第10話 「私、母親失格だ……」
ルイトがいない──。
そう気づき、部屋を飛び出した。
「ルイト様っ!」
寝起きの脳を必死に起こし、フローラは考えを巡らせる。
(いつからいなかったの!? 今!? さっき!? 何時!? どこに……)
玄関まで一気に走ってきた時、ちょうどアデリナと会う。
「お嬢様? どうなさいました?」
「ルイト様がっ! いないの!」
「えっ!?」
アデリナはひとまず焦りで混乱しているフローラを落ち着かせる。
「私も一緒にお探ししますから。お嬢様は屋敷の中を探していただけますか?」
彼女のおかげで判断力を取り戻したフローラは、大きく頷いた。
二手に分かれた後、フローラは屋敷の隅から隅まで探していく。
クローゼットの中や机の下など、子どもが入れる場所は全て確認した。
(どうしよう、怪我とかしてしていない……? それにもし屋敷の外に出てたら……)
ハインツェ伯爵家は街から少し離れた場所にある。
さらに近くには森があり、野犬などの危険な動物が多く生息していた。
間違って子どもが一人で入ってしまえば、襲われる危険性もある。
(お願い、屋敷の中にいて!)
そう心で願った時、わずかにアデリナの声がした。
「お嬢様っ!」
ハッと顔をあげたフローラは、急いで彼女のもとへ向かった。
アデリナがいたのは、裏庭だった。
息を切らせたフローラの目に、彼女とルイトの姿が映る。
「ルイト様っ!」
アデリナによって毛布をかけられた彼は、苦しそうに顔を歪めていた。
状況が呑み込めないフローラに、アデリナは告げる。
「お嬢様、この子、高熱です。急いで中に入りましょう」
「ル、ルイト様っ……」
恐れていたことが現実になってしまった。
そう感じたフローラの顔はどんどん青ざめていき、冷や汗が止まらない。
急いでルイトを部屋に運ぶと、ベッドに横たわらせた。
アデリナは手際よく水と小さめの布を用意すると、彼のおでこに乗せる。
(どうしよう、どうしよう……)
その間もフローラの焦りと不安は止まらず、ついに体が震えてきていた。
そんな彼女を案じて、アデリナが優しく声をかける。
「お嬢様、大丈夫です。小さい子の熱はよくあることですから」
そう言われてもなお、フローラの焦りは止まらない。
「私は! 私は何をすればいい!?」
何か手伝えることはないのか。
そう思いアデリナに声をかけるが、彼女は「大丈夫ですよ」と言うばかり。
(私、なんで何もできないの!?)
ルイトに視線を向けると、彼は今も苦しそうに呼吸している。
「はあ……はあ……」
フローラはアデリナの邪魔にならないように注意しながら、ルイトの汗を拭ってやることしかできない。
「ごめんなさい、ルイト様。私が、私が目を離したばかりに……」
彼女は何度も心の中で彼の無事を祈った。
アデリナの素早い処置のおかげもあり、午後にはルイトの容体が少し落ち着いた。
フローラはひとときも彼の傍を離れず、手を握って見守り続ける。
(少し呼吸が落ち着いたみたい)
安心したフローラに、アデリナが見つけた時の状況を知らせる。
「私がルイト様を見つけた時、馬車の傍で倒れていました。きっと馬車に乗ろうとしたのではないでしょうか」
「馬車に? どうして……」
アデリナは沈黙する。
いうのを少しためらった後、おもむろに口を開く。
「もしかしたら、家族のもとに帰ろうとしたのかもしれません」
「あ……」
フローラは彼女の推察にハッとした。
(そっか、ここまで馬車で来たから……馬車に乗ったら帰れる、ママに会えると思って……)
小さな子どもの考えることは、断片的で時に大人の理解が及ばないことがある。
馬車で来たのなら馬車で帰ることができる。
ルイトはそう考えたのではないだろうか、とフローラは思った。
(ママに会いたいって、それですぐに会えると……私の考えが足りなかったせいだ。だから、だから、ルイト様は一人で家族に会いに行こうとして、寒さで熱も……)
ひどく強い後悔の念が、フローラを襲う。
そうして、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「お嬢様……?」
か細い声で、彼女は言う。
「私、母親失格だ……」