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『お家』というアドベンチャーワールドで冒険をする

作者: 亜月小豆

 カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。

 隣にはひどい寝癖でスヤスヤ眠る彼の姿があった。そして、彼を起こすのが私の日課だ。


「起きろー」


 そう言って彼の腕に頭突きをする。


「ん〜おはよう、ルナ」


 伸びをしながらあくびで口を全開の顔をこっちに向けてくる。

 今日という日のスタートだ。


 彼が顔を洗う横で、洗濯機に乗った私も顔をこすって洗う。明日は雨が降りそうだな、と思う。

 その次はお待ちかねのごはんだ。

 

 プラスチック製のお皿にキャットフードが盛られる。マグロ風味とやらで、これがまたうまいんだ。

 食べ始めると彼は仕事に出かける準備を始める。ノートのようなものをたくさんバックに詰めているが、なんと書いてあるかは私にはわからない。きっと仕事で使うものなのだろう。


 そして彼は仕事に向かう。家から少し歩いたところにある学校へ。

 ここは町外れの木々を少し抜けた先にある一軒家で、二階建て。一人と一匹で住むには少し広いが良い家だと思う。


「いってきまーす。良い子にしてるんだよ」


 そう言いながらドアノブに手をかけ押し開き、自然の空気を部屋に引き込みながら彼は仕事へ向かった。


 外の足音を見送り、彼がいなくなった今、この家にいるのは私一人ということになる。何をしてても良いということだ。

 日に当たってのんびりするもよし、窓の外を眺めて行くことのできない外の世界に想像を膨らませるのも良いだろう。でも、そんなのはもう飽きた、だから冒険の旅に出た。




 食器棚の下から二段目の右側、ここがおやつの在処だということを私は知っている。

 キッチンへ向かう足取りは軽く、顔が自然と良くない笑みが浮かんでしまう。

 キャットフードの山の下におやつがあって、探す時にかなり床を汚してしまったが気にしない。


「うまいなぁ、たまにはおやつのひとつくらい出せってんだっ!」


 無事におやつをゲットした私は一人愚痴を垂れていた。


 おやつを堪能する中でふと、耳に聞きなれないような音が入ってきた。葉が擦れる音、水泡がはじける音など様々だ。

 音のなるほうに目を向けると、いつもは彼が行かせないようにと閉めている二階へ続くドアが開いていた。

 好奇心とやらは厄介だ。行くしかないと思った時には私の足は二階へと向きを変えていたんだ。さらなる冒険をしに。




 階段はきしみ、上るにつれ壁にはツタのような植物が生い茂っていく。不気味な雰囲気がしたが進む。

 あと一歩で二階の部屋に入るというところで顔の横で何かが動くのを感じた。

 横を向くのよりも先に湿った何かが顔をふれた。


「ひゃっ、な、なんなんだお前!」

「…………ぱっ」


 舌を出し、声とも言えない音を発したのはカメレオンで緑のツタに擬態していた。


「俺はカメレオンのジャックだ。お前ここに来るの初めてだな?」

「う、うん気になって来ちゃった……てかしゃべったっ!?」


 カメレオンも話せることに驚いていると、彼は二階の部屋を案内すると言ってくれた。

 ジャックと共にまだ見ぬ地、二階へと一歩踏み出していった。


 目の前に広がっていたのは、部屋の天井まで伸びる大きな木に観葉植物の数々、自分の体長の何倍もの大きさのある水槽など、私にとってそれらは憧れていた森や海のように思えた。

 一度深く息を吸い込んで、吐いて、高鳴る胸の鼓動を落ち着かせて中央の大木に向かった。


「それにしてもでかいな」

「な、でかいだろ」


 私のつぶやきに応じるジャックはどこか誇らしげだった。自分が育てたわけじゃないだろと内心思いつつも話している時の目は少し輝きを見せたので、大木の大きさに免じて気にしないことにする。

