59 浮野の戦い 中
いつもより少し長いです。
永禄元年(1558) 七月十二日
尾張国丹羽郡 浮野 信長軍 木下隊
「第一陣の佐久間隊が敵先陣と接敵、戦端が開かれました! 数は凡そ六百、旗印は丸に土佐柏。山内但馬守と思われます!」
斥候に出ていた清興が前線から戻ってきた。
信盛の率いる第一陣は副将に盛重、与力に長近と直政が居るとはいえ、兵数は四百しかいない。
佐久間隊が早々に崩れるとは考えていないが、多数相手に長時間闘うのは得策ではない。
「あいわかった! 我らは少数の利を活かし敵陣をすり抜け本陣を狙う! 騎馬は前へ!!」
俺が声を上げると馬鎧を付けた騎馬が進み出た。
馬鎧はなめし革に鉄板を縫い付けた物で清忠と正信が作ったものだ。 騎馬を揃えるにあたって彼らへ依頼をしていたが、この戦いに無事間に合った。
ちなみに俺の愛馬である“雷雲”には鎧に加え、鬼を象った面が装備されている。 大柄の黒馬であることも重なって、見た者に恐怖を植え付けることが出来るほどの威容を備えている。
「後方で守りが固いところが但馬守の本陣だ! そこを狙って突撃を敢行する! 騎馬が道を開きその後を徒が行く、歩兵指揮は彦次郎に任せる。 皆の者!この藤吉郎に続け!!!!」
俺はそう叫んで馬腹を蹴った。
「「「「「応!!!!!!」」」」」
俺の檄に従った兵が雄叫びを上げ駆けだした。
最早今更と言う感じだが、うちの家臣たちは大将が先陣を切ることになんの疑問を抱いていない。
まだ産まれていないが、銀の鯰尾兜もビックリである。
尾張国丹羽郡 浮野 信賢軍 山内但馬守盛豊
「兵が騒がしいな、苦戦しとるのか?」
馬上で采配を振りつつ眉を顰めて呟いた。
「相対するは弾正忠家家老の佐久間右衛門尉にございます。数は我らが勝っておりますが、一筋縄ではいかないでしょう」
儂の言葉に倅の十郎が冷静に返した。
倅は昨年の黒田城陥落の折に深手を負い、一時は命も危うかったが無事回復してこの戦に臨んでいる。
十郎と言葉を交わしていると一際大きく兵がどよめいた。
「何が起きた!?」
「西側より新手!!坤の方角から此方へ向かっております!!」
儂が叫ぶと同時に伝令兵が転がり込んできた。
「数は!?」
「百、いや五十程と思われます! しかし勢いが凄まじく騎馬を先頭に猛然と突き進んでおります!」
「此方は六百に対し、たった五十だと!? 何かの間違いではないのか!? それとも寄せ手は命知らずなのか!?」
「本陣を守る兵は精鋭といえ数は少数 これは狙われましたな父上…」
聞き間違いかと思い思わず聞き返したが、十郎の言葉を聞き、周りを見回した。
確かにすぐ近くに自軍の兵はいるが、本陣の守りはそう多くはなかった。
「ぬぅ、既に自陣深くに潜り込まれていては矢も射かけられん…。 猪武者かと思うたが、敵は案外策士なのかもしれんな…」
そう呟いている間にも兵の悲鳴は大きくなり、遂には敵将が襲来した。
先頭には黒馬に跨り、黒漆塗りの甲冑に身を包んだ大柄の武将が居た。
その手には血濡れの槍が握られており、文字通り血路を切り開いてきたと思われる。
「山内但馬守殿とお見受けする!!! 某は織田弾正忠家家臣、木下藤吉郎! お命頂戴仕る!!!」
木下と名乗った敵将は勢いのまま槍を振り下ろしてきた。
俺は槍を防ぐべく采配を手放し、中間から槍を受け取った。
「父上!!!!!」
倅の悲痛な声と同時に腕に凄まじい衝撃を感じた。
山内隊本陣付近
「皆の者ついてきておるか!?」
「「「「はっ!!!」」」」
本陣に向かって只管槍を振るって馬を走らせた。
