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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

地球のレンタル期限が近づいてきました

作者: 村崎羯諦

「地球のレンタル期限がこの惑星時間で言う所の約50年後に近づいているのですが、延長なさいますか?」


 国連本部のとある会議室。そこに集まった地球の代表者たちに対して、別の惑星からやってきた宇宙人がそう告げた。その言葉に対し、地球の代表者たちは全員、困惑げな表情を浮かべることしかできなかった。


「申し訳ありません。そもそもこの地球に関するレンタル期限というもの自体が理解できないのですが、どういうことですか?」

「ああ、すみません。そこからでしたか。レンタルというのは言葉の通りです。今から約40億年前、あなた方の先祖である原生命体様が私どもから40億年という期限でこの惑星をレンタルしたのです。宇宙にいる原生命体の間では、数百億年前から環境のいい惑星をレンタルして繁殖と進化を行うというのがブームになっているんです」

「40億年という期限は一体どうして……?」

「経験則上、それだけの期間があれば原生命体から進化した知的生命体の文明が発展し、惑星外交流や移住ができると考えられているからです。これまでのお客様も、40億年の間に文明を発展させ、レンタル期限までに他惑星への移住を済ませていただきました。一部移住が無理な場合もありましたが、レンタル期限を見越し、皆様宇宙外貨の備蓄を進めていてくださいました。むしろ今回のようなケースが稀でして、40億年経つというのに未だ惑星外交流が行われていないというのは、知的生命体として落ちこぼ……とてもユニークな発展をされてきたということなんでしょう」


 宇宙人が一部言葉を逃しながら説明する。宇宙人の説明はすぐには信じられない話ではある。しかし、彼が乗ってきた宇宙船や、こうして自分たちと自然に意思疎通をできている事実から、相手の方がずっと文明レベルの高い生命体であることは明らかだった。そんな相手の言うことがすべて嘘だと突き返せるわけもない。そして、地球代表の1人がおずおずと、皆が一番聞きたかった、あるいは聞きたくなかった質問をぶつける。


「それで延長しないままレンタル期限を迎えたら、一体どうなるんでしょう?」


 その質問に対し、宇宙人は人間のような微笑みを浮かべ、答える。


「次のお客様へこの惑星をレンタルするため、皆様には強制的に立ち退いてもらいます。その後、次のお客様へレンタルするため、この惑星は40億年前の姿に原状復帰する予定です。もちろんそれまでに立ち退きが完了していなかった場合にも我々はそれを強制執行できる権利があります。これは宇宙法でも認められている行為でして、惑星の立ち退きをどうするのかについては皆様に考えていただく必要があります」


 予想していた答えに地球代表たちの表情が曇る。もちろん50年という猶予があるとしても、人類全てを別の惑星に移住させるなんて不可能に決まっている。そんなもの受け入れられない。強硬な態度で彼を追い返し、強制立ち退きに対して徹底的に戦うという考えが一瞬頭をよぎる。しかし、彼らは窓の外を見て、それが馬鹿げた考えだということを思い出す。


 窓の外にいたのは、人類のテクノロジーを遥かに凌駕している宇宙飛行船と彼が飼っているというペットの怪獣だった。怪獣は熊ほどの大きさで、体が黒ゴワゴワした毛で覆われている。左右には二つずつ切れ長の目がついていて、時折口から覗く歯は地球の肉食動物と同様に太く鋭かった。


「私自身もね、可能な限り皆様に協力したいと思っているんです。何せ、この惑星に到着するなり、うちのペットが皆様の同胞をうっかり食べてしまったんですから」


 宇宙人が申し訳なさそうな表情で言う。宇宙人の言葉と共に先ほど起きた惨劇を皆が思い出す。警備員の一人があのペットという名の怪物に丸ごと食べられてしまったつい先程の事件は、目の前の宇宙人に力で逆らうことは得策ではないと考えさせるのに十分だった。地球代表は馬鹿な考えを捨て、レンタル期限が差し迫っているという人類史における史上最大の危機をどう乗り越えるべきかを必死に考え始める。


 そして、その時。地球代表の一人がゆっくりと口を開き、宇宙人に問いかけた。


「先ほど他の知的生命体は延長のために宇宙外貨を貯めていたと言っていましたよね。もちろん私たちは惑星外交流を行えるほどに文明が発達していないため、宇宙全体で使用できる貨幣を保有していません。そこで、相談なのですが、通貨ではなく、この地球に存在する何かで支払いを代替できないでしょうか?」


 地球代表の申し出に宇宙人が渋い顔をする。確かに彼ら側からしたらそんな面倒な支払いなど受け付けるメリットはない。しかし、地球代表はそこですかさず先ほどの件を蒸し返す。


