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戦国転生日吉丸公記~秀吉に転生したけどなぜかイケメンな件について~  作者: まーしー
第六章 織田家の藤吉郎(木下城主編) 弘治三年(1557)~
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57 岩倉攻めへ

今年最後の更新です。


 弘治四年(1558) 三月十日 

 尾張国愛知郡 中中村 木下城 二の丸 修練場


 造成中だった二重櫓も完成し、尾張国内有数の威容を誇る城となった木下城。

 その二の丸に位置する修練場では日夜鍛錬に励む声が聞こえている。


 木下家家臣団が正式に動き出して約二年、総兵力は八十名を超え立派な戦力として数えられる規模と実力を身につけるだけに至った。


「はぁ!!!」

 裂帛の気合と共に元正が模擬槍を繰り出す。


「攻めが温い!!! それでは容易く受け切られてしまうぞ!!!」

 俺は突き出された槍をいなすと石突で元正の腹をついた。

 


「ぐっ… はい! もう一本お願い致します!!」

 元正は堪らず腹を押さえながら蹈鞴を踏んだが、口の端を拭いながらそう言った。 

 疲れはあるもののの、目は死んでおらずいい顔をしている。



「待て清右衛門! 次に殿とやるのは俺だぞ」


「半三は先ほど五本も槍を合わせて頂いたではないか、次は俺だ」

 元正の後ろから腕組みをしながらやってきたのは正成と清興だ。



「某もまだ三本しかやっておらぬぞ!? もう少し良いではないか!」


「三本もやれば十分だろうに、はよ代わらねば日が暮れるわ」

 清興は呆れたように息を吐いた。



 元正にも言えるが、この二年で小鬼三人衆も立派に成長した。

 精神面はまだまだだが体躯や技術は並の大人に負けはしないだろう。


 俺は三人を眺めた後に修練場の端に目をやった。

 そこには死屍累々といった様子で倒れている利治たちがいた。


 朝から始まった修練は、昼過ぎになった今もまだ続いている。

 脱落者が出るのも仕方がないだろう。

 斎藤家で馬廻りとして戦に出ていた利治はともかく、長秀や一矩、重然はまだまだといった所だ。



 ちなみに鬼三人衆で一番強いのは清興だったりする。

 二人より年長なのもあるが、常に冷静に相手の弱点を見極めて戦うことができる。

 そして槍だけでなく刀や弓、鉄砲も使える万能さも長所だ。


 二人も悪くはないのだが、元正は技術だけなら三人の中で一番なのだが、頭に血が上ると槍捌きが荒くなる悪癖があり、正成は持ち前の身体能力を活かして豪快な槍捌きを見せるが、如何せんその力に任せる所がある。

 まだ齢十六の少年なので齢を重ねて落ち着けば確実に良くなると思う。


 俺もこの三人の主として負けてはいられない為、日夜修練に励んでいる。



「ふっ、そんなにやりたいなら三人一度に掛かってこい。 その代わり俺も本気を出す故、怪我をしても恨むなよ?」

 俺は模擬槍を持ち直して三人に向き直った。


「「「はい!!!」」」

 俺の気迫に一瞬怯んだようだが、三人も槍を持ち直した。



「行くぞ!!!!」


「「「おぉぉぉ!!!!」」」






「若者は良いですなぁ、そうは思いませぬか兵庫殿?」

 重勝は修練場から聞こえる声に耳を傾けながら笑いかけた。


「そうですな、しかし我らもまだ老け込む齢ではありませぬぞ? 忘れそうになりますが殿もまだ二十一の若者、儂らが支えねばなりますまい」

 盛正もそう言いながら修練場の方を見やった。


「そうでしたな、立派な体躯に落ち着いた態度… 時々殿の齢を忘れそうになりまする。 しかし良いですなこの家は、暖かく活気に溢れております。 与力として数々の家に行かせて頂きましたが、ここまで居心地の良い所はございませぬ」


「ですな、何時までもこうありたいものでありますな」


「では我らも兵の調練に戻らねばなりませんな。 先日、品野で織田家が大敗したと耳にしました。 次の戦がいつ起こるか分かりますまい」


 重勝の言葉に、盛正は未だ雨雲が立ち込めている品野方面を睨んだ。






 弘治四年(1558) 三月十二日 

 尾張国春日井郡 清州城 次の間


 数日後、俺は信長に呼ばれ清州に登城していた。


 十中八九先の品野での敗戦を受けての軍議だろうと思っていたが、普段軍議を行う広間ではなく、広間より狭い次の間で行われた。

 その上、集められた家臣も重臣のみという小規模だった。


 重臣にしか知らせられない何かがあるのだろうか?