流石名馬雷雲、敵兵を吹き飛ばしても勢いが止むことはない。
その馬鎧は返り血で汚れてはいるが馬体に傷は見られない。
木曽馬らしく足元も強いようでなによりだ。
後ろの声を聞くに落伍者も居ないようで安心した。
我ながら無茶な作戦によくついてきてくれている。
「兄上! 間もなく敵本陣と思われます!」
「分かった! 本陣は少数精鋭だ!皆気合を入れなおせ!!」
そう言って槍を振るって敵兵を吹き飛ばすと、敵の密集地帯を抜けた。
恐らく本陣付近についたのだろう。
その中で中間や馬廻りに囲まれた壮年の武将を見つけた。
「山内但馬守殿とお見受けする!!! 某は織田弾正忠家家臣、木下藤吉郎! お命頂戴仕る!!!」
俺はその武将に向かって槍を振った。
「ぬぅ!!!」
寸前で中間から槍を受け取った武将は辛うじて直撃を避けた。 しかし勢いは殺しきれず馬ごと大きく仰け反った。
「父上!!!!」
「お主の相手は某が仕る」
俺が壮年の武将を吹き飛ばすと、傍らに控えていた年若い馬廻りが応戦するために近づいてきたが、長秀がそれを防いだ。
「小一郎殿は初陣だ。 清右衛門殿が助太刀を頼む」
「あい分かった」
同じく本陣へと突貫した重矩からの言葉を受け、長秀と元正は二人でじりじりとにじり寄った。
「山内但馬守で相違ないな、よく俺の槍を受け止めた」
(恐らくこの武将は山内盛豊で間違いはないだろう… それを父上と呼んだとは、まさかこの武将は山内一豊か!? 拙いな、ここで一豊が死ぬのは非常に拙い… 早く盛豊を片付けて戦闘を終わらせなければ…)
表面では余裕を醸し出してそう言ったが、ぶっちゃけ内心は気が気ではない。
「うむ、儂が織田伊勢守家家老、山内但馬守盛豊じゃ。 なんの、これは運が良かっただけよ、あと少し遅れれば首と胴が泣き別れしておったわい」
まだ手が痺れているのだろう顔を顰めながら盛豊は言い放った。
(思ったより寄せ手は若かったの… しかし相当できるようじゃ。 寡兵で決戦に臨むだけあって、引き連れている家臣もこちらより技量は上と見受けられる… 儂らではこの者らには敵わぬであろう、しかし全滅は避けねばならぬ。 何としてでも山内家の家名は残していかねばならん!!)
「儂はここを死地と定めた!!! 十郎!お主は兵らを纏めて下がれ!!! 」
「何を仰いますか父上!!! 某も父上と最期まで戦いとうございます! 家の事でしたら某が死んでも伊右衛門らが居ります!! 某が先の黒田城の戦で死なず生き残ったのはここで命を使う為と心得ております!」
「何を言っておるのだ、あ奴らはまだ元服前じゃろうが!! お主が山内家当主として纏めねば散り散りになってまうわ! 武士は家名を残すことが命よりも重い、その事は貴様も分かっておろうが!! 分かったら早う去ね!!!」
「で、ですが!!!」
「若い者は十郎と共に退け!!! 跡継ぎが居る者はここに残って敵を食い止める!! ええか!!! 若人の道を絶たせてはならぬ! 歴戦の勇士は儂に続くのだ!!!!」
「「「「「応!!!!!」」」」」
儂の檄に呼応して兵が咆えた。
皆、儂が若い時から付き従ってきた家臣共だ。 黒田城を追われた儂に最期まで付き従ってくれるとは、儂には勿体ない奴らだわ。
「若、殿の思いを無駄にしてはなりませぬ。 口惜しいとは思われますが、ここは…」
「…………ああ。 父上どうかご武運を… 退くぞ!!!」
近習に声をかけられた倅は双眸に涙を溜めながらそう言うと、馬首を返した。
問題は目の前の敵が大人しく倅共を逃がしてくれるかだが、儂らが言い合いをしている最中でも手を出す様子がないことを見るに、どうやら武士の心意気が分かる敵だったようだ。