 きっと、ジャックも彼以外と話すのは初めてなのだろう。

 そんな考えを巡らせていると、頭に何かが落ちてきた。


「いでっ」

「お、お前ラッキーだな。それ年に一回しか実らない果物だぞ」


 落ちてきたそれは果物らしい。赤っぽくてそんなに固くもなかった。

 しかも、年に一回しか実らない幻の果物だなんて食べてみないわけにはいかない。


「パクッ……ぶぇ! まずい」


 それを口に入れ、嚙み潰すとじんわりと果汁が出てきて、苦さで吐き出した。


「ハッ苦いだろ? 俺も去年引っかかったんだよ」


 知ってるなら最初に言ってくれてもいいのに。でも、そこまで悪い気分ではなかった。こんな風に言葉の通じる相手と他愛無いことで笑いあったりすることなど、初めてだったから。

 ジャックが口をあけて笑うのを見て、私も笑みがこぼれた。


 そろそろ次の場所へ行こうと言うので、私はすぐ行くと言って大木に近づいた。


「『じゃっくにあった』っと」


 ジャックが場所を移したのを確認して、一人つぶやきながら大木に爪でひっかき傷を作った。

 人間が使う『ひらがな』という文字で自分で習得した。きっと、ジャックにはわからないだろう。

 だが、私さえわかればいい。私をここへ連れてきてくれたジャックを忘れないために……




 そして、次なる冒険の舞台、観葉植物の森へとたどり着いた。


 中に入ってしまうと葉が重なり合ってよく周りが見えなかった。

 それになんだか蒸し暑い。葉には水滴がしたたり、雨上がりのようなじめじめした空気がここら一帯に広がっていた。


「なんか少し不気味じゃない?」

「そうなんだよ、ここは俺もあんま好きじゃない」


 あまり来ないと言うジャックは、怖がりながら私にくっついていた。

 ゆっくりと足を進める私たちの体に、


 サワリッ――


 何かが触った。


「な、な、な、なんか触ったよね?」

「イヤーッッ」


 触ったものは、細長くてしましま模様の尻尾のようだった。それを先の方へ目で追っていくと……ヘビだった。

 同じ爬虫類のくせにジャックが一番驚いていた。イヤーなんて声出して。


 すると、ヘビが驚いたのか植物達の奥へと逃げてしまった。

 ヘビも騒がしいのに慣れていないのかな、などと考えていると机上のふたが開いている空のクリアケースが目に入った。


「あのケースヘビが入ってたやつじゃない?」

「そうだろうな。じゃあ、戻してやろう」


 ヘビは逃げ出すと問題になる、と聞いたことがある。

 それは、彼のためにもヘビのためにも避けなくてはならないと思った。

 そうして二人で逃げたヘビを探すことにした。


「これこそ冒険、おもしろくなってきた」


 一人つぶやく私はヘビを探すことを楽しんでいた。何かを探し求めるなんてロマンがあるから。


 そうして、森の中を歩き始めた。

 赤い葉の植物や猫の顔のような形をした花なんかもあって、いろんな発見があるおもしろい道だった。

 何よりジャックがビビりだという事がわかったのが一番の収穫、だなんて本人の前で言えない。


 二人で並んで歩きまわって、ヘビを探しだすのにはあまり時間を要さなかった。


「あっ、見つけた!」


 このジャックの声で茂みの陰にいるヘビをしっかりと私の双眸は認識することができた。

 ナイスだジャック。


「あの、ヘビさん。ケース……戻りませんか?」


 シャーッ――


 ヘビの反応は舌を出して音を出しただけのようだが、怒ってはなさそうだ。多分オーケーだろう。

 仲間を三人にして冒険をすることにした。目指すは机上のクリアケースだ。




 どれくらい歩いたのだろうか。

 見たときはそこまで遠く感じなかったが、木々をかき分けゆっくりと歩いた道のりは想像の何倍も長く感じられた。

 私はそこまで苦ではないのだが、


「まだ着かないのかよ……」


 ジャック、こいつは男のくせにすぐ弱音を吐く。まあ予想通りではあった。


「もう、すぐ上だ。あと少しだよ」