 俺は同じく護衛として呼ばれた恒興と共に、首を傾げながら軍議に臨んだ。




「知っての通りだが、五日前に品野の地で当家が大敗を喫した。 孫七郎は抵抗したようだが、兵と共に討死し城も奪われたそうだ」

 信長がそう話すと部屋が静まり返った。



 織田家は三河方面の抑え兼付城として、昨年品野城のほど近くに山崎城を築いた。

 城将として竹村孫七郎長方と千の兵をおいていた。


 品野城を落とすべく山崎城から出陣した長方だったが、品野城主の松平監物家次は頑強に城を守り抜いた。

 反撃を受け、体制を立て直すために山崎城へ引こうとした長方だったが、撤退しようとした際に夜陰と豪雨に紛れた松平勢に奇襲を受けた敢え無く討死を遂げた。


 この敗戦によって織田方の三河方面の戦線は大きく後退せざるを得なくなっている。




「この敗戦だけならまだ良い。 しかしこれを好機とみて動いたものが居る」


「それは一体?」

 政秀が信長に確認すると、信長は小声で呟いた。



「若武衛じゃ。 武衛家臣の密告によれば、服部党や三河の吉良と結び、今川を尾張に呼ぶつもりらしい。 斯波も今川も同じ足利一門、織田家より今川家の方が良いという事らしい」



「「「「なっ!?…「じゃかぁしぃ!!!!」」」」

 まさかの名に重臣は叫びかけたが、信長の一言で押し黙った。


「お主らはうつけ者か! 大声を出してはお主らだけを呼んだ意味がなかろう!!」


「失礼しました。 まさか武衛様が謀反を企てるとは予想だにしておらず…」

 政秀はそういって流れる汗をぬぐった。



「何たる… 恩を仇で返すとはこの通りよ…」

 そう頭を抱えたのは赤川景弘だ。


「どうなさいますか殿?」

 可成は俄かに殺気を匂わせながら、信長に向き直った。

 信長の命があれば手を汚す覚悟はある、そう感じさせる佇まいだった。


「やめい三左、それをやっては儂も大和守と同類よ。 訪れる結末は皆も知っていよう」

 信長にそう言われ可成は佇まいを直した。 大和守を討ち取ったのは外ならぬ可成だった為思う事もあったのだろう。


「ですが野放しにも出来ますまい… いくら形ばかりの守護とはいえ、名門斯波氏の家名は尾張の地に根付いております。 尾張国内は落ち着きを取り戻しつつありますが、品野での惨敗を見て今川や松平が尾張に攻め寄せんとも限りません…」

 岡田重善がそう言って沈痛そうな顔で俯いた。


「いや、今川の侵攻はまだないだろう。 年初に治部大輔は嫡男に家督を譲られたばかりだ。今は足場を固めることに注力している頃だと思われるが、如何せん倅の上総介は良い噂を聞かん故暫しの猶予はありそうだ」

 重善の言葉にそう返したのは中条家忠だ。


 家忠は本来三河を根幹にしているが、三河方面の情報を得るためにここに呼ばれていた。


「ならば若武衛については少し泳がすこととする。 岩倉でも当主が変わった故、三河に先立ち尾張国内を平定する」


「なんと!?それは誠でございますか?」


「将監殿は三河故知らぬのも仕方がなかろう。 昨日左兵衛が当主である伊勢守と弟の久兵衛を追放し、家督を簒奪したのだ。 伊勢守が自身を廃嫡し、弟を当主に据えようとしたのを知り得たようじゃな」

 驚く家忠に政秀はそう答えた。


「伊勢守の久兵衛へ向ける寵愛は清州でも噂になっておったからな。 黙って廃嫡されるのならば、いっそ追放する。この時勢ならば不思議ではなかろう。 今左兵衛は伊勢守を名乗り、家中を掌握せんと躍起になっておるようじゃが、少々強引に追放したらしく難儀しておるようじゃ。 この隙をつき儂らは岩倉を攻める」


