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戦国転生日吉丸公記~秀吉に転生したけどなぜかイケメンな件について~  作者: まーしー
第六章 織田家の藤吉郎(木下城主編) 弘治三年(1557)~
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60 浮野の戦い 下

浮野の戦い クライマックスです。



 永禄元年(1558) 七月十二日

 尾張国丹羽郡 浮野 織田信賢本陣


 秀吉が山内隊と干戈を交えている最中、別の戦場でも一進一退の攻防が繰り広げられていた。


 信賢は決して楽勝できるとは思っていなかったが、ここまで苦戦を強いられるとは思っていなかった。

 本陣に届く知らせは、いずれも苦戦しているという情報のみだった。



「何故弾正忠の奴は千も少ない兵で、我らと互角に戦えるのだ…」

 始めは余裕を見せていた信賢だったが、次第にその顔には焦りの色が見え始めていた。


 信賢は気が付いていなかったが、理由は一つ『経験値の差』であった。


 伊勢守家は近年大きな戦を経験しておらず、経験不足であることが否めなかった。

 しかし弾正忠家は先代当主である信秀の頃から、今川家や松平家、美濃斎藤家など自身よりも遥かに強大な大名家を相手に戦を繰り広げていた。

 信長の代になってもそれは変わらず、数々の戦を経験してきていた。


 経験値の差と言うものは、数的不利を覆す大きな要因となっていたのだ。



 その事に理解が及ばず、苛立ちを隠すことが出来ない信賢の元に更なる凶報が齎された。



「味方先鋒の山内隊が撤退を開始しました!!!」


「何!? そんな下知は出しておらんぞ! いや但馬が勝手に兵を退くはずはない… だが奴には六百の兵を任せておったはず、そう易々とは崩されんはずだ!!」


「ですが現に散り散りになっております!」


「一体何が起きとるのだ… 数ではこちらが圧倒的なのだぞ!? 何故、何故勝てんのだ!!!」

 遂に激昂した信賢は手にしていた采配を膝で真っ二つにへし折った。


「十郎左衛門の奴はまだか!? 彼奴がこればこの戦局を破れるに違いない… 急ぎ犬山に早馬を送れ!!!」



「殿! 犬山の方角から狼煙が上がっております! 狼煙の色を見るに数は凡そ千程! 真っ直ぐにこちらへ向かっております!」

 物見に出ていた兵が大声でそう叫んだ。


「おお! やっと来たか… 早馬を出さずとも済んだわ… 数は千か、これならば弾正忠を倒せるぞ!!」



「申し上げます!!! 犬山の十郎左衛門様の軍勢が我が軍を攻撃しております!!! 現在我が軍は両軍から挟撃を受け、将兵の中では大きな動揺が見られております、このままでは総崩れとなるは必然!! どうか撤退の御下知を!!」

 待ち望んだ援軍の到着に安心し、床几にどっかりと腰を下ろした信賢だったが、すぐ後に齎された報告を耳にすると驚きの余り床几から転げ落ちた。



「な、なにを言っているのだ… 十郎左衛門は此方につくのではないのか? 奴は弾正忠とは不仲であったはずだろう!? 話が違うではないか!!!!」


「殿! 急ぎ撤退の御指示を! このままでは取り返しのつかないことになりますが、今ならまだ間に合いまする!!」


「主力であった但馬が撤退し、兵数でも我らが不利になった… 最早これまでか… くっ、退き太鼓を鳴らせ、岩倉へ撤退をする!!!」

 酷く狼狽し叫ぶ信賢だったが、利忠の声でいくらかの冷静さを取り戻すと撤退の指示をした。


「これで終わったと思うなよ、信長ぁ…」

 そう言って清州の方角を睨む信賢の目には憎悪の炎が揺らめいていた。






 同時刻 浮野 激戦地


「見ろ!!! 敵が引いていくぞ!!! 儂らの勝ちじゃあ!!!」

 足軽の一人がそう叫ぶと其の声はどんどんと伝播していき、戦場のあちらこちらで勝鬨が聞こえてきた。



 この戦で鉄砲隊の指揮をしていた橋本一巴も勝鬨をあげていたが、撤退する兵の中に旧知の間柄の者が居ることに気が付いた。


「おお!! そこを行く弥七郎殿ではないか! 貴殿とは弓と鉄砲の何方が優れておるかを朝まで語り明かしたものよ。 終始決着はつかなんだが、こうして敗走するお主を見ると鉄砲の方が弓より優れておるようだな!」