 そう言って励ましていると、目の前にある机は私には登れない高さだと気づいた。


「じゃあ、隣の木から登っていこうぜ」


 簡単に言ってくれるなジャック。私は木登りが苦手なのだ。

 でも、ヘビのため彼のために私は心を決めた。


「……うん。登ろう」


 ジャックはいつものように登り、ヘビは私に巻き付いて一緒に登ることにした。

 最初は怖くて仕方なかった。一人ならまだしも、ヘビも一緒は少し重くて、木登りなんてできっこないと思ったが、


「お前、やっぱビビりだな」

「うるせぇっ!」


 このジャックの一言が私の中の何かを奮い立たせた。

 鱗の独特な感触を背に、小さい頃にしたっきりの木登りを始めた。


 落ちそうになりながらも、爪を最大限に伸ばし引っかけながら枝を一つずつ登っていった。

 そうして、ハラハラドキドキの木登りは、


「つ、着いたー!」


 無事に終わった。

 机へは木の上からジャンプで届く距離だ。

 慎重に、でも豪快に三人で息を合わせてジャンプして机の上へ乗った。

 やっとの思いでたどり着いたこの場所から見た景色は最高で、達成感に満ち溢れていた。


「じゃあヘビさんともここでお別れだね」

「そうだったな。楽しかったぜ、またみんなで遊びに行こうな」


 シャーッ……


 お別れの時は必ずやってくるものだ。

 ヘビはうつむいて悲しそうにしていた。


「きっとまた会えるよ」

「……アリガトウ」


 ジャックがどこかへ行った後に最後のお別れをすると、ヘビが小声で喋ってくれた。

 たった一言喋っただけだが、ヘビが心を少し開いてくれたような気がして、なんだか体の中があたたかくなるのを感じた。


 次は名前を聞く、そう胸に思いながらその場を去っていった。




 いよいよ残すは大きな水槽のみとなった。私が一番行ってみたかったところだ。

 あまり水に触れる機会はないのだが、意外と私は水が好きなのだ。

 水面に映る景色とかきれいだもの。


 今いる机の上からなら案外遠くも……そんなこともなかった。

 まずここから降りて、下の森の中を少し進み、机の下をくぐり抜ける。最後に螺旋状の脚立を登って水槽のある机に行く。

 ルートを考えてみるとかなり遠いなと思った。


「本当に行くのかよう」

「行くよ! 私が一番行きたかったところだからね」


 シュンとしているジャックを気にせず、行こうと手を引く。


 ダンッ――


 机から飛び降りた時にかなり大きな音が鳴った。


「大丈夫か? すごい落としたぞ」

「へーきへーき、私って意外と軽いから」


 微笑するジャックを横目に歩き出した。

 ふと見た窓の外はオレンジ色に染まりつつあった。彼が帰るにはまだ早い空の色だ。


 森をずんずん進んでいって、机の前まで来た。


「ここは狭いから、一人ずつ行こう」


 机の上には花瓶があって、高さこそ低いものの流石に登るわけにはいかなかった。倒したら悪いからね。

 私は、最初にくぐり始めた。かなり姿勢を低くしないと頭をぶつけてしまいそうだ。


 前を見ながらくぐっていると、机の裏面に何か書いてあるのに気が付いた。

 子供の落書きのような……落書きそのものか。クレヨンで書かれたそれは、猫だと気づいた。


「あっ――」


 思わず声を漏らした。書かれた猫はヒヨおばちゃんだった。

 大きな体に灰色の毛並み、顔の右にある黒子のような模様が特徴的で、私が小さい頃に一緒に住んでた猫だ。

 私が一緒に住んだのは半年ぐらいだったが、彼とはずっと一緒に過ごしていたらしい。

 それこそ彼がこんな絵を書いていた頃と同じくらいからだ。


「かわいいとこあるじゃん……」

「どした? なにかあったか?」


 彼のいつものイメージと違い、かわいいところもあるんだなと思った。

 きっと、ヒヨおばちゃんとの思い出の物だからまだ使っているのだろう。


「何でもないよ」


 くぐり抜けた時には、思い出の懐かしさと温もりで胸がいっぱいだった。

 このままいい気分でたどり着けそうだな。




