52 信長の真実 下
本日二回目の投稿です。 51信長の真実 上 を読んでから、ご覧ください。
弘治二年(1556) 九月二十日
尾張国春日井郡 清州城 夜半
俺は布団の中で目が覚めた。
俺は衣服を着ておらず、その代わりに湯帷子のようなものを身体へかけられていた。
辺りを見回すと、日は既に暮れ、月明かりのみが周囲を照らしていた。
ふと視線を横にすると、そこには湯帷子一枚の信長が眠っていた。
一応着てはいるものの、帯を付けていない上に寝相が悪く、そのせいで色々な所が零れ出そうになっている。
あ゛ぁぁ…… 夢じゃなかった…
断れるような状況ではなかったとはいえ、殿を抱いてしまった…
いや別に嫌という訳ではないんだ。 ただなんというのだろう、やってしまった! という方が大きく、脳が理解するのを拒んでいるような感じだ…
俺は事実を受け入れなければならないと思う気持ちと、それを拒む気持ちとの間で混乱し、頭を抱えて呻いていた。
「…ん?」
俺の唸り声に気付いたのか、信長が身を起こした。
何とは言わないが、少々小ぶりで、しかし張りのあるものが、身体の動きに合わせて揺れたのが見えた。
「殿!!! この度は大変申し訳なき事。 いや、分を弁えない行為を!!! 殿にお仕え致しますと誓ったにも関わらず えーっ…」
俺は自分が全裸であることをも忘れ、布団から飛びのくと、畳の上で土下座をした。
「ふっ、ふはははは!!!!」
俺の姿があまりに滑稽だったのか、信長は腹を抱えて笑い出した。
ひとしきり笑って満足したのか、目尻に浮かんだ涙を拭いながら話し始めた。
「ふふ… 妾の純潔を奪ったのじゃ お主にはその責を負ってもらわねばならんなぁ?」
信長は艶めかしい声色と共に、悪戯っぽく指先で俺の頭をつついた。
「えっ!? それは、まさか!?」
もしや婿入りしなければならないのか!? いや、それもそうかもしれないが、これからどうすればいいのだ?
俺は衝撃の余りに頭を上げたが、どうしていいか分からず、ただ所在なく両手を動かすのみで、何も出来なくなっていた。
「ふははは!!! 冗談じゃ冗談じゃ!!! そない慌てよって、愛い奴じゃのう…? 何も妾を娶れなどとは言わん。 滅多なことをしては周りに露見してしまうではないか。 だが、藤吉郎。 お主には命に代えても守らねばならん事がある。 妾の事を他言せぬこと、これは厳命である」
信長は再び笑い声をあげた後に、姿勢を正して言い放った。
「しかと承りましてございます。 この事は、たとえ某が死するとしても他言せぬ事をお誓いいたします」
俺は深々と頭を下げた。
刀が見当たらない為、武士の誓いである金打は出来ないが、これが俺の誠意を表す方法だ。
思えば今の俺たちは半裸と全裸、なんともしまらない誓いの儀だ。
こんなことは後にも先にも起こらないだろう。
「うむ。 それとは別にお主に頼みたいことがある。 時々で良いのだが、こうして妾の事を受け入れてはくれんか? なにも毎回抱けとは言わん。 ただ傍におって欲しいんじゃ。 妾が妾でいられる場所は限られておるのでな…」
「かしこまりました。 失礼ながら、某も一つ確かめたきことが。 この事を存じている者は、奥方様、監物殿、勝三郎のみに在らせられますか?」
「その三名と後は父上、母上だけだな。 尤も父上はもうこの世には居らんし、母上は勘十郎の所だ。 この世で妾の真実を知る者はそれだけしかおらん」
「そうでありましたか…」
たったそれだけの人の前でしか、真の姿を晒せないのは窮屈で、きっと気が休まる所はなかったと思われる。
それを思うと俺に対し、そう頼む意味が分かるものだ。
しかしここで俺の脳内に二つの疑問が浮かび上がった。
『濃姫にはいつ真実を打ち明けたのか?』 『土田御前は、何故信勝にこの真実をばらさなかったのか』だ。
特に後者においては謎が多い。 史実通りなら土田御前は信勝側、稲生の戦い前にこの事を明かせば、戦には簡単に勝てたはず… なのに何故?
いやこの事は今聞くことではないな… 今聞くならば…
俺は、昼間信長が言った言葉に対して、疑問を投げかけた。
「大殿ですか… 某が殿は天下をお取りになると言った際、それを言ったのは大殿以来と申されましたが、あれは…?」
「ああ… あれは父上の口癖であった。 理由は分からぬが、父上は事あるごとに、妾は天下を掴める器だと言うておった。 その度に、妾は女子で家を継ぐことは出来んと言うておったが、父上の答えは終ぞ変わらんかった。 父が死んで以来、その言葉を聞くことは無かったが、まさかお主が同じことを言うとはな…」
信長はそう言うと亡き信秀の事を思いだしたのか、遠くを見た。
女子が家を継ぐ。
男尊女卑の戦国時代において、何故信秀は、ここまで頑なに信長に家督を譲りたがったのだろうか?
同母弟の信勝も居た為、別に後継ぎに困っていたわけではない。
信長の真相を知る者が少ないという事は、信長が生まれて間もないころに性別を隠したと思われる。
いくら信長に将器を見出したと言っても、その時は何も分からぬ赤子だ。
それこそ俺のように未来を知っていない限り…
俺の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
まさか信秀も俺と同じ転生者だった!?
転生者であれば、未来の事を知っている!!!
生年から産まれた赤子が、後の信長であることも分かる!!!
ここで俺は信秀の行動や、功績を思い返してみた。
今川義元の弟、氏豊から調略で那古野城を奪う。
勝幡、那古野、古渡、末森と幾度となく居城を変える。
津島湊のみならず、自身の代で熱田湊まで掌握し、経済基盤を整える。
朝廷や幕府に多額の献金を行い、正式な官位を貰う。
守護代家に過ぎない織田弾正忠家で、今川、斎藤などの大名家と互角に戦う。
宿敵であったはずの斎藤家と婚姻同盟を締結する。
特に居城を幾度となく変えるのは、当時の大名家としてはかなり珍しいことで、これは後に信長にも受け継がれている行動だ。
それに外交や家臣に対して、信長に対しての先見の明…
これは転生者であっても別におかしくはないのではないか…?
既に信秀は亡くなっているので、真相を確かめる術がないのが、只管に惜しい…
「そうじゃ! あと一つ、このような場で妾と共にある時は『殿』と呼ばんで欲しいんじゃ」
思案に暮れている俺をよそに、信長はそう言って手を叩いた。
「では何とお呼びすれば?」
今考えていても答えは出ないと、考えるのをやめた俺は、信長へ聞き返した。
「『信子』 それが妾の名じゃ。 そう呼んでちょーよ」
そう言って微笑みを浮かべる信長、信子は、とても魅力的に映った。
「では…信子、様 この木下藤吉郎秀吉、改めて信子様に誠心誠意お仕え致すことを、ここに誓いまする」
俺は改めて深く頭を下げた。
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