07 初陣
天文二十年(1551年) 遠江国 頭陀寺城内 松下屋敷
殿との槍合わせでは完敗だったが、見込み有りとのことで殿自らが槍術の指南をして下さることになった。
槍術の他にも読み書きの手習いもすることとなった。平仮名の読み書きは出来ても、この時代の漢字は達筆すぎて俺にはとても読むことが出来なかったからだ。
左助殿には槍合わせの後、謝罪をしたが、「某の鍛錬が足らなかったのであって、貴殿が謝るようなことではない。」と言われてしまった。時々俺の手習いに顔を出しては字を教えてくれたり、槍術の訓練相手になってくれたりした。
俺は左助殿の事を年下だと思っていたが実は俺と同い年だった。
彼は当主の嫡男という身分ながら、小者や侍女といった士分ではない家人や、俺という他国出身者も分け隔てなく接する好青年だった。
そんな左助殿と共に屋敷で過ごしていく中で、俺たちはいつしか親友とも言えるような仲になった。
今日はその親友の元服の日だ。俺は元服の儀への同席は出来なかったので家人と共に屋敷で留守居だ。
頭陀寺城内 松下屋敷 藤吉郎の部屋
「左助殿、いえ加兵衛殿になられたのでしたね。改めて元服誠におめでとうございます。」
元服の儀が終わると加兵衛は俺の部屋にやってきた。
俺は加兵衛の前で平伏し、祝いの言葉を述べた。元服後左助は松下加兵衛之綱と名を改めた。秀吉が最初に仕えたとされる松下加兵衛がまさか左助の事だとは思わなかった。
「ここには某とおぬししかおらんからそう畏まらなくともよい。これは元服の儀で出た酒じゃ。おぬしにも持ってきたぞ」
加兵衛はそういい俺に徳利とお猪口を差し出した。お猪口が2つあるので加兵衛も飲む気だろう。
以前もう少し親し気な話し方で良いと加兵衛に言われてから、2人の時は砕けて話すことが多くなった。もちろん殿やほかの家来の前では改まるが、話し方に気を配らなくて良いのでその分気が休まるので助かっている。
「では有難く。加兵衛がここに来たということは、初陣の日が決まったという事か?」
武家の男子が元服をすると大体その後に初陣をするものだ。恐らくその事についてだと思ったが正しかったようだ。
「ああ、1月後に行うそうだ。近頃城下を騒がせている野盗の本拠が分かったようで、そこの討伐に行くらしい。もちろんこの戦いにはお前にもついてきてもらうからな。」
「次期当主の初陣が野盗の討伐とはね…」
「まあそう言うな。2年ほど前に安祥城の辺りで織田家との大きな戦があったが、その後は特に大きな戦はなくてな。某も不満がないわけではないが、初陣が遅れるよりはよいだろう。」
「まあそうだな。俺も今回が初陣となる。野盗だと舐めてかかって下手を打たないよう、お互い修練に励まないとな。」
「その通りだ、いつまでも槍の腕でお前に負けていられないからな。」
俺たちはそういって酒を呷った。
一月後 遠江国 松下家領内
俺と加兵衛は夜陰に紛れながら手勢25人を率いて進軍していた。
「野盗の頭目は廃寺を拠点としてここ一帯を荒らしているらしい。城のほど近くだというのに舐められたものだ。」
具足に身を包んだ加兵衛がそう呟いた。領内で好き勝手やられているのが相当癪に障っているようだ。
俺も足軽具足である陣笠と桶側胴を着ている。本来は御貸具足と言う、所謂レンタル品を着用するのだが、松下家には俺の体格に合う具足がなく俺のために特別に誂えてもらったものだ。
専用の具足を頂戴したからには、尚更武功を立ててご恩に報いなければならない。
「物見の調べによると今廃寺にいる野盗は15人ほどだそうだ。先に行ったものが寺に火をかけ、外に出てきた所を俺たち伏兵部隊が討ち取る手筈だったな。」
「そうだ。しくじるのではないぞ。」
「御意!」
俺は作戦を加兵衛と確認すると、闇に隠れて息を殺して待った。手にした槍を握りながら、主君左兵衛殿の教えを反芻するのであった。
「藤吉郎よ、おぬしは一つ勘違いをしておる。本来槍は突くことに非ず、叩くものである。槍術では突いてきた相手に対して掬い受けたり、槍を弾いて突いたりするのが基本だが、それは一騎打ちであるから出来るものじゃ。実戦では槍衾で当たったり、槍のしなりを生かして相手を叩きのめしたりするのが基本になる。ではなぜ槍術を学ぶのかというと、槍の扱い方や体捌きなどの技術を体に教え込むことが目的になる。戦場で無我夢中で戦うことになったとしても、技術がなければ雑兵と変わらぬ。おぬしは雑兵で終わる者ではないとわしは思うておる故、ゆめ忘れるでないぞ。」
そう思っていると目の前の寺から火が上がった。俺にとって初めての戦いが幕を開けるのだった。
「そこをどけぇぇぇ!!!!」
刀を手にした野盗が俺の方へ向かってきた。俺は冷静に槍を振り下ろすと、槍先は野盗の頭へ吸い込まれていった。
頭蓋骨を砕く衝撃と、肉を叩き潰す何とも言えない感触が手に伝わってくる。頭を叩き潰された野盗は地面へ倒れ伏すと、一度身体をビクンと震わせそのまま動かなくなった。
人の命を奪ったことに対して吐き気を催しそうになったが、ここは戦国時代であること、少しでも気を抜いたら目の前の野盗のようにこの地に骸を晒すことになる。そう思い覚悟を改めて槍を握りなおすのだった。
戦闘は比較的短い時間で終わった。俺は2人、加兵衛も1人の野盗を討ち取った。残りは郎党に討ち取られたり、捕虜になったものもいる。俺たちの方は軽傷を負ったものはいるが、重傷を負ったり死んだ者は居なかった。
俺は槍に付いた返り血を拭き取りながら、これが戦国なのだなと再確認するのであった。
早速感想をくださった方がいました!作者は単純なのでとても喜びました。
感想をくださったお二方にお礼申し上げます。