 なんだかんだでこの脚立を登ればゴールだ。

 一段ずつ登り、だんだん高くなる視線から見た景色で今までの旅路を思い返していた。


「お、おー!」

「やっと着いたな」


 水槽は間近で見ると、想像の何倍もでかくて沸いた。

 中にいる魚に本能が逆らえず、ちょっかいを出した。


 チャポンッと音を立てて、魚が跳ねているのがおもしろかった。

 ついついやりすぎてしまって、狩ってしまいそうな勢いだ。


 気が付くと辺りは水浸しになってしまっていた。

 ま、いっか。呑気な私はそう思う。


「なんだかあっという間だったなぁ」


 ジャックは体を伸ばし、寝ころびながら言った。

 思い返せば、確かにあっという間だったと思う。

 私たちのさっきまでの言動が鮮明に頭の中に残っている。


 私も大の字に寝ころび、窓の空をぼーっと眺めては隣のジャックと今の冒険の話をした。それと、私たちが出会う前のことも話した。

 すごくおもしろい話ができた。


「私、実はさっき盗み食いしてきたんだよね」

「まじか! やるなぁ」


 他愛無い会話をして過ごし、だらしない時間が過ぎていった。




 ガチャッ――


 ドアが開く音で気が付いた。どうやら寝てしまっていたらしい。

 目の前に紫が広がっていた。これはオレンジ色の次に来る空の色だ。

 つまり、彼が帰ってきたってことだ。やばい……。


「ただいまー。あれ、ルナ? どこいるの?」


 下から声が聞こえてくる。

 私はこのままだと怒られてしまう。


「帰って来ちゃったよ。どうしよう、ジャック……」

「う~ん、もうあきらめるしかないな」


 そうこうしている間に、彼が階段を上ってくる音が聞こえてきた。

 はぁ、もう観念するか。これは私のせいだから仕方がない、怒られよう。


 覚悟が決まったところで、彼がここへ来た。


「あー! ここにいた。危ないから行かないでって言ったでしょ」

「うん……」


 やっぱり怒られてしまった。

 彼はいつもの穏やかな顔を崩し、垂れ目すらも上がっていた。

 でも、私のことを心配してくれていて、優しさが残るいい顔だ。


「またおやつ散らかしたでしょ! もう……ここもびしょ濡れじゃん」

「ごめん……つい」


 おやつのことまでばれてしまった。もう、顔を合わせられない。

 怒られている時でも、ジャックがにやけているからムカつく。


 改めて辺りを見たが、床はびちょちちょだし、植木鉢を数個ほどひっくり返してしまっていた。土だらけになっていて、私は申し訳なさでいっぱいになった。


「あれ? ジャックといたの?」


 聞かれてジャックと目を合わせた。


「まあ、仲良くしてたならいっか」


 彼は笑って言ってくれた。

 次は、暴れないでねと言って彼は下へ降りて行った。


 許されたらしい、ジャックのおかげで。


「俺に感謝だな」


 ジャックは自慢げに言うが、素直に感謝している。


「ありがとう……助けられた」


 予想と違う返事に拍子抜けしたようだが、ジャックは笑ってくれた。


 楽しかったな、今日の冒険。

 少し怒られはしたが、新しい友達ができたし、いろんな経験ができたから満足だ。

 隣を見ると、水面に満月が映っていた。

 もうすっかり夜になってしまっていた。


「夜ご飯まだかな」


 そう呟いて私はジャックと別れて戻ることにした。




「いってきまーす。いい子にしてるんだよ」


 いつものように私は彼のことを送り出す。


「ジャックとも仲良くね!」


 だがいつもと違うのはこの一言が増えたことだ。

 彼が仕事に行っている間、二階に行ってもいいことになった。


「ジャックー来たぞ!」

「よし、今日は何するか」


 こうして私の冒険はまだ続く……

 好奇心が底を尽きるまで、ずっと。

読んでいただきありがとうございました!

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