領域の主
「なあ、一つ聞いておきたいんだけど」
約1時間前。
出発の準暇ができた俺は、背中で背負っているルナに話しかける。
むにゅんと、背中に当たる柔らかい感触が気になるが、今は無視だ。
うん、デカい。
「どうした?」
「いや、そういえばどうしてアンタは魔獣に襲われてたのかなって」
「………」
無言。
あ、これ聞いちゃいけない系だ。
「すまないが、それは言えない」
「そっか」
やっべ地雷踏んだ。
すぐに話を変えないと。
と、思った時だ。
「だがそれは、勇斗にあまりこちらの世界に踏み込んで欲しくないからだ。
君はここを抜けたら、もとの平和な生活に戻る。
こちらの世界のことを多く知ってしまったら、君は戻れなくなる」
「そっか」
俺のためを思って、てことね。
確かに下手に裏の事情を知りすぎたらヤバイわな。
よくドラマとかでも「お前は知りすぎた」って消されてるシーンとかあるし。
「でも、そうだな」
まだ続きがあったらしい。
返事は返さず、続きを促す。
「私には、全てを犠牲にしてでもやらなければならないことがあるんだ」
すごく決意のこもった声だった。
その言葉に嘘はないだろう。
全てを犠牲に、ね。
その言葉は、俺自身にもよく響く言葉だった。
「よし、出発するぞ」
「あ、少し待ってくれ」
歩き出そうとしたところを静止される。
「どうした、脱出までどれくらいかかるか分からないし、急いだ方がよくないか?」
「それは分かっている。
だが、それよりも優先して伝えておかなければならないことがある」
「………」
少しの間が空き、ルナはゆっくりと口を開いた。
「この領域を作り出した者の存在だ」
★★★
「ねえ、どこに行くんだい?」
「………っ」
耳元で囁く声が聞こえたと同時に、思いっきり跳躍。
ヤツから距離をとった。
「おやおや、いきなり逃げるだなんて、ボクはあまり好かれていないようだ」
俺の視線の先には、「フフフ」と楽しそうに笑みを浮かべる男。
肩あたりまで伸びた金髪の髪に、海よりも碧い眼。
汚れ一つない白スーツがよく似合っている。
「アンタがこの領域内の主だな」
「へえ、一般人のくせにボクのことを知っているのかい?」
意外そうな顔をする男。
だがすぐに納得がいったように、手をポンと叩いた。
「ああ、なるほど。そこのお嬢さんから聞いたわけだ」
いわゆる金髪碧眼のイケメン。
腹が立つが、認めざるを得ないだろう。
その美しさに、一瞬女の人かと間違えそうになったし。
しかも頭の回転も速い。
弱点なしじゃねえか。
絶対モテてるな、俺の敵だ、うん。
「………」
少し首を動かしてルナの方を見る。
ルナがコクンと頷いた。
様子からして例の男であることは間違いないだろう。
ルナが言うに、ヤツはこの領域内を作り出した張本人で、魔獣を使役しているらしい。
使役しているということは、魔獣をいつでも呼び出せるということ。
つまり、この公園内で1番見つかってはいけない人物ということだ。
その証拠にザラザラと魔獣たちが集まってきている。
もう逃げ場はない。
よし、これは腹をくくるしかねえな。
やることは一つだ。
「名前はルークだったか。
なかなかいい名前だな、俺のと交換してくれよ」
「君の名前次第だね」
「俺は檜山勇斗だ」
「残念ながら、あまり好みの名前ではなさそうだからお断りするよ」
軽いジョークを交えて会話していく。
ダメだ、相手が全然何考えてるのかわかんねえ。
でも見つかっちまった以上はやるしかねえよな。
「そうか、アンタとは親友になりたかったんだけどな。
そりよりもーーー」
勝負はここからだ。
「俺たち日が暮れる前にこの公園から出たいんだけどさ。
出してくんないかな?」
さあ、どうでる?
「それはできない相談かな」
やっぱそうなるよな。
周りをチラッと見る。
会話してる間に魔獣に完全に囲まれていた。
これで脱出は絶望的だ。
抜け目ねえな……
それでも、俺のやるべきことをやるだけだ。
「そこをなんとかなんねえかな?
門限過ぎると妹に怒られちまうんだ」
「ほう、それは困ったものだね」
うーんと少し考えるフリをするルーク。
「じゃあ、こうしよう《破壊神の腕》を置いて行ってくれれば君だけは返してあげるよ」
やっぱりそう簡単に逃してはくれないよなあ。
もちろん、俺はルナと脱出するって決めたんだ。
俺だけ逃げるって選択肢はない。
だが、ルークの言葉に少し気になるワードがあった。
「《破壊神の腕》?」
「おや?
それは彼女から聞いていないのかい?」
「あ、ああ」
ルナの方をチラッと見る。
おい、聞いてないワードが出てきたんですけど???
「なるほど。君がなぜ彼女に協力しているのかと疑問だったが、何も聞かされていないようだ」
「え?」
「知らないのなら教えてあげるよ」
また「フフフ」と不敵に笑うルーク。
「彼女は罪人なんだよ」