいたいなんて私のわがまま、私だけの……)


 涙が乾き始めた頃、馬車はハインツェ邸に着いた。

 そこにはもう王宮から派遣されたルイトの迎えが来ている。

 すると、馬車を降りた彼女の耳に小さな子どもの声が届いた。


「いやあ~!」


 その声の主はルイトだった。

 迎えの侍女が彼を抱っこしようと手を伸ばすが、その手を必死に跳ねのけアデリナにしがみついている。


(ルイト様……!)


 フローラは今にも彼に手を差し伸べたかった。

 しかし、彼女の理性が体を動かしてくれない。


(私が、私が行ってはだめ……! 私はもう母ではないのだから……)


 フローラの手はぎゅっと強く握り締めている。

 しかし、葛藤する彼女に声をかけた人物がいた。


「いいのか?」


 自らにかけられた言葉を聞き、彼女は振り返った。

 そこには先程彼女の辞任表を受け取ったヴィルが立っている。


「ヴィル様……」


 ヴィルはルイトの迎えの従者と共に先にこの場に到着していた。


「本当にあの小さな手を放していいのか? もう会えなくなるぞ。お前は一生ルイトの母親になれなくなる」

「ですが、私はもう母親ではありません。それに私が母親である限り、彼には命の危険がつきまといます。もう……うまく育てる自信がありません」


 フローラは再び瞳を潤ませると、顔を伏せた。

 弱気になる彼女に対し、ヴィルは助言をし始める。


「最初から自信があるはずがないだろう」

「え?」

「子育てはきっと一人でやるものでもない。そして、母親が一方的に与えるものでもない。母親は……親はきっと子育ての中で一緒に成長していくものだ。最初から完璧な親なんていない。違うか?」


 彼の言葉はフローラは顔をあげる。

 自分一人で育て切ろうという考えに捕らわれていた彼女にとって、その言葉は心に響いた。


(最初から完璧な親なんていない……)


 ヴィルの助言を繰り返すように心の中で呟いた。

 唇を震わせて心を迷わせているフローラに、彼はもう一度問いかける。


「君はどうしたいんだ。それを僕は精一杯サポートする」

「ヴィル様……」


 彼の助言によって気づかされた自身の本当の想い。

 フローラはその想いと向き合うように自身の手を見つめると、今度はぎゅっとそれを握り締めて覚悟を決めた。


「ヴィル様! 私に一週間、時間をください」

「その時間でどうする?」

「国家育児専門師の資格を取得してきます」

「ほお?」


 彼女の強い意思のこもった声に、ヴィルの中で徐々に嬉しさがこみ上げてくる。


「その期間だけ、ルイト様を預かっていただけませんか? お願いします!!」


 フローラは頭を下げた。

 執務室で彼に向けた謝罪の礼とは打って変わり、今度は希望の願いを込めて……。


 先程までの彼女とは違う。

 そう感じたヴィルはフローラの覚悟に応えるように返事する。


「いいだろう。観察役として、許可を出す。ただし、国立記念日までに取得すること」


(国立記念日……あと六日しかない)


 わずかな時間でもいい。

 そう思った彼女はヴィルに思いを伝える。


「かしこまりました。必ず、取得してきます!」


 彼女の言葉にヴィルは満足そうに笑みを浮かべた。

 そうして、彼はフローラに向かってルイトへの挨拶に行くように告げる。


「ありがとうございます!」


 フローラはヴィルに笑顔で会釈すると、今もなお泣きじゃっているルイトの元へ急いだ。


「ルイト様っ!」

「フローラ!」


 助けを求めるようなルイトに手を伸ばしたフローラは、しっかりと彼を抱きしめた。

 何度も彼女の名を呼ぶルイトに優しい声をかける。


「ルイト様」

「なあに?」

「六日だけ……お月さまを六回だけみたら、私はあなた様のもとに必ず戻ります」

「ん?」

「必ず戻るので、少しだけ待っていてもらえますか? いつものクマちゃんと一緒に、私の帰りを待ってもらえますか?」


 ルイトはフローラの言葉がわからないのか、首を傾げてじっと見ている。

 全ての言葉は理解できないものの、彼は彼女の感情を感じ取り笑った。


「また遊べる?」


 彼はそう尋ねてみる。

 そんな彼にフローラは笑顔を向けた。


「はい! 絶対にルイト様のもとに私は戻ってきます! そしたら、ずっと一緒にいましょう! たくさんかくれんぼも追いかけっこもしましょう!」

「うん! わかった!」


 元気よく返事をしたルイトに、フローラは安心した。

 彼への愛情と待っていてほしいという思いから、彼の頭を愛おしそうに撫でた。


 やがて、フローラは傍に来ていたヴィルにルイトを預けると、もう一度言う。


「では、必ず私が母として迎えに来ます。それまでお願いします、ヴィル様」

「ああ、わかった。いっておいで」

「はいっ!」


 こうして、フローラの国家育児専門師を資格取得のための六日間が始まった──。




 翌日、フローラは王宮のある部屋にいた。


(緊張する……部屋、ここでいいのよね?)


 国家育児専門師は、座学と実習をおこなって取得することができる。専門師には階級があり、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの四つに分けられていた。

 この内プラチナ資格を持った者が受験者の資格講座の実施と認定をおこなうことができる。

 フローラも例外でなく、このプラチナ資格者に教わるために今、この部屋にいた。


(ルイト様、私、がんばりますから、待っていてくださいね!)


 ふうと一息ついた頃、部屋にノックの音が響く。

 そうして入ってきた人物はフローラにとって意外な人物だった。


「さあ、フローラ、講座を始めようか」


 長い銀色の髪をした彼に見覚えがある。

 その姿を見たフローラは驚きを隠せなかった。


「ど、どうしてヴィル様がここに……」

こちらで第一章が終わり。

また第二章が次回から始まります。


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