06 槍合わせ
天文二十年(1551年) 遠江国 頭陀寺城内 松下屋敷
「殿に向かって槍など向けられません!」
「よいよい!これも修練じゃいつでもよいぞ」
つい先程城についたと思ったら、俺の前で主君松下左兵衛長則が模擬槍を構えて立っている。
まさかこんなことになるとは…と槍を握りながらため息をつかずにはいられない。
~数刻前 遠江国 松下家領内
「おぬし農民の出と言っていたな。一体どこで武芸を習ったのだ?先程の戦いぶりを見たところ、ただの素人ではないように感じたが。」
殿が馬上からそう話しかけてきた。今世では何も習っていないが、俺は前世空手を習っていたことがある。
昔取った杵柄にはなるが一応黒帯までにはなった。まあ試合ではただの1度も勝てなかったのだが…
苦い経験を思い出しながら、どう言い訳をしようかと考えているとまた殿が話し出した。
「まあよい、体捌きを見るとまだまだこれからといった所じゃ。おぬしは身体も大きく見どころがある、いい師匠の下で修練を積めばさらに強くなることだろう。わしは槍と兵法くらいしか教えられぬがな。」
そういうと殿はカラカラと笑い出した。
もしかしたら槍を教わることができるかもしれない。俺はそう思いながらそれとなく聞いてみることにした。
「お恥ずかしながら、拙者故郷では鍬などは振っておったものの、刀や槍は触れたことすらなく…」
「そうか。武家に仕えるならば槍や刀は使えねば話にならんな。屋敷に戻ったら少し手解きをしてやろう。」
「殿自らご教授頂くなど、もったいなきことです。」
「よいよい。才能のある若者を導くことが年長者の意義よ。」
「ありがたき幸せに存じます。」
なんと殿自ら槍術を教えてもらえるようだ。殿がどの程度の使い手なのかは知らないが、この時代の武道を習うことができるのはありがたい。
遠江国 頭陀寺城内 松下屋敷
「父上お帰りなさいませ。そちらの方はどなたでしょう?」
頭陀寺城につくとすぐに殿と近習数名と一緒に屋敷へ向かうことになった。屋敷につくと殿の息子と思われる少年が待っていた。
「うむ、領内を見回っている時にな。面白い者がおったので召し抱えてきたのじゃ。どれ左助、ちとこの者と槍合わせをしてみんか?」
「はい!父上もご指導願います!」
どうやら俺は殿の息子と戦うことになったらしい。見た所年の頃は俺と同じか少し下で、身の丈は5尺ほどだろう。
殿の息子に怪我などさせては大事だ、かといって手を抜くわけにはいかない。どうしたものか…
「拙者は木下藤吉郎と申す。左助殿と申されたか、よろしくお頼み申す。」
「某は松下左兵衛長則の嫡男左助。いざ槍合わせ願わん!」
俺と左助殿は屋敷の中庭で、模擬槍を持って互いに向かいあっている状態だ。
模擬槍は1間半ほどの棒に布を巻いたもの。刺さりはしないが当たり所が悪ければ怪我をするだろう。
刀の場合だと刃引きした刀しかないって言われたし、武道が人殺しの道具だったんだなぁと考えていると左助殿が叫んだ。
「そちらが来られぬのならこちらから行くぞ!覚悟!」
上段から振り下ろされた棒が俺の眼前へと差し迫ってくる。俺は考え事をしながらも間合いを図っていたので、棒が俺に届かないことは分かっている。
俺は目の前を通りすぎた槍を掴むと、こちら側へ思い切り引っ張った。
左助殿が体勢を崩したところを逃さず、槍先を眼前に突き付けた。
「参りました…」
左助殿はそういって槍を手放した。勝負ありだ。
「見事だ藤吉郎、間合いをよく見ておったな。左助は勝負を焦りすぎたな、まだまだ修練が足らぬな。」
「お褒め頂き恐縮です。」
「申し訳ございません父上、精進いたします。」
殿は俺たちに寸評言い終わると立ち上がると、徐に模擬槍を拾った。
「どれ、藤吉郎よ、わしとも一戦やってみんか。」
殿はそういうと槍先を下げる形で構えた。先程までの柔らかい表情と打って変わってまさに武人といった佇まいだった。
「殿に向かって槍など向けられません!」
模擬戦といっても主君に槍など向けられるわけがない。そう言って辞そうとしたが。
「よいよい!これも修練じゃいつでもよいぞ」
そう言って聞く耳を持ってくれなかった。殿はすごくやる気になってしまっているようだった。武人の血が騒いだといった所か…。
「では参ります…」
少し待ったが殿は一向に構えを崩さなかった為、しょうがなく槍合わせを挑むことになった。
俺は牽制の為少し槍を突き出した。下段に構えられては間合いが分からないからだ。
しかし勝負は一瞬だった。殿は牽制のために出した槍を自身の槍で弾き飛ばし、そのまま俺の喉元へ槍先を突き入れてきた。必要最低限、淀みのない動きで俺は瞬きすらできなかった。
槍先は俺の喉を突くことはなく、1寸ほど手前で止まったが、俺の冷や汗は止まることはなかった。
「勝負ありじゃな。」
そう言って殿が槍先を引くと、俺は思わず尻もちをついてしまった。
これが戦国時代の武将か…俺はそう感じ入るのだった。
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