05 仕官への道
天文二十年(1551年) 遠江国 遠津淡海 今切
村を出て半年、史実の秀吉に倣い遠江の今切まで来た。
今切という地名は文字通り「今切れた」という意味で、明応七年(1498年)に起きた明応地震によって砂堤が崩れた場所らしい。
それで遠津淡海(現在の浜名湖)と遠州灘と繋がったことで汽水湖になったそうだ。
そんなことを考えながら渡し船を待っていた所、言い争うような声が聞こえてきた。
「おい!渡し船の駄賃少しまけてくれねぇか? 俺ら博打ですっちまって今素寒貧なんだよ」
「そない言われても。 あっしらも商売なもんで…」
「なにも払わねぇってわけじゃねえんだよ。 今払わねぇってだけでよぉ」
「お代をもらわねぇとこっちも船をだせないだよ…」
どうやら酒に酔った男が二人で船頭一人を囲み、渡し船の代金に難癖をつけているようだ。
酔っ払いは野盗のような風貌で、周りの人はあまり関わりたくないのか遠巻きに見ているだけだ。
しばらく言い争っていたが、だんだん酔っ払いがエスカレートしてきた。
「てめぇ! こっちが下手にでてやぁいい思うて生意気いっちょるな?」
「別にてめぇ殺して船さうばっちまってもええんじゃ!!」
そう言って一人が短刀を懐から出し船頭に向けた。野次馬はこれから起こる惨劇を予期して悲鳴をあげる者もいた。
だが惨劇は起こらなかった。
俺が短刀を出した野盗を思い切り蹴り飛ばしたからだ。男は勢い余って地面に倒れ短刀を手放した。
「なにすんじゃごら!」
「人が黙って見てりゃあ… 丸腰の船頭を相手におめぇ それでも男か?」
「よくもやりやがったな! てめぇからやってやる!」
俺が目の前の二人は激昂して襲い掛かってきた。
実戦は初めてだが、目の前で無辜の民が傷つけられるのを、黙って見ていることはできない。
それに野盗二人程度で苦戦していたら、武将として戦場に出ることは能わないだろう。
俺は覚悟を決めて戦うことにした。
俺は先に突っ込んできた男に下段回し蹴りをし、体勢が崩れた所を狙い拳を振りぬいた。
拳は鼻先に当たり、男は鼻血を吹き出しながらもんどり打って倒れた。
簡単に一人やられたことで驚いたのか、もう一人の動きが止まった。
その隙を逃さず、男の後ろに回り腕で首を絞めた。
しばらく暴れていたが、男は酸欠でやがて動かなくなった。
ちょうどその時俺がさっき殴り飛ばした男が起き上がってきた。
俺は足元の短刀を拾いながら男を睨むと、敵わないと悟ったのか意識を失った仲間を置き去りに、そのまま男は逃げていった。
この野盗をどうしたものかと考えている所、後ろから声をかけられた。
俺が振り向くと、そこには馬に乗った武士がいた。
「先程の見事な大立回り見ておったぞ。其方はどこかの家人か?」
話しかけてきた武士は恐らく40代といった所か、身なりも整っていてそこそこの武家なのかもしれない。
「いえ、どこにも仕えておりませぬ 武家に仕えるため、故郷から旅を続けております」
もしかしたら仕官の誘いか?と思いながら話を続ける。
「そうか。 わしは頭陀寺城主の松下左兵衛長則と申す。 もし其方がよければその剛力をわしの下で振るってみないか?」
「某は尾張の百姓の出ですが、それでもよろしいでしょうか?」
「よいよい、其方の戦いぶりを見て気に入ったのじゃ。 名を何と申す?」
「拙者は木下藤吉郎と申します。 これより松下左兵衛殿を殿と仰ぎお仕えいたします」
「うむ藤吉郎か。 これからよろしく頼むぞ」
「はっ!畏まりました」
やはり仕官の誘いだった。
松下と言っていたが確か秀吉が最初に仕えたのが、松下加兵衛って人だったと記憶している。
同一人物なのか縁者なのかは分からないが、無事に仕官することが出来たことを今は喜ぼうと思う。
章管理をして見やすく(?)してみました。いかがでしょうか?
皆様のおかげで歴史ジャンルの日間ランキング3位、週間ランキング19位にランクインしました。
これからも本作をよろしくお願いいたします。