 勝ち戦ですっかりと気が大きくなっていた一巴は、弥七郎を挑発するように声をかけた。


「何をぬかすか! そこまで言うのならこの場から貴様を射抜いてやろうか!?」

 自身の誇りである弓を侮辱されたと感じた弥七郎は、そう言って弓に矢を番えた。


「ふん、戦はまだ終わっておらぬからな!! ここで決着をつけるのも悪くはない… 来い弥七郎!!!」

 激昂する弥七郎を前に、一巴も後には引けなくなり持っていた火縄銃に玉を装填した。



 勝鬨の上がる戦場に、一発の銃声が響いた



「ぬ? 伊賀守の火縄銃か?」

 同じく鉄砲隊を指揮していた貞家が銃声に気付いて目をやると、倒れている一巴の姿が目に入った。


「伊賀!! しっかりせい!!! 伊賀!!!」

 崩れ落ちた一巴を抱える貞家だったが、脇腹深くを射抜かれており既に絶命していた。



「ぐっ、一度に二つの玉を打つとはやりおるわい…」

 弥七郎は胸を押さえて立ち上がった。 しかし辛うじて息はあるが、既に限界だったようで再び膝から崩れ落ちた。


「よくも伊賀守殿を!!! 許せぬ!!!」

 鉄砲隊の守備をしていた良之は刀を抜いて弥七郎へ跳びかかった。


「舐めるな若造が!!」

 弥七郎は跳びかかってきた良之を渾身の力で蹴飛ばすと、刀を抜いて良之の左腕を斬りつけた。


「くっ、何故この死に体で立ち上がれるのだ!?」

 良之は斬りつけられた腕を押さえ苦悶の表情を浮かべた。


「ふん、伊賀は立たぬか… では弓と鉄砲では弓の方が強かったということじゃな… あの世で奴に会ったら自慢してやるわい… そこの若造、儂は岩倉織田家の弓衆 林弥七郎じゃ この首とって手柄とせい!!!」

 弥七郎はそこまで言うと口から血を吐いてうつ伏せに倒れた。



(すまぬ朝日よ、先に逝く… 孫兵衛、林家を頼んだぞ… くま、ねね、やや 願わくば娘らの嫁入り姿を見たかったものよ…)