「殿、どうされますか?」
清興が俺の隣に来ると困った様子で話しかけてきた。
目の前でいきなり親子喧嘩を見せられ、戦場だと言うのに俺たちは思わず手を止めてしまっていた。
(息子は十郎と言ったか… もし一豊だったのならば伊右衛門だったはず。 それにこの武将は俺よりも年上に見える… 確か一豊には早世した兄が居たか? それに但馬守盛豊、士気を上げるだけでなくここまでのことを言ってのけるとは… 本人は死ぬ気だろうがここで殺すには惜しい人材だ…)
「ふん、山内但馬守敵ながら天晴、奴らの思いを無碍にするのは恥よ。 皆もそうは思わんか!?」
「「「「「応!!!!」」」」」
そう問いかけると自軍から力強い返事があった。
戦国に生きる男はどこかロマンを求める所がある。 目の前であのような光景を見せられて心が燃えないはずがない。
「逃げる者は追わん!! だが向かってくる者はその限りに非ず!!! 奴らの矜持を受け止めたうえで乗り越えて見せろ木下隊!!!!!」
「「者共、かかれぇ!!!!!」」
「「「「「「「「おぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」」」」」
俺と盛豊が同時に号令をかけ両軍が激突した。
木下隊は少数精鋭、それに比べ山内隊は歴連の猛者と聞こえはいいが中年を越えた者が多い。
しかし劣る力量を気持ちで補い、果敢に攻めかかった。
精強を誇る木下隊の兵に力及ばず討ち取られる者も多くいたが、命を賭した山内隊の攻撃に晒され、木下隊にも犠牲者が出ていた。
足軽同士の戦いでは一進一退の攻防が続いていたが、大将同士の戦いでは力量差が如実に現れていた。
「ばはっ…!」
盛豊は強かに打ちのめされて地面に倒れ伏した。
その具足は土や血で汚れ、所々亀裂が入っていた。
「手塩にかけて育てた我が兵をここまでやるとはな… だが其方はここまでのようだな」
俺は鳴神を盛豊の喉元に突きつけた。
「ふん… 儂の槍は終ぞお主に届かなんだわ。 兵もこちらの損害の方が圧倒的に多い…。 最期にこない強敵と戦うことになろうとは儂も運がないものじゃ…。 よい、殺れ。 倅も逃げおおせた頃じゃろ、よしんば討たれたとて伊右衛門や吉助が居る故、山内家の家名は保たれよう」
そう言って盛豊は、諦めたように槍を手放した。
「一つお主に聞きたいことがある」
俺は穂先は盛豊へ向けたまま、そう問いかけた。
「なんじゃ? 死にゆく者に何が聞きたい?」
「其方は先の黒田城の戦いで大敗を喫し、命からがら岩倉へ逃げ帰った… 命はあったものの居城を野盗なんぞに奪われる失態だ、岩倉での居心地は良い物ではないだろう。 家老職ともあろう者がこのような前線におるのだ、相当肩身が狭い思いをしているに違いない。 その上ここで其方が討ち取られようものなら、家名は保てても山内家の名は地に落ちるのではないか?」
「一体何が言いたい…」
図星を突かれたのだろう、盛豊は苦々しい表情をした。
「察しが悪いのぅ但馬守。 岩倉に見切りをつけて俺の所に来てはどうかということじゃ。 なに、俺の家は新興で家臣が足らんのよ。 其方の檄は敵である俺の心にも深く響いた、お主のような男を迎え入れられるならこの上ない喜びじゃ。 どうかな但馬守殿、俺の手を取ってはくれまいか?」
俺は喉元に突きつけていた穂先を下げると、手を差し出した。
盛豊は俺が何を言ったのかが理解が出来ず、どこか呆けた顔をしていたが、意味を理解すると何かを考えているような様子で視線を下げた。