「あなたのペットが私たちの同胞を食べたことは宇宙法的に問題はないんですかね?」


 宇宙人が黙り込み、地球代表は賭けに勝ったと心の中でほくそ笑む。本当に今回だけですよ。宇宙人の観念したつぶやきと同時に、地球代表が安堵のため息を漏らした。


「ただ、こちらも商売ですので、延長代金と同じだけの価値を持つものではないとお受けできませんから。そこだけはお願いしますよ」


 地球代表たちは微笑みを浮かべながら頷いた。地球にある何かを差し出せば、きっとレンタル期限を延長できるだろう。その場にいた誰もが皆、そんな甘い考えを抱いていた。


「金ですか……。物質としてはもちろん知ってますが、他の惑星では大量に採掘されているものなので、そこまで価値がないです。これでレンタル期限を延長するとなるとおそらくこの惑星に存在する金を集めても足りないですよ」


 初めに持ってこられた金に対し、宇宙人は呆れた顔でそう言った。


「なんですか、これは? 子供の落書きですか? こんなものにはお金を払おうとなんて思いませんよ」


 次に見せた某有名画家の代表作の絵画に対しては、宇宙人は呆れを通り越して困惑げな表情を浮かべた。


「うへぇ。なんですか、この味は。腐ってるんじゃないですか? 私のペットでもこんなもの食べていませんよ」


 最高級の食材と世界一の称号を持つシェフによる料理に宇宙人はそうリアクションを取る。シェフがムッとしていることに気が付いた宇宙人は自分が持っていた携帯用の長期保存食を取り出し、シェフに渡した。シェフは半信半疑のままそれを口にしたが、それが自分が今まで口にした中で群を抜いておいしいものだということに気が付くと、ショックのあまりその場に倒れこんでしまった。


 それからも地球側は宇宙人に対して、考えつく限りのものを提供した。しかし、どれも自分たちよりもずっと文明を発展させている宇宙人からしたら取るに足らないもので、地球のレンタル期限を支払えるだけのものは存在しなかった。地球代表は物による支払いを嫌がって、わざとそうしているのだと初めのうちは考えていた。しかし、宇宙人の態度やリアクションがあまりにも自然なものだったため、次第にその疑いは消えていき、代わりに自分たち文明を卑下する感情へと変わっていった。


 もう考えられるものはすべて出し尽くした。このままでは地球がレンタル期限を迎えてしまい、地球に住む人類が滅びてしまう。地球人代表たちが途方に暮れていたその時、外に停まったままの宇宙船の横で宇宙人のペットがひと際大きな鳴き声を上げた。そのあまりにも興奮した声に地球人代表や宇宙人が一斉に窓の方へと視線を向ける。するとそこには、宇宙船に括り付けれらた紐をピンと張らせながら、すぐそばを通りがかった施設スタッフへ向けて、よだれをまき散らしながら叫び声をあげている宇宙人のペットの姿があった。 


「申し訳ありません。うちのペットがご迷惑をかけて。いつもは本当におとなしいんですが、この地球に来てからというもの、あなたたちの同胞を見かけるたびにあんなに興奮してしまうようになって……。よっぽどあなたたち同胞の味が忘れられないんでしょう」

「すみません。一つお伺いしたいことがあるんですが、いいでしょうか?」


 宇宙人に交渉をもちかけた例の地球代表の一人がおもむろに口を開く。


「あの生き物はあなたが住む惑星ではポピュラーなペットなのですか?」

「はい、私の惑星では一番ポピュラーなペットですね。この地球で例えるなら……あなた方が飼われている犬や猫という生き物に近いですね」

「仕事に連れてくるくらいですから、よほど可愛がっていらっしゃるんですね」

「ええ、そうなんですよ。私みたいなペット愛好家はかなり多いんです。ペットのためだったらいくらでもお金をつぎ込める。そう考える者も決して少数ではないですね」


 その言葉に地球代表が反応する。そして、周囲を一瞬だけちらりと見て、一度ぐっと言葉を飲み込み、彼は宇宙人に対してとある提案をするのだった。






*****






「おい、聞いたかよ。国連が主体となって始める新しい宇宙探索プロジェクトについて」


 とある喫茶店。友達同士で集まったとみられる男たちが興奮した面持ちで会話をしている。


「聞いた聞いた。今までとは比較にならない規模の宇宙探索で、ついに人を宇宙の外に送り出すんだってな」

「ああ、そのために、宇宙飛行士を大量に採用するんだってな。しかも、給料も家が一軒建つくらいの金額だって噂だぞ。まあ、危険なミッションだからそれも込みなんだろうけどな」

「俺も気になって募集要項を見てみたんだよ。でもさ、要項の一つがさ、すっごい変だよな」


 男の言葉に他の男たちも頷いた。


「ああ、変だよ。何て言ったって、一番最後に書かれている条件が、できるだけ太っていることなんだもんな」

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