 自身の首へと伝わる刃の感触を感じつつ、弥七郎は家族の顔を思い浮かべながら目を瞑った。







 浮野 激戦地 織田信清軍


 犬山から千の兵と共に岩倉へと出陣した信清軍は、油断していた信賢軍へ襲い掛かった。

 いきなりの襲撃に大混乱へ陥った信賢軍は、散り散りになりながら岩倉城へと退いていったのだった。


 援軍の義務は果たしたと考えた信清は、近習の一時(かずとき)を物見に出した後、犬山へと撤退を始めていた。



「やりましたな兄上!伊勢守は岩倉へ退き、弾正忠殿の陣では勝鬨が聞こえております。 これも兄上が弾正忠殿へお味方した故の大勝利でしょう!」

 弟の広良が興奮した様子で馬を並べてきた。


 俺としてはこれ以上信長が力をつけるのは面白くないのだが、こいつは以前から奴の戦ぶりにすっかりと魅了されてしまっている為、信長が勝った事が嬉しいのだろう…



「ふん、上尾張の統治権だけでなく、嫁まで貰ってしまっては味方するしかあるまいよ…」


「そんなことを言っておいでですが、美しい姫を貰って鼻の下を伸ばしていたのは一体どなたでしょうなぁ?」

 そう言って揶揄うのは重臣の一崇(かずたか)だ。 


「五月蠅いぞ! 直に次左衛門が戻ってくる、そうしたらば犬山へ急ぎ帰城するぞ」


「早う帰って姫を抱かねばなりませぬからな」


「久左衛門!!!」

 全く…俺の傅役とはいえ、こいつは時々俺を主君だと思っていないような話し方をする… 

 息子の一時へこの性格が伝わらなかったのは救いだな…


 そう思っていると一時が馬を走らせて戻ってきた。



「殿!!! 岩倉へと撤退した伊勢守の軍勢ですが、我らが撤退を開始したと見るや城から打って出ました!」


「「「何!?」」」

 まさかの報告に思わず声が揃ってしまった。


「こうしちゃおれぬぞ!!! 急ぎ隊を整えるのだ!!」


「既に撤退している隊もありまする!!」


「では逃げるぞ! くそっ、伊勢守の奴め、我らが味方しなかったとはいえ逆恨みで攻めてくるとは…」


殿(しんがり)はこの久左衛門にお任せを!  殿(との)は早う城へ! 猪子隊は儂に続け!!!」

 そう言って一崇は馬腹を蹴って戦場へ引き返していった。


「死ぬなよ久左衛門!! お主には俺の子を見てもらわなかん!!」

 そう声をかけると一崇は右手を挙げた。


「さあ急ぎ城へ戻るぞ!!」

 全く、楽な戦だと思ったがそうはいかぬようだな…

 ため息をつきつつ俺は犬山に向かって馬を走らせた。






 兵を引いた信清軍へ襲い掛かった信賢軍。 勝ち戦だと油断しきった信清軍へ大打撃を与える事には成功したが、その隙をついた信長軍が再度攻撃を仕掛けたのだった。



 背後から襲来した信長軍に、疲弊した信賢軍が敵うはずがなく、千名ほどの死傷者を出しながら再び信賢軍は岩倉城へと逃げ帰っていった。


 兵を損耗した信清軍はそのまま犬山へ帰還し、信長は岩倉城のほど近くに砦を築き、抑えの兵を残して帰還した。



 こうして浮野の戦いは、弾正忠家の大勝利で幕を閉じたのだった。


<マイナー武将解説>


織田十郎左衛門信清

犬山織田家当主 犬山城主 信長の従兄弟

父の信康(信長の父信秀の弟)が織田信安(先代伊勢守家当主 信賢の父)の後見人になっていた為、織田伊勢守家に属していたが、信秀没後犬山で独立勢力となっていた。

信長とは領地問題で険悪な関係となっていたが、信長から嫁を貰い受けてからは弾正忠家に属した。


織田勘解由左衛門広良

信清の弟 同じく信長の従兄弟

史実では兄信清と同じく信長へ属す。 1561年の十四条・軽海の戦いで信長側で斎藤家相手に奮戦するが討死する。 討ち取った武将は後に信長の下で黒母衣衆となる野々村正成であった。

本作では親信長派の武将である。


猪子久左衛門一崇

犬山織田家家臣 資料が乏しく、猪子一時の父であること、浮野の戦いで信清について参戦したという事以外記述が見られない。 ちなみに猪子家は元を正せば源氏に連なる由緒正しい家柄だったようである。

尚、一崇が信清の傅役で重臣と言うのは本作の創作(恐らく重臣クラスではあったと思われるが…)


猪子次左衛門一時

犬山織田家家臣 一崇の嫡男 後に信長に仕えて赤母衣衆となる。

信長に従い各地で転戦し、本能寺の変後は秀吉に仕え黄母衣衆や御伽衆に任ぜられる。

その後も長く活躍し、関ヶ原合戦では60歳近い老体ながら、敵陣へ切り込み首級を挙げたり、大阪両陣にも従軍したりと生涯最前線で戦い続けた武将である。



林弥七郎

岩倉織田家家臣 弓の達人

稲生の戦いで討死した林美作守通具の縁者であり、信長の鉄砲指南役である橋本伊賀守一巴と旧知の間柄だったと伝わる。

一部では秀吉の正妻である”ねね”の実父であるという説があり、本作はその説を採用しています。

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― 新着の感想 ―
まさかねねの父親が登場か。この結果がどう響いていくか楽しみです
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