その様子を見ていた周りの兵たちも俺たちの様子を見ると、戦場の真っ只中にも関わらず思わず手を止めて見入っていた。
「木下藤吉郎殿と申されたか?」
戦場の喧騒が静まってから暫くして、ようやく盛豊は口を開いた。
「ああ」
「主から任された城を、野盗なんぞにみすみす奪われた儂をここまで評価して下さるとは… 恐悦至極に存じます。 ですが!!!!」
盛豊はそこまで言うと、腰刀を勢いよく抜いた。
俺は盛豊が襲い掛かってくるかと身構えたが、盛豊はその場から動かなかった。
盛豊の腰刀は俺には向かわず、盛豊自身の首を刺し貫いていた。
まさかの行動に俺はもちろん、両軍の兵も動揺を隠せなかった。
「ぐっ…。 せ、倅には家名が命と常々言うておったがな… 武士として生を受けた者には意地があるのよ… 一度仕えた主には地の果てまでもついて行くのが誠の武士よ。 例え今冷遇されておったとしても、儂は織田伊勢守家の家老よ!!! 先代様を己の保身の為追放した今の岩倉に、伊勢守様についておればこの先どうなるかなんぞ分かっておる… しかしそこで主家に背くことは儂には出来ぬ!!!」
盛豊は血を吐きながらそう言い放つと、膝から崩れ落ちた。
「だがなぁ… その誘いをかけてくれた事を嬉れしく思うておる… お主の兵を見とると、皆が心からお主を慕い、思いに応えようと死力を尽くして戦っとるのがよう分かる… 岩倉ではそのような武将はそうは居らん… そのような家に仕えることが出来るのならばこの上ない誉れじゃ… だが儂は既に岩倉へ忠誠を誓った身、二君に仕えるは我が矜持に反するのよ… 矜持を失った武士は脆い、そうなれば木下殿にも迷惑が掛かろう…」
「そうか、それは貴殿には無体な事をしたな… 貴殿の忠義や矜持を迷わせることになってしまった、悪気はなかったが心を傷付けたことには変わりはない。 せめてもの気持ちではありますが、但馬守亡き後に山内家に何かあれば、某の手が及ぶ限りではありますが手助けすることは約束しましょう」
「忝のぅござる木下殿… 倅共をお頼み申す。 儂はここまでじゃ、この首をとって功名とするが良い、腐っても岩倉家家老の首じゃ、上からの覚えも良かろう…」
そう言って笑みを見せると、盛豊は遂に力尽き、地に伏せた。
「岩倉織田家家老 山内但馬守盛豊は、織田弾正忠家家臣 木下藤吉郎秀吉が討ち取った!!!!!!」
「「「「「おぉぉぉ!!!!!!」」」」」
俺は盛豊の首をとると声高々と勝ち名乗りを上げた。
討ち取られた盛豊の首は戦場の苛烈さとは裏腹に、どこか満足げで柔らかな笑みを浮かべていた。
<マイナー武将解説>
山内但馬守盛豊 1510~1558
岩倉織田家家老 葉栗郡黒田城城主 後の土佐藩初代藩主である山内一豊の父。
特に目立った経歴はないが、1554年に神社の正殿を造成した際の棟札が現存しているなど、内政での活躍が見受けられる。
本来なら1557年に黒田城が落城した際、もしくは1559年の岩倉城落城の際に命を落としたとされる。
本作では浮野の戦いで秀吉と交戦、敗死する。 岩倉織田家の凋落は予想していたものの、自身の矜持から鞍替えすることを是としなかった。 不器用ながら実直な武将
山内十郎信豊 1532~
(生年、諱は創作 1545年に同母妹の通が安東郷氏(西美濃三人衆、安藤守成の弟)に輿入れしている為、そこから推測して設定)
山内盛豊の次男 山内一豊、康豊の実兄 長男夭折の為嫡男となる。
本来なら1557年の黒田城落城の際に命を落としたとされているが、本作では生き延びた設定。
ちなみにこの戦いも無事生き残ります。