「ですが殿。 家中が一枚岩ではないとはいえ、相手は上尾張を領する岩倉織田家。 兵力はこちらを上回るやもしれませぬ…」


「それについては手を打ってある。 犬山の十郎左衛門に援軍の約定を取り付けた」

 懸念点を上げる重善の言葉を信長は一蹴した。


「ほう! あの頑固者を味方に! どう説き伏せたのですか?」

 景弘が感心したように信長を見た。


 犬山城に拠点を置く犬山織田氏。 その当主織田十郎左衛門信清は信長の従兄弟にあたるが、信秀が死去した後は独立勢力となっていた。

 独立勢力となった際に信清が領地を横領した為、弾正忠家とは険悪な間柄となっていたのだった。



「我が姉を十郎左衛門の嫁にやったのよ、そして岩倉を落とした暁には上尾張四郡の裁量権を委任することとした。 それに勘解由の説得が効いたわ。 奴は以前から儂と誼を通じておった故、此度の同盟には肯定的じゃった」


「弟からの説得があったとはいえ、上尾張四郡の裁量権と美しい姫まで貰うとは、十郎左衛門も首を縦に振るしかありますまい。 殿も気前が良うございますな、流石は殿にございます」

 家忠はそう言って笑みを零した。


「確かに今思えばやりすぎたかもしれんな。 まあこれで岩倉が落とせるのならば安い物よ。 将監、其の方は引き続き三河の抑えを命ずる、三河方面の情報は其の方に任せておる故しかと励めよ? そして岩倉攻めは農繁期を過ぎた七月頃を予定しておる。 岩倉を落とせばこの尾張は儂らのものぞ、また詳しい陣容は改めて評定の場で伝える故、其の時が来るまで各々研鑽を重ねよ」



「「「「「「応!!!!!」」」」」



 再び尾張に戦の炎が巻き起ころうとしていた。

 俺は来るべき戦を想起し武者震いをするのだった。



<マイナー武将解説>

赤川三郎右衛門景弘

信秀の代からの家老で、矢島六人衆として小豆坂の戦いで武功を上げた。信長に代替わりしてからは奉行として仕え、数々の文書を発給している。

またの名を通盛といい、後に赤母衣衆の加藤弥三郎と対立した後に斬殺された。


岡田長門守重善

尾張星崎城主で小豆坂の七本槍の一人 信秀に馬廻りとして仕え、以降は信長に属す。嫡男重孝と共に朝倉家との戦いで武功があり、秀吉とも親しくしていた記録が残っている。

ちなみに次男の善同は普請奉行としても辣腕を振るっている他、名古屋城の普請奉行時代に名古屋名物である『きしめん』の原型を作り出したことでも知られている。


中条左近将監家忠

三河八草城、広見城主。三河の土豪だが早くから信長に従っており、柴田勝家と共に萱津の戦いで奮戦している。

その後も八相山の退き口では佐々成政と共に殿を務めるなど、数々の戦いで武功を上げている。

また寺を創建したり、戦火で荒廃していた猿投神社の復興に尽力するなど、信心深い一面もある。


織田十郎左衛門信清

尾張犬山城主 犬山織田家当主 信長とは不仲だが尾張統一戦で信長に味方する。

一時は信長に従うが、岩倉織田家の旧領を巡り再び離反する。 一時は戦況を有利に進めるが、徐々に信長に圧迫され最終的には居城である犬山城も落とされる。その後は甲斐武田氏の元へ逃れた。


織田勘解由左衛門広良

信清の弟で信益という諱も伝わっている。 兄信清と共に岩倉統一戦で信長に味方する。

その後は信長の下で戦うが、十四条の戦いで戦死する。

尚、広良が信長と誼を通じていたのは本作の創作です。


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― 新着の感想 ―
これはまた波乱の展開になってきましたね。まあ尾張を早く統一しないと今川との戦いには望めはしませんからね。しかし良く信長は義元に勝てたよな。まあ信長本人もアレは運が良かっただけと言ってるみたいですしね。…
今年度最後の更新、ありがたや。 来年は、毎週更新を期待しています(笑) しっかし、秀吉が呼ばれた意味よ… ついど一言も発しないという。重臣連中の中で尻込みするのも分かるけど、目障りに思われようとも何…
感想一覧
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